映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

サメホ・ゾアビー監督「テルアビブ・オン・ファイア」2591本目

この映画は何より、成り立ちが興味深い。イスラエルのユダヤ人を映画で見たことはあっても、パレスチナ人はドキュメンタリーの中でしか見たことがなかったので、アーティストとして生き生きと活動している彼らを見られただけでも鳥肌が立ちます。

民族と宗教はすごく強く結びついてるし、壁のあっちのアメリカによくいる風貌と比べて、パレスチナ人はアラビア半島の人たちと風貌も人生観も近いのかと思ってたけど、思ったよりミックスしてる。パレスチナの女性たちはヒジャブを被らない人も多い。同じ地域で暮らしていて、私が行っても見た目で区別はつかない。

全体的にコミカル(※主役はクスリとも笑わない、まるで愛想のない男だけど)だけど、テーマがテーマなだけに、けっこう緊張しながら見たけど、期待を裏切らない、普遍的なユーモアがありました。<以下ネタバレかな?>検閲官な…。彼の官僚らしさと、その一方にある俗っぽい人間らしさが、見る人に共感を与えます。

この流れで、笑いながら肩を抱き合うユダヤ人とパレスチナ人が見られたら…なんていうのは短絡すぎる、楽観的すぎる考えなのはわかってますが。

 面白かったです。連ドラの第2シーズンが見たい!

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ミシェル・フランコ 監督「或る終焉」2590本目

<ネタバレあります>

どう捉えるか、難しい映画だな。こういう映画は観るものによって解釈が分かれるんだろう。原題は「Chronic」慢性的。邦題は監督の意思と無関係だと思うので、この映画を「Chronic」と名付けた監督の気持ちを推し量ってみよう。

慢性的なのは彼が介護する人たちの症状だけど、彼自身も、心療内科に行った方がいいんじゃないかと思うくらい、長年の出来事からくる慢性的な憂うつにさいなまれてる。

うんと年を取ったあとは、お迎えが近くなっても毎日が空虚なだけで、憂うつというような重さはなくなっていくんじゃないかと想像しています。それとは対照的に、彼の憂うつは、ジョギングをするときの健康さと、やり場のない心のアンバランスにある。

性的暴力があったと訴えられている上に、彼がやった自殺ほう助が明るみに出たら刑務所行きで、出てきても介護の仕事はできないだろう。八方ふさがり。

自殺をする人には、周到に冷静に用意をして、確実になるべく楽に死ねるようにする人と、衝動的に飛び出したり飛び降りたりする人がいる。彼は飛び出したのか、それとも悩んでいて周りが見えなかったのか。あれは終焉なのか、そのあとに続きがあるのか。

救われない人たちの優しさを愛する監督なのかな。同じメキシコのアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督の「ビューティフル」を思い出すけど、こっちのほうが熱量が低くて乾いてる。ちょっとヨーロッパの監督っぽい。ラテンとヨーロッパのミックスみたいな感じに興味があるので、他の作品も見てみたいと思います。

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イザベル・コイシェ監督「あなたになら言える秘密のこと」 2589本目

陰のある金髪の女性。地味な工場の仕事を、不必要なほどまじめにこなす彼女。4年間無遅刻無欠勤で、山のように買いだめた石鹸で何度も何度も手を洗う彼女。この役を演じているサラ・ポーリーは同じ監督の「死ぬまでにしたい10のこと」の彼女だ。無理にでも休めと工場長に呼び出されて、仕方なく休暇に出かけます。(4年間休まないなんて日本では目立たないと思うがな)

彼女はたまたま看護師を緊急に探している男(「おみおくりの作法」のエディ・マーサン)を見かけて、「私は看護師です」「火傷の手当てには慣れています」と言う。彼女の英語はぎこちない。

