映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

エルンスト・ルビッチ監督「天使」2278本目

ディートリッヒ様、細眉が今日もお麗しい。ディートリッヒ様は古今東西、世界一タバコをカッコよく吸う女性だな。

彼女の夫役のハーバート・マーシャルはつい先日のヒッチコックの「殺人!」に出てたサー・ジョンだ。彼女がよろめく紳士役はメルヴィン・ダグラス。うーむ、ダグラスもダンディだけど、夫が魅力的すぎて、よろめく気持ちがわからない・・・。

しかし人情派エルンスト・ルビッチ、構ってもらえずに一人でプイっとパリに(専用機で!)行ってしまう妻のフラストレーションも、ここで明らかになる。

いろいろ語るのが難しいくらい、ストーリーにはヒネリがないけど、上流階級の人々の生活の中の調度品やドレス、アクセサリーの美麗さ、それと反比例するさみしさ、ありきたりな言い方しかできないけど、人の気持ちの繊細さや温かさが伝わってくるやさしい作品でした。 

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川島雄三 監督「洲崎パラダイス 赤信号」2277本目

1956年の作品。

いいなぁー。新珠美千代の小賢しい“悪女の深情け”、轟由紀子のおかみさんは暖かくて最高だし、芦川いづみは可憐でかわいい。三橋達也と植村謙二郎は弱いところもあるけど朴訥ないい男。この人たちを見つめる監督の視線のやさしさ。

しかし新珠、三橋、轟はかなり前に亡くなっていて、平成世代の人たちは彼らのことは知らないんだろうな。私たちは詳しくは知らなくても、小さいころみんな見ていたテレビのドラマによく出てた人たちのことは知ってて当たり前だったのに。

ちなみにこの映画の撮影時、轟由紀子はまだ38才。夫が帰ってくる前の彼女は50代くらいの役どころかと思った。(老けた柄の着物のせい)子どもがまだ小さいもんね。夫が戻ったあとは華やいで美しいこと。

新珠美千代のこの役どころは、男の客にからんでは「うっふ~ん、嫌だわ」ばっかり言っててちょっと苦手だけど、この頃の映画によくあるタイプのやり手の女性像です。今はこういう対人スキルを駆使してたくましく生きる女性は少ないんじゃないかと思ってたけど、きっと知らないだけで、経営者とか企業のなかにもたくさんいるんだろうな。

一人ひとりを見ると、普通っちゃ普通なんだけど、監督の視点のやさしさのおかげで、じんわりと切ない作品でした。

洲崎パラダイス 赤信号

洲崎パラダイス 赤信号

 

 

ヴェルナー・ヘルツォーク監督「ノスフェラトゥ」2276本目

はー、私はもうズブズブと映画沼の深みにはまる一方だ、と、この映画を見ながら思う。今あえてこの映画を掘り起こして見る人がいったいどれくらいいるんだろう。

でもこの映画、公開当時を覚えてる。たぶん、当時熱心に聞いてたロック界隈でもこの映画は話題になってたからだと思う。

順番としては、ヘルツォーク監督の「アギーレ」「フィッツカラルド」を見てそのアクに当てられた後なので、そもそもがドロドロな世界であるドラキュラ物語と監督の世界がいったいどう融合するのか、それとも反発しあうのか、気になります。

さっそく冒頭の子どものミイラたち、あれは何なんでしょうか。調べてみたら、メキシコのグアナファトにあるミイラ博物館展示されている1833年コレラ大流行の犠牲者たちのご遺体だそうです。ドラキュラとミイラは何の関係もないけど、この世界観の一致、違和感のなさ、恐怖を高める効果。

