映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

湯浅政明監督「MIND GAME」2797本目

アニメにはこれくらい荒唐無稽な作品がある。このような映像世界は実写では絶対に作れない。これから見るDVDを見繕っていたときになんとなく選んだ「夜は短し恋せよ乙女」の独特な作りが面白くて、これもその流れで。

ピノキオみたいにクジラに食われてしまってからおとぎ話のようになるんだけど、脱出するくだりから、もはや生き返りがどうのこうのを超えた、強いクスリでもやってんのかというようなイマジネーションの炸裂が続きます。苦手な人は苦手かもな。海に潜水艦がいるところまではともかく、なんで飛行機が海上にあったりビルが生えてたりするんだ。いやこれはまだクジラの中だったのか?…結局オチをつけないまま決められた時間が終わってしまう感じに映画は終わります。死ぬ前の走馬灯、みたいでもある。

楽しいだろうなぁ、これ作るの。見てるほうは、それぞれの画面や演出の”必然性”は全然わからないけど、わかるものよりわからないものの方が面白い。

手描きっぽいアニメもCGも、今田耕司や山口智充の実写も、横尾忠則のコラージュみたいに平等に並ぶ。声の出演、みなさんとても良かった。音楽もやたら力はいってると思ったら、Music On TVのバックアップか。(あったなぁそんなCSチャンネル)

DVDの映像特典も盛りだくさんでした。 

マインド・ゲーム [DVD]

マインド・ゲーム [DVD]

  • 発売日: 2004/12/22
  • メディア: DVD
 

 

 

ロイ・アンダーソン監督「愛おしき隣人」2796本目

苦手かも、と思ってるのに気づいたらまた借りてた。この人の映画は全部、中心になる人の顔色が白い。死人と生きてる人を描き分けようとしたと思ったこともあったけど、いつもそうなんだな。

短いコントみたいな場面がどんどん変わっていき、前の場面と関連があったりなかったり。ときどき「くすっ」と笑うこともある。これって…もしかしてEテレの「2355」(早起きの人が見る「0655」ではなく)とか「びじゅチューン」とかが好きなちょっと辺境的な人(失礼、ほめてます)が好む映画なのかな。最初から最後まで全部ギャグだと思って見ればいいのか。しかも、M-1を見るように面白さを評価するんじゃなく、なんとなくこの世界が好きかどうかだけでぼーっと見てればいいのか。

ロック少女がギタリスト(ほんとにギター上手い)と結婚した夢を見たと話す場面。まだウェディングドレスを着ている彼女、彼は部屋でギターを弾いている。その部屋の窓の外が動いている。走っている。これは電車の中か?それにしては天井が高い。…やがて駅に着くとプラットホームに入りきれないほどの人たちが二人の結婚を祝っている。…この映像を作るために、監督はたぶんとんでもないお金をかけたんだろうな。本当に部屋の形をした列車を走らせたかもしれない。

ふむ。なんとなくこの映像が見られたのは良かった。あと、お金かかってない感じのバーで店員がガラガラとベルを鳴らしてラストオーダーを知らせる場面。あんな寂しいバーに一人で飲みに行く人がいるなんて信じられない寂しさだけど、なんか頭に残る。

不思議な北欧の画家の絵を見に行ったみたいな気持ちになればいいのかな、ロイ・アンダーソン監督。 とうとつな「電気椅子」や戦闘機の群れ(これも本当に飛ばしたんだろうな、きっと)といった外部からの脅威のトラウマが強くあって、ふつーの映画が作れない人、みたいな感じ。幸せな場面は夢で、苛酷な場面は現実として語られる。慰めはバーが閉まっても「明日またおいで」だけか。

好きも嫌いもわかりきれないから、また見てしまいそうだな、この人の作品。

愛おしき隣人

愛おしき隣人

  • 発売日: 2016/03/02
  • メディア: Prime Video
 

 

