映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

アンソニー・マラス監督「ホテル・ムンバイ」2435本目

「ホテルxxx」という映画はほかにもたくさんあります。不穏な映画もあるけど、おおむねハートウォーミングな作品が多い印象なので、この映画に限っては、単にそのまま日本語にするんじゃなくて「ホテル・ムンバイ~緊迫の60時間~」とか「~決死の脱出~」とか、ダサくてもいいから緊張をあおる副題があっても良かった。だって何も知らずにハートウォーミングを予想した人にはショックが強いから。

映画館の私たちにとっては、緊迫の2時間です。フィクションもかなり含まれてるんだろうけど、実際にあった大規模かつ無慈悲、無差別なテロ事件がベースになっていると聞くと、この子は助かったんだろうか?彼と彼女は離れ離れのままなのか?など、まるで現実の事件を見ているように緊張してしまいます。

主役のターバンを巻いたインド人ホテルスタッフを演じるデブ・パテルは、「スラムドッグ$ミリオネア」のあのクイズ少年。仲のいい夫婦のアメリカ人夫のほうは「君の名前で僕を読んで」のイケメン、アーミー・ハマーだ。

「お客様は神様です」というフレーズをまさかインドで聞くと思わなかったし、Guest is godって英語で言われると言いすぎな感じがしてコメディみたいだ。でも、ひょっとしたら日本の「お客様は神様」のほうがイメージ先行で、ホテル・ムンバイ従業員のほうが騎士道精神、自分たちが盾になって命を守るという覚悟が強いのかもしれない。

<以下ネタバレ>

多分同じことを思った人がたくさんいると思うけど、インド人母が助かるためにイスラム教の神をたたえる言葉を言い続けた場面、あれは実際にあったことなのか?イスラム教徒の女性は異教徒の男性と結婚できない。アメリカ人夫はムスリムの可能性は低そうな設定だったので、彼女もまたそうではないと考えます。そうするとあれは、生き延びるための演技でしょう。いくらいろんな言葉でインターネットを検索しても、この映画の「どこまでが事実なのか」という情報はまったく見つかりませんでした。

機転が利く聡明さ、自分の命を守り、子どもに再び会うためにできることは何でもする、たとえすぐ横で夫が亡くなっていても。女性には、手段より目的を選ぶことが、こういう場面ではできることが多いかも、という気がします。この場面が事実に基づいていてもいなくても、究極の場面で何ができるか?という質問を見る人たちに投げつける強烈な場面でした。

本当に緊迫感あふれる、すごい映画でした。

デイヴィッド・リーン監督「ライアンの娘」2434本目

ライアンってアイルランドの典型的な名前なのかな。「Ryan Air」って格安航空が有名なのは、この映画にちなんだものなんだろうか。

この映画は巨匠(作る映画すべて大作という意味でも)デイヴィッド・リーンが力を込めて作ったもので、アイルランドの荒っぽくオープンな人々の普段の生活が描かれていて興味深いです。この映画も2時間半の長尺だけど、30分の連続ドラマ5回分という感じで、テンポが良いので冗長な感じは全然ありません。

ロバート・ミッチャムが…この眠そうな目元は、「LOVE」と「HATE」と指に描いた彼(「恐怖の岬」ですね)を見たときから、腹に何か隠し持った恐ろしい目元にしか見えなくなってしまったのですが、この映画ではあくまでも誠実で妻にとことん愛情を注ぐ男です。疑っちゃいけません。

それにしてもアイルランドの自然は圧倒するものがありますね。超高波が次々に打ち付ける断崖絶壁「モハーの断崖」の迫力といったら。いつか行ってみたいです。

イケメンでデリケートなランドルフも、軍人という責務を負って辛いものがありますね。道化役のマイケルもなにかの役目を負って生まれた者という運命を感じさせます。(スケリッグ・マイケルっていうこの先の美しい島は、スター・ウォーズでルーク・スカイウォーカー翁がこもっていた場所ですね、ああ憧れる)ジョン・ミルズ、名演です。

ライアンの娘、ロージーを演じるのはサラ・マイルズですが、ジュリエッタ・マシーナ(ジェルソミーナ)かと思った(英語なのに)。

村の人たちはマイケルを囲んで大笑いして楽しむ。推測だけでロージーを密告者と決めつけて集団でいじめて腹の底から笑う。「ガキの使い」みたいで、日本人に限らずどこでも人間ってじつに残酷で無邪気で、ここまでくるとこれも一つの人間のサガと捉えて、逃げるしかないんじゃないかという気がしてきます。なんともいえない気持ちになるけど、「親切でやさしい村の人たち」ではないところが、映画としては深みがあります。

アイルランド人って、民族的にはケルト、ゲルマンとか北方の人々で、イングランドと共通の部分が大きいのに、宗教がカトリックというところが、情緒が全面に出る気質と結びついてる気がします。イングランドのプロテスタントと対比しようとしてみたんだけど、よく調べたらイングランド国教会はプロテスタントではなくて、ローマと違う周波のカトリックなんですって?知りたいことがまだたくさんあるな…。

ああ、アイルランドまた行きたい。こんどはとことん全島回ってみたい。

ペドロ・アルモドバル監督「抱擁のかけら」2433本目

2009年の作品。年代がわかりづらいけど、比較的新しいほうか。

「謎のカバンと女たち」が見たいけど、作り置きのガスパチョを勝手に客が飲もうとすると、薬が入っているので飲むな…見覚えがあるなぁ。「神経衰弱ぎりぎりの女たち」だな。タイトル違うけどこの映画のことだと思っていいですか?