彼女が看ることになる、油田の事故で大やけどを負った男を演じるのはティム・ロビンズ。彼の出る映画が面白くないわけがありません。

海上に突き出した油田採掘場の造形がしびれます。現役の頃の軍艦島みたいだけど、工場みたいな建物が細い数本の脚だけで海の上に突っ立ってるのが。

英語だけどスペインの映画なので、おなじみの人たちも出ています。シェフのハビエル・カマラも英語をしゃべってます。

火傷の男が「コーラ」とよぶハンナ看護師は終始無表情だけど、彼の軽妙さに少しずつほぐれていきます。彼女は別の作業員から彼がけがをした経緯を聞き、彼自身からも何が起こったかを聞くことになります。そしてとうとう彼女自身も口を開き…。

彼女は片耳が難聴なだけで、目立った外見上の傷はありません(ぱっと見では)。若くて美しく、強く健康に見える彼女がとうとう彼にも言えなかったことが、最後の最後に明かされます。

語り口が繊細なんですよね。誰も攻撃せず、そっと、そっと、伝える。アルモドバル監督だとわざとすぽーんと投げてよこす球が、彼女の場合転がしてくる、みたいな感じ。この映画の中心はクロアチア内戦のむごさに注目を集めることではなくて、蹂躙された過去をもつ女性が生き延びて、生きていくということだから。

コイシェ監督の映画なら、見ても傷つかないと思える。いい作品に出会えてよかったです。

あなたになら言える秘密のこと(字幕版)

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ギレルモ・デル・トロ 監督「デビルズ・バックボーン」2588本目

ペドロ・アルモドバルが製作、ギレルモ・デル・トロが監督のダーク・ホラー・ファンタジーです。

「オール・アバウト・マイ・マザー」のポスターでおなじみマリサ・パレデス。彼女はシリアスな感じがあって、コメディ色の強い初期のアルモドバル作品には出てないけど、この映画の雰囲気は盛り上げてくれます。

いたいけな少年が見る不吉な幻。不幸な子どもってどうしてこう美しくて心を惹きつけるんでしょう。そしてスペイン語圏の映画ってどうしてこう、じわじわっと魅力的なんでしょう。

内戦というのは味方だと思っていた人同士が殺し合うということで、この頃のスペインには暗い死の匂いが満ちていたのかもしれません。

最後まで見てしまうと、怖いのは幽霊なのか人間なのか…。頭にひびの入った青白いあの子のお話を最初にちゃんと聞いておけば、と悔やむ気持ちになります。ナイトメア・ビフォー・クリスマスに出てきそうでだんだん可愛くなってきます。

トロ監督の映画の主役は本当に骨の髄まで純真なんですよね。映画黎明期にリリアン・ギッシュが演じてた役みたいに。そして悪辣な奴らはとことん悪い。そういう世界の善悪のありかたより、完全に透明な魂の美しさに魅了されるのがトロ監督なんだろうな。

見終わったあとに、切なくて少し苦しくて、でも心の中のおりが全部きれいになったような気持ちになるのでした。

 

パブロ・トラペロ監督「エル・クラン」2587本目

監督は知らないけど製作にペドロ・アルモドバルが入っています。でもいつもの作品と違ってユーモアなし。

誘拐家族のお父さん怖いです。悪気のかけらも見せないいつもの落ち着いた表情。これは「家業」なのか。家族を巻き込むところがズルい気がするけど、子どもたちに隠そうともせず、手伝わせるってことはやっぱい「家業」という認識なのか。

長男はずっと前に「亡命」。三男も遠征試合をきっかけにもう帰らないことを決める。友人が誘拐される手引きをさせられ、その友人を失ってしまった次男。一人残された息子である彼の気持ちは揺れます。

パパは足を洗う気配なし。一人逮捕され、残った彼らも状況がまずくなると殺す、ということを繰り返し、だんだん追い込まれていきます。なぜか逃亡していた息子が一人帰ってくる。一方で、家のどこからか響きつづける「助けて」という叫び声。家にかかってくる無言電話。(これは「これからガサ入れまたは殺しに行くぞというフラグだな)なのにスルーして続けるから…。父が何かを受け渡そうとしたガソリンスタンドにも、自宅にも詰めかける警官たち、自宅を早くも取り囲むマスコミ。父が家族に言う「安心しろ」が、警察の高官にたっぷり賄賂を積んだということなら、そんなものは立場が変われば消えてなくなる。

