映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

ヘニング・カールセン 監督「わが悲しき娼婦たちの思い出」2401本目

ガルシア・マルケス原作ということで探して見つけた作品。KINENOTEで一人も感想を書いていないどころか、見た人もいないなんて!日本未公開作品とはいえ、宣伝とかしなかったんだろうか。

これはノーベル賞作家の遺作だそうで、90歳のコラムニストが誕生日の記念に処女を買ったら惚れてしまったというロマンチックなお話です。このおじいさんは大変な好色人生を送ってきたようで、これってガルシア・マルケスの「ヰタ・セクスアリス」なのかな?お話自体は他愛ないけど優しくデリケートで、昔愛した娼婦も、娼館の女将(ジェラルディン・チャップリンです。いたずらっぽくて素敵なおばあちゃん)のことも、彼は心から愛してる。

(洗濯してるときに後ろから突然犯しといて、愛してるもないだろ、とも思うけど。「セニョール、そこは入口ではなく出口です!」)

 愛しの彼女に再会できた映画の終わりに、コラムニスト翁は日本の高度成長期の青春映画のように叫びます。原作もこんな終わり方なのかな。

しみじみと優しいテンポで老成した恋愛を描く佳作でした。私以外の人にも見てほしいです!

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ウィリアム・ワイラー監督「探偵物語」2400本目

<ネタバレあり>

1951年という大昔の作品だけど、冒頭のニューヨークの摩天楼を高い位置から写した映像がじつに美しい。都会って生き生きしていて明るいのね、と思ってしまいます。

しかし地上では車をほかの車にぶつけて強引に駐車する、太った柄の悪い男と細い女。ここは警察署のようです。万引き、横領、違法堕胎…さまざまな罪を犯した人々が連れてこられて、取調室に留め置かれています。

主役のこわもて刑事(探偵じゃなくて刑事物語なんだな)はカーク・ダグラス。なんと先週、103歳でお亡くなりになったのですね!この人年をとってからも全然変わらないからいつの映画かと思ってしまったけど、このときまだ35歳。よく見ると若い。彼はゴリ押しで暴力も辞さないので同僚に忠告を受けます。

「Jim, why must you make everything so black & white? Don't be so intolerent.」

一方彼の妻には隠していた過去がありました。刑事は妻の過去を赦せるのか?というのがこの映画です。

赦すという言葉ほど、今の世の中に欠けていて、思い出したいものはないな、と思います。ネットを見るといつも、誰かが誰かを糾弾してる。当人に関係ないことでも、我が意を得たりと、誰かに乗っかって激しく攻撃する、安全な場所から。

妻は彼の攻撃にひたすら耐えてその後の一生を送る、わけではなく、自分からスカッと荷物をまとめて出ていきます。彼の執拗さに気づき、彼が変われないこともしっかり予想できたから。

最後は「天罰」かと思うような事件でカーク刑事は殉職してしまいます。すごくキリスト教的な、因果応報の映画なのでした。

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ジャック・イヴ・クーストー &ルイ・マル監督「沈黙の世界」2399本目

深海探索のドキュメンタリー映画です。なんでルイ・マル?ジャケット写真ほど映像がキレイではない、深海の実態を淡々と撮影して報道するかんじの映画でした。1956年だから、全編天然色の深海映像を撮っただけでもすごいと思うけど、2020年の私はほとんど潜水したこともないのに、目ばかり肥えちゃって嫌ですね…。

この印象はおそらく、基本的な潜水技術が当時と今とであまり変わっていないからだと思います。人体が深海で耐えられる限界が同じだから。 

途中、サンゴ礁を爆破したり、サメを殴打したりと、なかなか残酷な場面もありましたが、調査による破壊は今はもう少し押さえられているかもしれませんね。

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荒井晴彦 監督「火口のふたり」2398本目

この映画のことはほとんど知らなかったので、キネマ旬報ベストテン1位と聞いて「なんだっけ?」と思ってしまったのですが、見たらじつにしみじみーといい映画でした。地味だし「エロス」に分類されるのは事実なので、下手すると埋もれてしまいそうなこの映画が、こういう賞を取ることで今後もたくさんの人に見られることが嬉しく思えます。

