映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

濱口竜介 監督「親密さ」2662本目

これもまた、ミニシアターのクラウドファンディングの特典。

ここまで若い監督(または今メジャーになった監督の若い頃)の作品を見てきて、いまさらのように、ミニシアターをサポートするということは、これから世に出てくる新しい監督やさまざまなスタッフやキャストを応援することなんだなと思う。

この映画は、前半がメイキングで後半がそうやって作った作品、という体をとっています。「カメラを止めるな!」と逆の体裁ですね。(ちなみにこの作品はカメ止めと同じENBUゼミナールの制作)作ったのは舞台。異母兄妹妹が出てきて、妹と付き合っていて振られた男がいて、兄と一緒に詩のライブをやるトランスジェンダーがいて。誰かが誰かのことを好きだけど、ループになっていて双方向にならないのがこの監督の作品だ。この舞台でも誰も成就しない。長セリフも多いけど、なんとなくそれぞれの人たちの感情に説得力があって、ドロドロしすぎていなくて、面白い。ふーんと思って終わって不思議と何もあとに残らないけど、そんなもんでしょ人間って、という気もする。

監督は多分そう思ってるだろうし。

最後の最後、根暗な詩人が韓国で民間の傭兵になっていてやけに逞しく見えるのがおかしい。人って髪型と服装だけでこんなに変わるのか。

舞台を見終わってからもう一度メイキングの方を見る。やたらと戦争の話をしている。傭兵になるために渡航する人が何人もいる。監督は「日本は軍隊を持つべき」派なんだろうか?

前半の最後、演出の二人のカップルで、家に向かう道を歩きながら夜通しずっと徒然に話をするのが、なんかいい。やがて東の空が赤くなり始めて、まだ彼らは家にたどり着かずに話し続けている。私にも若い頃、好きな男の子と話し続けて夜が明けたことがあっただろうか。ケンカしたり怠けたくなったりする舞台づくりの部分も、生っぽくて面白いんだ。主役をやるはずの男の子が傭兵になるために降板してしまうんだけど。

いろいろ不思議なことはあったけど、なんか若いっていいね、痛さも含めて。音楽でも演劇でも映画でも、世に出たばかりの青い人たちにはなんかキレイなパワーがある。こういう映画を見る機会があってよかったです。

深田晃司監督「東京人間喜劇」2661本目

これもミニシアターのクラウドファンディング。3つに分かれていて最後に各エピソードが収束するという「トリコロール」青白赤みたいな構成になっていて、とても面白かったです。

深田監督の作品は、「よこがお」「淵に立つ」「ほとりの朔子」を見てる。時系列順に並べると、だんだん良くなってる、と思う。

この映画は、この企画に参加してる他の映画と同様、見慣れた役者さんがあまり出てないところが面白い。この役者さんならこういう役どころだろう、という予想がつかないところも、カメラが引き気味で「記録」みたいな感じがするところも、ミステリアスに感じられます(ブレア・ウィッチ・プロダクト効果?)。

(以下ネタバレ)

第一部は、初対面の人たちが「結婚ってどうよ」という会話で盛り上がっていたとき、そのうち一人は彼氏から別れの電話を受けていて、そのうち二人は不倫していたけど次に会うときまでに男のほうが別の若い子とつきあい始めて別れた。という話。第二部は、友人の結婚パーティに客を取られて全く人が来ない個展をやっている女性の話。第三部は、結婚したカップルの男のほうが事故で右腕を失ったけど、ないはずの右手の痛みに悩まされている。妙なタイミングで2人の大きな嘘が明るみになる。第一部の男女は刃傷沙汰。という総崩れのエンディングです。

こういう、人間の奥の部分をイジワルに描いた作品って、なんかイヤだけど面白いというか、見ごたえがあります。機会があったらぜひ見てみてほしいです。

クリス・サリバン監督「コンシューミング・スピリッツ」 2660本目

これも、ミニシアターのクラウドファンディングの返礼品。

1本だけ異質な、手書きアニメーションの英語作品です。

とても味のあるイラストで、色合いも独特。濁った彩色にところどころ蛍光色が混じる。登場人物の名前がグレイとバイオレットとブルー。若くて美しい人は一人も出てこなくて、みんなくたびれてちょっと年がいっている。バイオレットが独り言で言い訳をしながら尼僧を車ではねてしまったり、ブルーの父親がずっと失踪したままだったり、実写だったら相当暗澹とした映画になるところが、絵に味がありすぎるのでビジュアルにひたすら集中して見てしまう。で、筋が追えない。でも、見飽きない。