「抱擁のかけら」は、自己で最愛の人を亡くした元映画監督が、愛と仕事を思い出す道のりの映画。ちゃんと作られてるけど、びっくりするほどの仕掛けはなかった。映画監督がずっとシリアスで笑える部分がないのがちょっとつまらない、というか、つらい。信じられないほどの悲劇にもどこか笑いがあるのが彼の映画だと勝手に思ってるので…。

その点、今回もロラ・ドゥエニャスの役は最高ですね。彼女はいつも「まじめで普通だから超おかしい」役をやるけど、今回は隠し撮り映像の口元を見てことばを割り出す専門家。なんの配慮も忖度もなく「あんな最低なじじい」と最低なじじいの前でふつうに言う。

原題は「壊れた抱擁」という意味らしい。そっちのほうがこの映画には合っている気がしますね。

ウォルター・グローマン 監督「不意打ち」2432本目

これは1964年と大昔の作品。出どころはおそらく町山智弘の本だ。白黒で、冒頭のタイトルからなんだかクール。昨日見た「昆虫パニック」よりずっとソール・バス(オットー・プレミンジャーとかの映画タイトルデザイナーとして有名)が監督したっぽい…。(クレジットを隅々まで見たけど、ソール・バスは出てないなぁ。「Art of Titles」ってサイトによるとタイトルはTri-Artsという人たち?の作品だそうです)

それにしても、なんて恐ろしい映画なんでしょう。邦題も秀逸だし、悪いやつらのキャラクターもみんな極端で、冒頭に登場する溺愛息子の遺書の不吉さもあいまって、悪夢はどんどん深まっていきます。

ただ、暗澹とした雰囲気にならないのは、悪い奴ら、とくに殺人狂の青年のキャラが不思議と明るいからで、監督はたぶんマトモな人なんじゃないかと思われます。どうもこの映画がデビュー作のようなので、ルイ・マルの「死刑台のエレベーター」やポランスキーの「水の中のナイフ」みたいに、最初の作品に渾身の力を込めたことが伝わってきますね。その後どうしたんだろう。失速したのかなぁ…。

ブレット・ラトナー 監督「ランナウェイ」2431本目

原題は「Money Talks」。1999年の作品。

クリス・タッカーのマシンガントークが楽しいけど、トーンが高くて「さかなクン」みたいだなぁ。エディ・マーフィーの「ビバリーヒルズ・コップ」を1984年に見たときは「なんて面白いの!」とすごく盛り上がったけど、そのときの感じと比べると、ふーんという感じになってしまいます。自分が年を取って感受性がにぶくなったのもあると思うけど…。

何で借りたんだっけなぁ、このDVD。。。

ソウル・バス監督「フェイズIV 戦慄!昆虫パニック」2430本目

ヒッチコックというよりオットー・プレミンジャーのタイトルバックのしびれるようなカッコよさが大変印象的だったソウル・バスというかソール・バス。

しかしこの映画のタイトルバックは、解像度の低い宇宙の静止画像にただ近づいていくだけの何もない映像で、特徴的なタイポグラフィは出ないまま本編が始まります。続くのは蟻を至近距離から撮影したさまざまな映像。子どもの教育用の科学映像だと思えばよく撮れてると思うけど、ものすごく没個性で特徴のうすい「シンプルに撮影しただけ」の映像。この人もしかして、ただの昆虫好き?長年の夢をこの映画にぶちこんだ?

蟻モノリス(シロアリタワーみたいな柱が平原に何本も建ってる)とか和同開珎(草地を「円に四角」の形で刈ってある)も、何か美的なのかというとそうでもないように思えます。「みんなのたあ坊」みたいにみんな同じ方向を向いてぽかんと口を開ける、蟻モノリスたち。

主役の若い男性研究員と、紛れ込んでくる女の子がとても美形なところが、美的な仕事をしてきた人のセレクションだという気はするけど、いわゆる低予算映画かなぁ、という趣。日本で「フェイズIV 戦慄!昆虫パニック」なんていうB級感たっぷりな邦題をつけられたと知ったら、ソール・バスさんショックなんじゃないだろうか。

でもやっぱり、まぎれもなくB級映画でした。。。。

 

 

ポール・フェイグ監督「ブライズメイズ 史上最悪のウェディングプラン」2429本目

男性の下ネタも苦手だけど、女性の下ネタ(特に汚い系)はナシだなぁ。面白いけど。この映画ってカラッと明るいけど、女同士の友情ってのがどれほど壊れやすいか、見栄や競争心がカンタンにいちばん大事なものを壊してしまうか…っていう部分もあるよね。だけど、もうダメ、最悪、って思って初めて大切なことに気づくこともある。

しかしそれでも苦手感が最後までつきまとうのは、私が自分の失敗をいつまでもグジグジ気にする人間だからかもな…。自分がアニーだったら一生立ち直れない×8回分くらいある気がする。ここまでダイナミックに失敗できたらなぁ!