ブルーノ・ガンツって若いころから顔がシリアスなんだよなぁ。笑っても何をしても真摯で誠実な人という印象が強い。これは彼の本性なのか、それとも見た目で得をしているのか。イザベル・アジャーニは可憐で美しいけど、この30年後もまったく同じルックスだった気がするのは、彼女がヴァンパイアだからでしょうか。業界随一の無垢な瞳の男女が揃いました。そこに出てくるドラキュラ伯爵化したクラウス・キンスキー。ブルーノ・ガンツの誠実なルックスと並ぶと、こんなにインチキ臭い白塗りのキンスキーがちゃんと実在のドラキュラ伯爵に思えてくるからブルーノ・ガンツすごい。(そっちか)

しかしほんとに全員パーフェクトなキャスティングだな。イザベル・アジャーニの驚いた顔は、まるでリリアン・ギッシュみたいに無垢だし、クラウス・キンスキーはそもそもこの世のものと思えないうえ、ゆらゆらとした喋り方がまたはまってる。笑う男は誰だ?マザー・グースのイラストみたいなルックス。

ほんとに、びっくりするくらい完成度高い映画でした。監督のイカれた美意識が行くところまで行ってる、という意味で。これはキワモノとして当たるのは当然で、もっと見たかった、ちょっと物足りなかった。なんならテレビシリーズにしてほしいくらいです。

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アルフレッド・ヒッチコック監督「メリー」2275本目

ヒッチコックの古い映画を次々に見ています。ヒッチコックいいわ。大方有名な作品を見尽くした後にまだ、こうやって”ヒッチコックを見る楽しみ”を味わうことができる。エンターテイメント的な楽しみのある映画を作る監督は、こういう意味で偉いと思う。きっと驚かせてくれる、きっと不思議なカメラワークを見せてくれる、ええっ!とか、やっぱり!とか思わせてくれる、という期待感。

というわけで、この映画は監督自身の「殺人!」という作品のドイツ語版リメイク。Maryをメリーって書くのってメリーさんの羊に始まりメリー喜多川で終わった(別の映画の感想でも書いたな)と思うけど、これはドイツ語なのでメアリーじゃなくてメリーが正しいのではないかと思います。

「殺人!」の方がわかりやすかった気がするなぁ。この映画は尺が短いこともあってか、冒頭の「キャ〜〜」の後すぐに陪審員の場面、という感じです。ビジュアル的にも、女装の俳優があまりにゴツくて・・・。

こちらの映画でも、「ダイアナ」=メアリー役は真面目で可憐な女優さんで、彼女を救おうとする舞台監督で陪審員の「サー・ジョン(名前同じ)」はやっぱりお上品な紳士。留置所のメリーとサー・ジョンが長いテーブルの端と端で会話する画面の面白さも同じ。壊れた洗面台と窓の位置関係とか「殺人!」と全く同じなんだけど、同じセットか。

でも動機が違った!<以下ネタバレ>

「殺人!」の彼は実は有色人種の血が混じっていて同性愛者。

「メリー」の彼は逃亡中の犯罪者。今考えると、ドイツとイギリス逆な気もするけど、当時のそれぞれの社会で何が禁忌とされていたか、という文化的な問題だと思うと興味深いです。

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アルフレッド・ヒッチコック監督「第十七番」2274本目

1932年の作品。ゾクゾクするような古めかしい、傷んだ映像です。

これよりさらに古い「殺人!」は半ば無声映画のようだったけど、この映画はしっかりトーキーですね。おどろおどろしい音楽でお化け屋敷みたいです。

だんだん登場人物が増えていくので、混乱してついていけなくなります。短いし、2回見たほうがいいと思います。

KINENOTEに詳しい筋が書いてないし、別のサイトを見たらまるでデタラメだったので、筋を書いておきます。

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夜中にとある空き家に男が入っていくと、階段を上ったところに死体(生死は厳密には不明だけど)が倒れていて、奥から浮浪者のような男が出てくる。男が警察みたいに彼を尋問していると、屋根が抜けて若いお嬢さんが落ちてくる。隣に住む者で、父に電報が届いた直後に父の部屋の鍵が開かなくなり、窓から回って見るために隣の屋根に登っていたのだという。そうこうしていたら、男2人女1人の3人組が玄関にやってきた。家の下見と言って入ってきて、銃を取り出して男と浮浪者と娘を脅しにかかった。3人組のうち一人が、電報の差し出し人のバートン刑事であるという。