最後にアール・グレイ翁が身の上話をして、すべてがつながる。いろいろうまくいかない家族の愛のお話だったんだなぁ。

(以下ネタバレ)

バイオレットの口うるさい母は「また」毒キノコを食べて、とうとう死んでしまった。そこで彼女は父に連絡を取る。父とはラジオのガーデニング番組で聴取者からの電話を待っているアール・グレイだった。また、バイオレットがはねた尼僧は、子どもを育てられずにグレイ一家に里親に出したことがあり、そのときグレイは彼女と不倫関係におちいったことが離婚の原因だった。そういう因縁のある彼女を娘がはねたのを目撃したので、尼僧を引き取って家で手当てしていたのだった。バイオレットの母の葬儀で家を長く空けていた間に尼僧のケガが悪化して足を切断することになり、救急車を呼んだらグレイは警察へ。一方、昔グレイが預かっていた子どもはブルーだった。彼はバイオレットと同じ新聞社で記事を作っていたが、新聞配達人にされてしまっていた。病院から戻ってきた尼僧は、長い間会っていなかった彼の母で、二人はこれからは同居することになる。一方行方不明だった彼の父は、なんと博物館で鹿の皮を被ったミイラになって展示されていた。事情がよくわからなかったけど彼が鹿の皮を被って森にいた時に誤って撃たれて、そのまま風雨にさらされていた。ブルーは博物館で父親を見てその事情を理解する。ブルーとその母である尼僧を、一人になったバイオレットが訪ねるのを、グレイは窓の外から見ていた。

…把握しきれてない部分もあると思うけど、そういうお話でした。

 

「コンシューミング・スピリッツ」というのは、新聞記事の一部で、酒ばかり飲んでやることもない人たち…というくだりで出てくる「酒ばかり飲む」の部分でした。

これ実写で作ったらどんな感じだろう。どう作ってもこのアニメーションより良くなる気がしません。不思議でどこか暖かい世界観の秀作でした。「音楽」の7年よりずっと長い15年間をかけてこの作品を作ったとかで、次回作が見られるのはかなり先かもしれないけど、また見てみたいです。

 

濱口竜介監督「PASSION」2659本目

濱口監督は「ハッピーアワー」を見たのが初めてかな。5時間もある映画を劇場で見たなんて、私にしては根性がありました。あの映画にはびっくりした。素人みたいな人たちが演じるでもなく演じてるから、普段の生活の中みたいに、キスシーンを見てると照れる。惚れて晴れて、が生々しい。私はすごく高い評点を付けたのを覚えてます。

そういう監督の作品なので、有名な俳優があまり出てない卒業制作と聞いても期待は下がらない。むしろ見飽きかけてるいつもの人たちが出ない分、楽しみになります。

で、結果、これもまた面白かった。A子はB男が好き、B男はC子が好き、C子はD男が好き、D男はZ子が好き。愛のない結婚なのか、愛のないまま子どもが生まれるのか、でも愛ってなんだっけ。世の中の全てのものは偶然なのか。

とうてい何年も隠し事とかできなさそうな、のんびりゆったり流れるように暮らしてる男女が、ちょっと出来心で本音合戦を始める。この監督の作品って隠し事とゆるやかな暴露の映画なんだよな、いつも。いろんな秘密を持って生きているけど、こう刺激されたらこの人はどうなるのか、という興味で先を急いで見てしまう。この監督の映画が面白いのは、人間誰にでも何となく後ろ暗い部分があって、他人の後ろ暗い部分に惹かれる部分もあるからだろう。何もないような白いキレイな顔で暮らしていても、いつかは自分の中を覗き込んで本当のことを知る日がくる。

