映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

ステファニー・アルゲリッチ 監督「アルゲリッチ 私こそ、音楽!」2655本目

大分出身なので、「アルゲリッチ音楽祭」というものがあることは知ってたけど、どういう人なのか全く知らなかった。体の中に豊かで強い音楽を持っていて、素晴らしいピアノでそれを表現する人だ。ピアノの天才って、数十億もいる人間の中にはたまにいるけど、この人みたいに強く続けられる人ばかりではないです。ブエノスアイレスで生まれて普段はフランス語を話し、70歳を過ぎても日本の小さな町に毎年駆けつける。相当の葛藤があったことがこのドキュメンタリーの中で娘の口から語られるけど、彼女の強さには励まされるような気がします。

原題は「Blooody Daughter」。マルタ・アルゲリッチでも、監督と撮影を行った娘ステファニー 自身でもなく、彼女の父親が口にする言葉です。ひどい娘だけど血のつながった娘、離れられない絆で結びついた娘。いろいろな意味を含む言葉なんだと思います。演奏旅行で長く家を離れていた母、何人もの男性と結婚して異父姉妹をもたらした母は普通の人ではないけど、母が女神だということを強く認識するようになっていったのだそうです。そんな娘自身の視点でこういう映画を撮るのって、他人から何一つ押し付けられずに語ってくれるものとして貴重です。ソフィア・コッポラもギャル映画ばかり撮ってないで(好きだけど)いつか父を語ってくれるかな~

アルゲリッチ 私こそ、音楽! (字幕版)

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  • 発売日: 2015/05/24
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曽利文彦監督「ピンポン」2654本目

まだARATAと呼ばれてた頃の井浦新と、18年前の窪塚洋介をはじめとする役者さんがみんな生き生きとしてます。マンガが原作だけど、旬の役者さんがたくさん出てて脚色がクドカンですから、舞台みたいな楽しみもあります。卓球ブームっていつからだっけ…。イトコが卓球用品会社に勤めていたので流行は気にしてたと思うけど、彼が勤め始めた頃はまだ決してブームではなかったはず。福原愛が注目され始めたのは、今や二児の母の彼女が4歳の頃、2000年より前だから、原作のマンガもこの映画も、ブームを作ったというより便乗したものだったのかな。

クドカンの関わった作品って、「感動した!一生胸に残る!」っていうのとは方向性が違うけど、「あー楽しかった!」というのも非常に大事。一生このまま、楽しくて涙が出るような作品を作り続けてほしいです。 

ピンポン

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瀬々敬久監督「ドキュメンタリー頭脳警察」2653本目

ミニシアターエイドで見られる作品の中から選んだうちの1作品が、これ。ずっと見たかったのにDVDはレンタルしてなくて、今まで見る機会がなかった作品です。

また若い頃の黒歴史を引きずり出してくるような映画を見てしまったのですが…初めて買ったCDが多分、PANTAのベストアルバムじゃないかな。中高の頃は中二なのか何なのか、日常にストレスを溜めていて、パンクとかこういう音楽とかを求めていた時代がありました。私は政治的に特に左ってわけでもないけど、まだ子どもだったから、イメージとしての革命をカッコよく思ってました。PANTAはそもそもソロ活動(当時多分日立マクセルのCMで「つれなのふりや」が流れたりしてた)が好きになったんだけど、日本的なリズム感と声が好きだし、歌詞が過激な一方で曲がメロディアスなのも良かったです。

ほとんど世に出ることがなかったはずの頭脳警察ファーストとセカンドのテープが大学の頃には誰かから回ってきてちゃんと持ってたし、卒業した頃に再結成したライブには盛り上がって行きました。音楽が生活の半分以上を占めてた。自分にそんな勇気やエネルギーがあったのは、今となってはピンとこないけど、それが若かったってことなんでしょうね。

このドキュメンタリーは監督が瀬々敬久ってのが、なんとなく「なるほど」感がある…頭脳警察も彼もイデオロギーで頭がいっぱいで、たまに周囲の人たちを置いてけぼりにする感じが似てる。(作品はともかく、そういう人たちって魅力を感じます)この映画も5時間もあるのですが、第一部はいわゆるバンドのドキュメンタリー、第二部は軍の看護婦だったPANTAの母の軌跡を追い、第三部は再結成ライブ。3枚組のボックスセットを1つの作品と呼んだ感じです。

