映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

ロバート・ハーモン 監督「ヒッチャー」2541本目

キャスティングが絶妙ですね。ルドガー・ハウアーって逆立ちしても強面系(※「聖なる酔っぱらいの伝説」を見て繊細さにちょっと惚れた)だし、C. トーマス・ハウエルはどう見ても弱虫の少年。そんなに怖いならルート変えて逃げろよ…。普通、こんなに犯罪を重ねてたら他にも通報する人いるでしょ、等々つっこみどころがたっぷりな佳作(突っ込みも楽しみのひとつ)。あんだけ警官が大勢いて、まんまと女の子が犠牲になるとかないでしょう。とか。ルドガー・ハウアーが登場しない場面は緊張感が途切れて、なんでパトカーと競争してんだろうって気持ちになったり、わずか93分なのに冗長に感じる部分も多々ありますが、まあ最後まで見てあげてください。

ルドガー・ハウアーったら今回も殺人マシンだ。ほとんど人知を超えた神出鬼没の存在。C.トーマス・ハウエル君を究極的に嫌な気持ちにさせるためだけの存在です。見た目は体育系でさっぱりしてるのに、大変な粘着質。嫌がられるためにここまでできるのか…。こんな映画だけど、道沿いのドライブインのカウンターのコーヒーやドーナツになんだか憧れちゃうんだよな…。多分全然おいしくないんだけど。

在宅ワークの日々、ざっくりと今週の仕事を終えて、安いワインとおいしいツマミを気の利いたバーで買ってきて、B級サスペンス映画(失礼)を見るのが最高の楽しみ。映画って、最高傑作じゃなくてもいいんですよね。作り手の個性が楽しくて。家に根を生やしてても映画を見てれば世界中どこにでも行けるし。

しかしアメリカのハイウェイをダダ走るのってほんと怖いんだよね。何もなくて。車が故障したら死ぬかな、と思うけど(※携帯がいまひとつ普及しきれてないときに運転したことがある)、ヒッチハイクも怖いしバーで出会ったばかりの男の部屋に行ったりするのも、よくあんなことできる思なーと思う。最悪死ぬかも、と覚悟した上で冒険しまくる人生に憧れないではないですが…。

 

フリッツ・ラング監督「仕組まれた罠」2540本目

フリッツ・ラングがアメリカで撮った映画って、なんというか、どれも感動するような内容はないのに、なんともいえずいいんだよな。まず映像構成が素晴らしい。冒頭の、電車の切り替えや、電車どうしがすれ違うときの高速でスリリングな映像。さすがドイツ出身、機械文化の美しい部分を強調していて印象的。停車した電車の間をぬって酔った男が歩いていき、彼を襲おうと企む男が後を追う場面も素晴らしい。

登場人物も、朝鮮戦争帰りのちょっぴりニヤけた女好きの機関士をグレン・フォード。悪い上司の妻、ちょっと上向きの鼻と上目遣いがそそる女性をグロリア・グレアム。すごくチャーミングだなと思ったら、彼女を題材にした映画があるんですね!「リヴァプール、最後の恋」、さっそく見なくちゃ。

タイトルの「仕組まれた罠」は、グレン・フォードが上司の妻にはめられたと思ったという場面ですね。でも「罠(?)」とするのが正解だったかも。悪い男たちはセクシーな女性を常に悪女と決めつけて、犯したり、利用したり、横恋慕したり、裏切ったり捨てたり、しまいには殺したりします。ひどい映画だまったく。(←言ってるだけ)

原作が同じ「獣人」という映画のほうがよく知られてるようだけど、見る限りまるで違うストーリーだ。こっちの映画のほうは、結末に納得感がないけど、画面がカッコよくてゾクゾクしたので十分楽しめました。

仕組まれた罠 (字幕版)

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「梅牡丹」って書かれたハッピというかキモノが下宿の娘へのおみやげなんだけど、これって何だろう?

フリッツ・ラング監督「恐怖省」2539本目

引き締まった白黒映像。「恐怖省(Ministry of Fear)」ってタイトルは、なんとなくSFショート・ショートみたいでそそります。「第三の男」と同じグレアム・グリーンの原作なんですね。

精神病院を出たばかりの、帽子の男を演じるのはレイ・ミランド。「失われた週末」や「ダイヤルMを廻せ!」の人でした。マグリットの絵のなかの帽子の男みたいな黒髪と濃い眉。そして映画の流れはタイトルが示唆するように、SFというかオカルトな流れへ…。なんだろうこの降霊会みたいなの。アメリカへ渡ってからのフリッツ・ラングは、なんというか、大衆受けしそうだ。こじゃれてる。この映画も、占い師のオバサンがなんで若い美人にすりかわったのか?なんでわざわざ人目につくケーキにマイクロフィルム(今のSDカードくらいの大きさなのが、不思議とリアリティあるな。容量全然違うけど)をしこんで受け渡す?…など、わからないまま飛ばしてどんどん行きます。いろいろわからないことはあるけど、面白い。悪い人、警察、美しい女性、主役、それぞれのキャラがマンガみたいですごく魅力的なんですよ。強いて言えば手塚治虫のマンガみたい。

わからないまま、何度も見ようとは思わない(完全に把握したところですごい謎ではなさそうなので)けど、なんか素敵だったので良いです。引き続きほかのもレンタルします。

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アルフレッド・ヒッチコック監督「農夫の妻」2538本目

「農夫の妻」ってタイトルから、いつもボヤいてるおっちゃんの方が主役かと思った。農夫って普通は使用人のほうを指す言葉だけど、Farmerの正しい日本語訳は「農場主」、経営者のほうなのだ。