一人がバスルームで、盗品と思われるネックレスを発見。そこに、頭から血を流した男が登場。これはおそらく、冒頭の死体で、いなくなっていた娘の父親でした。父親は事情を知っているようです。犯罪者グループは浮浪者だけを連れて、残りの人質たちを縛り上げます。見張りに残った女が縄を解いてくれましたが、その女も犯罪者グループに戻り、フルメンバー+浮浪者で盗品ネックレスを持って逃走します。動く貨物列車(蒸気機関車なのがクラシックで素敵)に飛び乗り(なんか急にダイナミックになる・・・中略・・・)その列車が、列車積み込み型フェリーに乗り込もうとした時に船に激突して全員が海中へ。・・・その後救助されて取調室にいる数人。犯罪者のうち一人が、自分は実は刑事だと言い張るが、最初に登場した、いかにも刑事にしか見えない男が「実は自分こそが刑事だ」と告白。盗まれたネックレスは浮浪者がちゃんと首にかけていて無事だった。

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うむ。どんでん返しを狙いすぎて登場人物の誰がなんだかさっぱりわからない映画になってしまいましたね。意図の通りにならないあたり、ヒッチコック青年の若さがにじみ出ていて微笑ましいです。階段の踊り場から階下を見下ろすカメラワークとか、人や手の影を効果的に見せたりとか、その後の映画作りを彷彿とさせて面白かったです。

第十七番 [DVD]

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フレデリック・ワイズマン 監督「ニューヨーク、ジャクソンハイツへようこそ」2273本目

ここまで「作り込み」を排したドキュメンタリーもなかなかない。いや、外国のテレビのドキュメンタリーは「ノーナレ(ナレーションなし)」っていう潮流もあるみたいで、やっぱり誰の恣意も入ってない本当のことを知りたいっていう流れは強くなってきてるんじゃないかと思います。

だからこの映画は、「ジャクソンハイツの不法移民なんか全員国外退去させればいいんだ」という立場の人が見ることも退けない。(実際はこの映画に興味を持って見る人は、ほとんどが彼らをサポートしたい人たちだと思うけど)

実際、反対運動をしたら再開発が白紙に戻ったっていう過去の案件ってあるんだろうか。私は、悲しいけど彼らはきっともう少し郊外に移っていくんだろうなと思って見てる。最初から諦めるのは良くないのかな。

ワイズマン監督の映画は、いつもこんな風に距離感を保つのかな。題材を並べて見ると、明らかに社会派だし弱者の味方なんだけど、彼は、自分がドキュメンタリーを撮り続けることで必ずしも状況が変わらないことをどう感じてるんだろうか。

これを遠い国の人ごととして捉えるだけじゃなくて、じゃあ自分の足元はどうなのか?と振り返って見るきっかけにはしないとな、と思います。 なんとも非力だけどね・・・。

 

池田敏春 監督「鍵」2272本目

川島なお美、いちばん美しかった頃の姿をこうやって美しい映像に残していけてよかった。彼女が亡くなったのと同じような年齢にさしかかってきて、友人のなかには健康診断でひっかかったという人もいます。この映画が公開された当時とは違う気持ちで、この映画を見られるようになってしまいました。

で、この作品ですが、純文学なのは確かだけど純文学って変態的エロスがわりと多いと思うし、まぎれもなくこの作品も変態的エロス映画です。

これほど美しい体をもって生まれた女性は、分け隔てなく求める男性にそれを与えるべきなんだろうか。それでもいいんじゃないか、などとこの映画を見てると思ってしまいますね。快感におぼれたり、継母と娘の意地の張り合いになったりというのは、ほかに何も面白いことがない生活からくるものなのかな。何もないところに楽しみを見出すのは才能なのか、それとも愚かしさなのか・・・。

鍵 THE KEY [DVD]

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