映像の中でPANTAは始終、人のいいおじさん風に破顔するんだよな。なんか、悪役俳優の素顔、みたいな感じ。

なんと今年、ちょうど今、この作品に続く彼らの新しいドキュメンタリー映画が公開されているらしい。 ググったら町山智弘が宇多丸と少年のように熱く頭脳警察を語ってるのを見つけてしまった。なんだこの流れ(笑)。このとき結成40周年、今年は50周年といわれてみたら確かにそうだ。面白い巡りあわせだ。(私はこういう偶然によく恵まれると人に言われます)

文字通り中二の頃いちばん好きだった「ルイーズ」のライブが見られたのが嬉しかった。(試験管ベビーの名前なんですって。どこまでも社会派。) 

ドキュメンタリー 頭脳警察 [DVD]

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ロナルド・ニーム 監督「ポセイドン・アドベンチャー」2652本目

1972年の作品。タイトルは覚えてる。名作(と私は思っている)タワーリング・インフェルノ1974年より前だ。私はこの映画は潜水艦パニック映画だと思ってた。なんとなく、ポセイドンっていう名前からして豪華客船だとは思ってなかったんだな…。ということは、これは、名前を変えたタイタニックと言っても過言ではなさそうです。しかもこの日は大晦日。暗転の大きさはショッキングなほどです。

やさぐれ牧師のジーン・ハックマンが人間味をかもしだしていて、利益に走る船主とのやりとりが後に影響してくるのですが、直接の遭難の引き金になったのはクレタ島沖の海底地震ということで、自然災害です。

昨日見たポランスキー監督の「テナント」にも出てたシェリー・ウィンターズが、ここでも画面に安心感を与えます。浦部粂子的…。

こういう映画って設定からして緊張感強いし、サバイバルのためのあらゆる知恵と身体能力が問われるので、見ているほうは自然と引き込まれますね。

だけど、だ。船長を見てるだけでどうしても全てがギャグに思えるのは何故だ。それは演じてるのがレスリー・ニールセン(「フライング・ハイ」だの「裸の銃を持つ男」の)だからだ!どうなのこのキャスティング。…でもこれより前の芸歴を見ると、それほど典型的なコメディには出てなかったのかもしれません(「禁断の惑星」にも出てたのね!)でも彼の出番はわりと少ないので、後半はジーン・ハックマンを中心にシリアスなムードのまま進んでいきます。

それにしても生存者が少ない事故だな…。船内でここまで大冒険をすることは実際にはあまりなさそうな気もするけど。(船の構造はシンプルだと勝手に信じてる。間違って得るかも…)

公開当時は、こういう映画って怖くて見られなかったな…それがすっかり「ヘレディタリー」を見てもギャグだと言い放つ鉄の心を持つに至ったか、私は… 

ポセイドン・アドベンチャー (字幕版)

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  • 発売日: 2013/11/26
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山田洋次監督「男はつらいよ 寅次郎夕焼け小焼け」2651本目

録画して見てみた。冒頭のお遊び部分(寅次郎が見た夢、ってことになってるのか)はジョーズのパロディだそうです。

この映画は半分くらいまで、浮浪者のように見えた宇野重吉が中心に進んでいて、(ふーん、おっさんがマドンナだったこともあったのかー知らなかった―)とかとぼけたことを思っていたら、後半になってやっと大地喜和子が登場しました。とっても素直でストレートな可愛い人だなぁ。亡くなったときに彼女の知己の人たちが皆「本当に可愛い破天荒な人だった」と号泣してたのを思い出します。

宇野重吉の宴会に寺尾聡も出てるという親子共演。パパが演じた画伯は横山大観がモデルかな。ちょちょっと描いて7万円って、1976年の日本では大変な金額だったんでしょうね。

寅さんの映画って、金持ちで悪い奴と貧乏でいい奴がいて、寅さんは無学でおっちょこちょいだけどいつも義憤に燃える弱いものの見方として空回りするところが、「半沢直樹」と同じ…これが連綿と令和の世にも連なる日本人の性格なのかな…。 

 

 