南米の遠さ、知らないっていうことの怖さで、私はこの映画を見たことでアルゼンチンが少し怖くなってる。自分の中に一つまた新しい先入観が刷り込まれた瞬間。これはこの先、現地を旅行するときに用心となって私を守ってくれるかもしれない。でも「これだから南米は」っていう画一的な思考停止にならないように、理性もしっかり持ち続けたいものだと思います。 

エル・クラン(字幕版)

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中川龍太郎監督 2586本目「わたしは光をにぎっている」

これはどういう映画なんだろう。この監督の作品は初めてです。もう見た方々の感想を見ると、めっちゃ点数低い人と100点の人がいる。予想できない(笑)

主役の松本穂香、見たような見ないような…プロフィールを読んでやっとわかった。「ひよっこ」で有村架純がクイズ番組で最後に叫んだ「すみこー!ハワイ行くぞー!」のナバタメスミコだ。憎めないいい役でした。この役にしろこの映画にしろ、地方で暮らしてるちょっと可愛くてマイペースな女の子って、なんともいえず、好きだなぁ。

でも、居候先の銭湯で、主人が掃除してるのをぼーっと突っ立って見ている民宿の娘があるかい。(笑)祖母と二人で切り盛りしてたって設定なのに。じゃあ何屋がいいかというと、タバコ屋くらいかなぁ…。

最後まで見てやっと、ああこれは再開発で失われるデリケートなものを描きたかった映画なんだ、ということがわかる。しめくくりだけを担う、ぽっとそこに現れる女の子は、ぼーっとした純粋な田舎ものでなければならず、かつ、最後を取り仕切るべく急に奮発できなければならない。妖精的な存在なので設定にはハナから無理がある。でも、リアルっぽく見えるけどおとぎ話だからしょうがないのだ。

正直なところ、この映画よりずっと「ドキュメント72時間」のほうが泣ける。毎回、なんで泣いてるのか全然説明できないけど、エンディングテーマが流れ出すと泣けてくるのだ。なんでもない普通の人たちの普通の生活に一瞬混ぜてもらえて、それだけでよかった、って。

この映画は、表現したいことと知っていることのバランスが悪くて、ちぐはぐな感じがある。これは30歳の若者がこの町で暮らしつくした100歳の映画監督になる頃には、自然と溶け合っていくものなのかもしれません。 希望の光だけがみんなを照らすわけじゃない、光をタイトルにしなくてもちゃんと彼らはそれでいいんだ、って思える頃には。

わたしは光をにぎっている

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大友克洋監督「スチームボーイ」2585本目

久しぶりに「AKIRA」が見たかったけど全部レンタル中だったので、こっちから。

まじめに見てても、ふっと気がそれてしまうところがある。だいたいずっとハイテンションで進行して、緩急のつけ方がうまくない。こんなに素晴らしい映像、19世紀だしロンドンだしスチーム・パンクだし、男の子を高揚させるものがこれでもかと詰まってるのに。…それは、この世界を愛しすぎる人たちが愛をこめすぎたからか。暴論を承知でいうと、この映画も川村元気がプロデュースしたら、全世界で100億円くらい稼ぎだしたんじゃないか。足りないのは、通しで見たときの”面白さ”を客観的に見る目だったんだと思う。幸運な偶然が全編で1000回くらいありそうな脚本も、見る人を選んでしまう。

キャスティングは、主役の男の子が鈴木杏、女の子が小西真奈美という二人は大変良いんだけど、ほかは全部声優として確立した人にして脇をしっかり固めたほうがよかった。特にロイドおじいさんは、声と絵のテンションが違いすぎるんだよなぁ。

真鍮っぽい金属の質感。電子じゃなくメカで動く機械式機械の美しさ。なんか記憶にあるのは、昔よくやったアドベンチャーゲームに、だいたいどれも1つくらいこういう「機械の世界」があったからか。

しかしこのスチームボール、原子力で動いてるとしか思えない。

ハウルの動くスチーム城…。

スチームボーイ

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  • 発売日: 2016/08/26
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