この映画が公開された1928年を調べてみると、ちょうど英国で21歳以上の男女が平等に参政権を持つようになった年だそうです。それまでは「戸主または戸主の妻である30歳以上」の女性だけ。この映画を監督したヒッチコックが男尊女卑だと書いている人がいるけど(※言っとくけどチャップリンの映画なんて「醜女の深情(1914年)」ですから)、当時はみんなそうだったってこと。逆に、召使いと再婚するなんて、むしろ大胆で先進的な気もします。「テス」なんて、きれいな子そそのかして女中にして手をつけて捨てる話だよ?インドなんて2018年作品でも、相思相愛でも召使がご主人に「あなたの名前を呼べたなら」って言ってるくらい、平等などはるか彼方です。

ちなみに、召使いのミンタさんはいつもご主人にまっすぐ向いて、腰に両手を当ててご主人を見上げるんだけど、同じこと部下がやっただけで激怒する日本の管理職って(※男女問わず)100万人はいるんじゃないか…令和2年だけど…むしろ、農場主を振る女性たちの言い分が、ののしられても「私は自立してますから」などと気持ちいい。

映画ほど、その時代の世相やコモンセンスを明瞭に映す芸術作品はありません。映像と言葉と音楽と、いろんなものが組み合わされた総合芸術だから、隠そうとしてもどこかの隙間から本音がもれる。

召使いのミンタは、本音をズバズバ言う女性たちを「私たちにも非があります」と控えめ。彼女は口答えできる立場ではない上、ご主人に惚れています。このご主人にはこの女性。結婚後、上流階級の女性たちに意地悪されるかも、なんてことは今は考えないようにしましょう。

ミスター・スイートランド、ミンタはあんたには勿体ない子だよ。 

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山本薩夫 監督「にっぽん泥棒物語」2537本目

「にっぽん泥棒物語」というより「元泥棒と冤罪」って映画でした。

三國連太郎、こんな若い二枚目のうちから、ロクデナシな泥棒の役なんかもやってたんだなー。悪徳刑事にアクたっぷりの伊藤雄之助。熱血な正義の弁護士は、なんと千葉真一。まだ肉体派の片りんもありません!

最初の?妻、市原悦子も明るくて愛嬌があるし、命を助けてめとった佐久間良子は素朴で可愛らしい。裁判官も人間味たっぷり、三國連太郎のふるさとなまり丸出しのトークは率直すぎて聴衆大爆笑。裁判っていっても、こういうのは「合議」って感じがちゃんとあっていいな。閉廷後の監修の拍手で、彼の”前科”は濯がれたと、見る者も安心できます。

裁判所が正義と悪を振り分ける本来の仕事をする場だと、偉い人はそもそも思ってないのかもな。そういう国を支配するのは民主主義じゃなくて一度権力を持ってしまった人の都合だ。今の日本も心配だな…。 

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ウェイン・ブレア監督「ソウルガールズ」2536本目

見終わってひとつうなずく。うん。これは、ゴスペルでキリスト教を広めるように、サファイアズの魅力でアボリジニの現代史を広める映画なんだな。

彼女たちの才能や魅力の輝きを、その後アメリカのショービジネスになんで持って、カーネギーホールに出なかったのか?その答えはちゃんと、キング牧師が暗殺された夜に黒人兵士がベトナムで言ってたじゃないですか。俺たちは誰のためにベトナムで人を殺してるんだろう?って。なんで彼女たちはアメリカ人を喜ばせるために、ダウンアンダーから来ましたアボリジニのシスターズです、ってアメリカで歌わなきゃならないの?って話だったんでしょうね。だって最後に写真だけ出てきた本物の彼女たちは、みんなびっくりするくらいアボリジニの地位向上に長年尽くしたんじゃないですか。メンバーのケイは「盗まれた世代」で、親と引き離されて暮らしてたという、彼女たち自身の時代の問題なんですよ。1967年にようやく市民権が認められ、彼らの聖地であるウルル(英語名エアーズ・ロック)の立ち入り禁止が実現したのはわずか2年前。アメリカで歌ってる場合じゃなかったんだと思います。

彼女たちのゴールはカーネギー・ホールじゃなかったんですよ。ケイがふるさとの町に帰ってきて、デイヴも家族になって、みんなで幸せに暮らしました、という素晴らしい、主張のある映画を見られて力強く思えました。

ソウルガールズ (字幕版)

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木下恵介監督「夕やけ雲」2535本目

貧しい戦後の日本の街並みが、懐かしいような気がして(生まれる前だけど)ずっと見ていたい。とても美しく思えて。

賢くてけなげな、小さい妹は菊沖典子という子役。映画はこれしかKINENOTEに記録がありません。どんな大人になったんだろうな。主役の少年を演じた田中晋二も、大人になったら役者をやめたようです。

夢で胸がいっぱいになっていたけど、全部諦めて家族のために生きることにする。彼らには逆に、誰からも顧みられない孤独はわからないんじゃないか、とも思う。家族のために不幸を引き受けることって本当に不幸なんだろうか?我慢の果てに希望が見えてたんじゃないか?…なんていうほど、楽だったり楽しかったりする人は少ないだろうけどね。

木下惠介生誕100年「夕やけ雲」 [DVD]

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