アリ・アスター監督「ヘレディタリー/継承」2650本目

<ネタバレありあり>

気味が悪そうでずっと避けてたけど、だんだん「ギリギリ見られそうなもの」を見尽くしてきた感があって、とうとう手を出してしまいました。こわごわ。

「ナイブズ・アウト」で大きな芝居をする派手な女優さんだなーと思ったトニ・コレットは、むしろこれ系の映画にたくさん出てるみたいですね。ストレートで健康的な、ごく普通で元気なアメリカの奥さんって感じなところが、見る人の自然な共感をよびそうです。 もっとさかのぼると「シックス・センス」で坊やの母親の役をやってたんですね。その時の写真をググって見てみたら、さらに普通っぽい。今の彼女はめちゃくちゃジムに通ってダイエットして作り上げてるキャリア・ウーマンみたいなイメージだけど。

どんな人にも、健康に生きていたいという生理的な本能があるので、小さい子どもが突然残酷に命を奪われて路上で朽ちて行くっていうのは、何も知らずに見たら大衝撃です。この映画はその後も、なんだか怪しい、エクソシストとかローズマリーの赤ちゃんみたいな成り行きを見せていきますが、最高にトラウマになりそうなのは、悪魔さんたちだけがホッとしそうな、強烈にアンチクライストなハッピーエンディング。トラウマ映画はやっぱり、エンディングにインパクトがなければ…なんて、私も映画の見過ぎでちょっと常軌を逸してきているかもしれません…。むしろ、さっき見た「スケアリーストーリーズ」のほうが怖さでは勝っていて(私にとっては)、この映画みたいなのは工夫どころに注目しながら見てしまうのと、あまりに見づらく作ってある工作物って、不自然で作り物っぽく感じてしまうようになったからかもしれません。

この映画のポイントは、悪魔系の新しくもないテーマを扱ってるけど、昔の映画と違って祖母と母と子どもたちという普通っぽい人間ドラマがリアリティを持ちつつ、オカルトの恐怖より物理的な身体の危険や死体で恐怖をあおりつつ、最後は超不幸なのに「古き良き時代のフォークミュージック」を流す、ほのぼのとしたエンディングという新しすぎるギャグをかましてくれたところです。ホラー映画って全部コメディなんじゃないかなぁ。もしかして。

この調子で、こわごわと「ミッドサマー」も見てみるかな…。

ヘレディタリー 継承(字幕版)

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  • 発売日: 2019/04/10
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ロマン・ポランスキー監督「テナント 恐怖を借りた男」2649本目

ポランスキー作品にまだ見てないのって意外とあるな。楽しみ。

これは「「ローズマリーの赤ちゃん」のような心理的に追い詰める系のサスペンスかな。監督自身が主演してる映画って見るの久しぶりです。重体の前賃貸人を見舞う友人は、よく見るとイザベル・アジャーニだ。大きなメガネでヒッピー風。そして知り合ったばかりの二人が見に行く映画はブルース・リー。こんな映画見ながらよくいちゃつけるな…。しかしこれって「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」にブルース・リーが出てきたのとつながりますね。好きなんだなぁ、ポランスキー監督。

下宿の管理人のおばちゃん、見たことあると思ったら戦後の映画で何度か見た、ちょっとふくよかなシェリー・ウィンターズだ。

前賃貸人が窓から飛び降りた部屋っていわゆる「事故物件」だけど、その人が重体とはいえ生きていて、病院に見舞いにまで行くとリアルに生きている人なので、怖いって感じにはならない気がしますね。日本で作れば呪いの映画になりそうなところを、実際の危険はないけど精神的に追い詰められていくというふうに描くのがヨーロッパ風なんでしょうか。

ジャンルとしては「スリラー」という感じでした。ポランスキー監督って心理的に追い詰めてくる作品をよく撮るのに、いつも表情がなんだかおだやかでかえって怖いのですが、もしかしたら割合、「こうなったらどうしよう」となんとなく心配しているだけの意外とストレートな人なのかもしれない、とこの映画を見て初めて思いました。ストレートだからこそ、目に見えない恐怖を怖がりつつ憧れるような。

この映画はぜんぜん怖くないけど、割と面白かったです。

テナント/恐怖を借りた男 [DVD]

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  • 発売日: 2017/09/21
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