見終わって思ったこと。

そうか、人生とは間もなく起こる富士山の噴火までの一瞬なんだ。それが明日の朝なのか、来年なのか、30年後なのかは誰にもわからない。だったらやりたいこととか“身体の言い分(この映画で直子がよく言うことば)”どおりのことを、時間がくるまでやっていればいい。…そんな感じです。

荒井監督の監督作品を見るのはこれが初めてですが、彼が脚本を書いた「赫い髪の女」に近い世界だなぁと思いました。冒頭の歌声はもしや…と思ったらやっぱり伊東ゆかり。昭和ふうの甘くけだるい歌といったら、彼女ですよね。それだけでこの映画の世界観の一端がつかめると思います。この映画でもひたすら二人はセックスしたり、ラーメンを食べたり、ハンバーグを食べたり、ビールやワインを飲んだり、身体の言い分に身を任せます。「赫い髪の女」は湿ってちょっと暗いけど、こちらはいつもお天気のような明るさや軽い笑いが常にあります。こういう達観したような明るさって「巨匠の晩年の作品」によくあるのですが、荒井監督は「まだ」70過ぎなので、80、90、100歳と、もっともっといい映画を撮ってくれそうですね!

この軽い、抜けるような空気感のなかにいる直子を演じた瀧内公美が主演女優賞まで取ったわけですが、素敵だし演技がうまい、というだけじゃなくて、直子としてあまりにも自然でした。もはや演技じゃない、そこにいる直子を撮ったんでしょう?という。ちょっとゆるくてテレンとした雰囲気の女性がイトコに話す親し気な感じなんて、他人に向かってなかなか出せないと思うけど、うまいのにどこか硬い(そういう役柄なんだけど)柄本佑も超えました。(この自然さ、私は「ナビィの恋」のときの西田尚美を思い出してしまった。あの映画も好き)

授賞式で監督はこの作品を「ハダカ映画」(笑)と呼びましたが、そんな映画を1800人も入るホールで、若干かしこまった年配の大人が集まって神妙な顔をして見るのって可笑しい。ホールだから、音声にいちいちエコーがかかって大仰に聞こえるのも愉快。偉そうなことをいくら言っても、みんな同じ人間なんだもんなぁ。

もしかしたら、大人になって、まあまあ枯れてきてからでないと、しんみり味わえない作品かもしれません。でもどんな人にも、人生のどこかのタイミングで見て一度はしみじみしてみてほしいなと思う作品でした。

最後にひとこと。これってヴェスヴィオ火山の噴火でつながったまま化石になった男女の映画だ。わりと幸せな最期じゃないかな…。

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森達也監督「i 新聞記者ドキュメント」2397本目

2月5日、発売と同時に「ベストテン表彰式」招待券つきのキネマ旬報最新号を購入して上映会で見てきました!今年の「文化映画」1位で、日本映画全体の中でも審査員がかなり投票していた作品です。

森監督の作品はたくさん見てると思い込んでいたけど、実は「FAKE」しか見てませんでした。(本読んだりテレビで見たりしてるから、おなじみと思ってしまったのかな)あの映画での森監督は、映画のなかのイヤな刑事みたいに、語り口は柔らかいのにちょっと誘導的に見えたり、イジワルに感じられたりする箇所もあって、後味が悪かったんだけど、この映画は違いました。望月さんの明るさ、屈託のなさのおかげか、突っ込みはするけど全体的にユーモラス。“怒り心頭”の場面で突然現れる怪獣アニメ(笑)も、いい具合に観客の感情を鎮めてくれます。頭を使った構成だなぁ。そろそろこの監督は日本のマイケル・ムーア的な存在として、定着していけるのかも。

と思った矢先に、受賞インタビューでは監督まさかの「もともとはドラマ出身なので、そろそろドラマも撮りたい」発言で司会の襟川クロさんに突っ込まれてました。

日本のジャーナリズムの薄っぺらさがよくわかる名作。たくさんの人が見るように、今後AmazonやNetflixにも出ていくといいなと思います。

デクスター・フレッチャー 監督「ロケットマン」2396本目

ロケットマン、冒頭に飾り立てたエルトンが“反省会”で告白をしている図がちょっとやりすぎ?と思ってしまったけど、すぐに慣れて、そんな過剰さが彼らしさ、つまり、弱さと美しさなんだなと思うようになりました。