問題は、そこからなのだ。教師と研究者は結婚して、ろくでもないものどうし、わきまえて暮らして行けばいいんじゃないかなぁ。

真利子哲也監督「イエローキッド」2658本目

真利子監督はもともと短編映画などを作っていたらしいけど、その後東京芸大の大学院に入って、卒業制作としてこれを作ったそうです。今までに見たこの監督の作品を振り返ってみると、「宮本から君へ」は意外と好きだったけど、だいたいいつも私にはバイオレンスすぎるのと、監督の情感にあまり共感できないという印象がありました。

でも長編デビュー作のこれは、意外と面白かったです。アメコミの「イエローキッド」の作画が素晴らしくて、いつもの監督の血なまぐさいトーンがいい具合に明るく乾いてくる。主役の重力が、柳楽優弥や池松壮亮ほど巨大じゃない分、自分の日常生活の延長として見られる。

今になって、真利子監督が北野武監督に近く思えてきました。あまり意味のないバイオレンスと、私には共感しづらい詩情という2点が共通してます。共感はしないけど、説得力がある。無意味なバイオレンスを爆発させざるを得ない人間の側面を、ていねいに描写してる。私の「好きな監督」ではないけど、ぶれない軸があって作品はどんどん深みを増してるように感じられるので、新作も多分また見ると思います。

この作品もミニシアターエイドのクラウドファンディングのオマケで見たんだけど、これって今見ようと思っても見るのが難しそうだな。実はかなり前から「見たい映画」チェックを入れてたので、こういう形で見ることができて嬉しいです。

伊藤峻太監督「ユートピア」2657本目

ミニシアターのクラウドファンディングの返礼ライセンスのうち1本。

インディーズ映画だけど、全体的に本気度が高いです。ハメルンの笛吹きが実際に起こった事件で、失踪した子どもの一人が現代の東京に現れて女の子を巻き込んだ闘争が始まる、という設定もグッときます。夢の国から来た人たちの衣装も、部分的に使われてるCGも、とても質が高い。音楽もドラマチックで美しい。この映画のために新しい言語(なんとなくドイツ語かロシア語みたいな)を作り上げたという没頭ぶりもすごい。それを話しながら、素人の役者さんたちがこれほど集中してしっかり演技できてるってことは、よほど監督が良い場を作ってたんだろうなと想像できます。

なのにどうしてなんとなく失速しちゃうんだろう?それは、ずっと同じくらいの緊張が続いてしまって緩急が少ないこと、たとえば普通の女の子の日常を挟み込んだりしてないこととか。あと、言語がわからないことは魅力がすごくあるけど、映画としてはある程度のわかりやすさを確保してくれるほうが、私のようなアンポンタンにはありがたいのです。日本の映画なのにちょっと集中が途切れると意味がまったくわからなくなってしまう。

あと、見た目の造形は素晴らしいんだけど、登場人物の「性格設定」がわりと薄いかもしれない。形を全部同じにしてしまったら区別がつかなくなりそうな感じ。

もう一つ贅沢をいうと、ロケの場所があんまり何か所も取れなかったのかな、CG以外の部分は室内劇っぽくなった場面も多かった。

これ、日本語吹き替え版作ってくれないかな… オーバーアクションくらいの声優さんを使って。(わりと本気)

岩井澤健治 「音楽」2656本目

私はこういう映画が好きだし、こういう映画を作る人たちが好きだし、こういう映画が好きな人たちが好きだ。(こういう映画が嫌いな人の中にも、好きな人はたくさんいるけど)

楽器をやったことがある人は全員、こういう「全く弾けない状態で生の楽器を鳴らしてみたときの感動」を経験してるはず。

音楽というのはこういうものなのだ。「アマデウス」は天才を取り上げた映画だけど、ボンクラでも音痴でも古武術の曲なら演奏できる。そうなったら上手も下手もなくて、違いは熱量だけだ。下手なのにステージに上がらなきゃいけないなんて恥だ、と感じていた高校生の自分を叱ってやりたい。

フォークグループ古美術の森田が最初にやってた四畳半フォークは、3万枚のレコードライブラリーにしてあの音楽性か!と思ったけど、街角で彼らがティラノザウルス・レックスからT.REXに変貌した瞬間を見た。

アヤのボーカルが聞けなかったのがちょっと残念、古武術のあの曲?に合わせられるもんなら合わせてみてほしかった(笑)。

音楽もとても良いので、映画館で見られてよかったです。