天才が幸せになるのはすごく、すごく、難しいのだと思います。28年にわたる禁酒と節制がなければパートナーと幸せに暮らし、順調に音楽を作り続けられない、くらい。

改めて彼の楽曲の並ぶもののない素晴らしさも、再確認してしまいました。この映画見たあと「エルトン・ジョン・オールタイムベスト盤」買った人、世界中で何万人もいたかも。

あまりにスムーズに歌が入ってくるので、きっとまずミュージカルが先にあったんだと思ったけど、違ったんだな!現役の歌手だから彼の役ができる俳優×ミュージシャンを見つけるのが難しそうだと思います。それに、彼の半生はゴシップとして長年ばらまかれてきたとはいえ、ここまでさらけ出す映画を作るのってすごく勇気が要ります。でも、自分の中にある真実を楽曲にして歌うのがアーティストという仕事だから、さらけ出すことには長年、慣れているのかもしれません。

タロン・エガートンはどうなんだろう?と思ったらかなりぴったりでしたね。似てるわけではないのに、どこか朴訥さがあるのがいい。エルトン・ジョンの詞のパートナーのことは実は知らなかったのですが、繊細な詞を書ける彼は人を思いやることも得意みたいですね。硬くなってしまった人の心をゆるめて、癒せるのは、人の思いやりや温もりなんだと思います。

いい映画でした!

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ウェス・オーショスキー 監督「地獄に堕ちた野郎ども」2395本目

「地獄に堕ちた勇者ども」(ルキノ・ヴィスコンティ)を見た流れでこれもレンタル。

ダムドって70年代のロンドン・パンクバンドの一つなので、当時のドキュメンタリーかと思ったら、じじぃになってもまだやってる彼らの貫禄たっぷりな姿と、「ダムド?よく知らない」という今どきの若者たちのしらけた様子から始まります。いいんじゃないでしょうか、ドラッグやって死ぬような純粋なパンクスと違って彼らは最初からどこか笑えるところがあったから。

思ってたよりメイクが濃くてスーツ着てて、ビジュアル系くずれみたいなルックスなのに歌がバカっぽい…インテリがバカやってるバンドってイメージだったけど、間違ってはなかったかな。ロンドンパンクの中でもくどかったり恨みっぽかったり、ダラっとしたしたところとかがなくて、スカッとしてた。そこがやっぱり好きなんだ。

そんな人もあんな人も、60過ぎると企業で勤めあげた人とあんまり見た目で区別がつかなくなるのが面白い。ストラングラーズのジャン・ジャック・バーネル(三島由紀夫とか読んでたストイックなフランス人)が丸いおっさんになってたり、とんがってたビリー・アイドルが居酒屋で若い子に説教しそうなおっさんになってたり。

若いころ、ロンドンの大通りを一本入った裏道に、血がたぎるようなシーンがあるに違いないと思ってた。なんであの頃、あんなにロンドンに憧れたんだろう。早すぎるビートが当時の私の心拍数に合ってたのかな。

60過ぎてもパンクをやってるなんてどういう体質だろう、と思ったけど、最近の新曲(2018年になんと初めてアルバムがトップ10入りしたらしい!)を聞くとテンポが中高年向けになっていて、なんかしんみりとわきまえた楽曲になってました。正しい歳の取り方をしてるじゃないか…。今でもちゃんといい演奏してるし、メンバーは相当入れ替わっているといってもずっといるビジュアル系ボーカルのデイヴ・ヴァニアンは音楽に誠実だし、イロモノ系のベーシストのキャプテン・センシブルはザ・フーでいえばキース・ムーン、ビートルズでいえばリンゴ・スターというムードメーカー、人間性で人気を集め続けられる人柄。オフスプリングのフロントマンがインタビューに答えてたけど、いかにもダムド好きそうだよね、シンプルどうしで。

なんか…意外なほどさわやかで気持ちのいい音楽ドキュメンタリーでした。ダムドますます好きになっちゃった。映画の中で、「ロンドン ロックンロールツアー」っていうのがロックの聖地的な場所を案内して回るのがおかしい。こんどロンドン行ったら絶対参加しよう。

地獄に堕ちた野郎ども(字幕版)

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