ケー・エス・ラヴィクマール 監督「ムトゥ 踊るマハラジャ」2795本目

この映画たしかに見た記憶があるのに、感想書いてません。いつどうやって見たんだろう?TSUTAYAのレンタル履歴にもない…。まさか劇場に行ったのかな。これがおそらく初めて見たインド映画だと思うので、いきなり166分に劇場で挑戦するほど私に勇気があったとも思えないけど。

今見ると、めちゃくちゃ古臭いですね。最近はCG使い過ぎでうるさい映画が多いけど、タイトルのテロップも昭和のNHK番組みたいなイケてなさ。「大地のうた」とかの大昔のインド映画と最近の映画のあいだ、過渡期の作品という感じまでしてきます。これを2021年のお正月にNHKが放映する理由がわかりませんが、Amazonでも会員無料配信してるんですね。減価償却しきっていろんなスクリーンに放出されたってことかなー

ミーナさんの強烈な可愛さ、おなかのぷっくりした感じ…この映画を見たとき、インドではヒロインは美女だけどヒーローはかっこよくなくてもいいんだと思ったことを思い出します。荒唐無稽でうるさくて、長くてしつこいかもしれないけど、これは私が初めて見たインド映画で、その後自分で旅行したインドはだいたいこの映画のまんまだったなぁ、という、私にとってはけっこう大事な作品です。

「だますより、だまされるほうが罪深い」と賢者(となる前のムトゥの父)が言いますが、それもまた真だなぁ。誰もだまされなければ、騙して悪人となる人もいない。この賢者ってブッダみたいですね。ムトゥを演じた国民的スター、ラジニカーントもまたヒンズー教徒だそうですが、宗教が分かれていく前のヴェーダの時代のインド哲学なのかなー。

インド映画ってきれいに勧善懲悪で、見たあとスッキリするのが多いですよね。この泥臭さ、こどもにも初めて映画を見た人にも納得できる道徳観。いやーいいものを再び見せてもらいました!

 

ノア・バームバック 監督「マリッジ・ストーリー」2794本目

Netflixオリジナルだけど、これはKINENOTEに載ってるのね。日本でも受賞できるようにかしら…。

スカーレット・ヨハンソンとアダム・ドライバーの夫婦。お互いの長所を順番に上げていく冒頭で、二人の人となりが語られるけど、それは実は離婚の準備のために弁護士に言われてやっていたことだった。二人でNYで劇団をやっていたけど、妻はハリウッドに戻りたくなっている。彼女が紹介された弁護士がまた、ローラ・ダーンなんだな~。なんだかこの辺から歯車が狂ってきそうな予感(笑)。

これほどきちんと順序だてて離婚について描いた映画って、今までなかったのでは?つまり、離婚したくなるに至った事件に集中して描くので、離婚に至る頃には観客にもフラストレーションが共有されていて、その後の離婚プロセスは手続きに過ぎない、となっていました。この映画は最初から離婚プロセスだけをたどるので、初めて彼らを知った第三者である弁護士みたいにニュートラルに二人を見られるのです。

ローラ・ダーン弁護士に出会って始めて妻の長年のフラストレーションが噴出します。温厚だと語られていた夫だけど、劇団長ということは自我が強く自己主張を通す性格なわけで、あんなに強そうなブラック・ウィドウ、じゃない、スカーレット・ヨハンソン演じる妻でも彼に従属していたということがわかってきます。「おまけに彼は浮気した」

離婚の間に他人を入れると、苦しみを過小評価されるか、相手への憎しみを増大させるかのどっちかだなぁ。結局のところ自分たちの問題なのに。

好きになるような人を憎むだけになることってあるのかな。嫌いな部分も最初からあるのに。

別れたあとに、冒頭で使った「彼の好きなところ」のメモが出てきて、息子がなぜかそれを音読の練習に使っている。彼女が映画の脚本を書くようになって、二人のことを映画化しようとしたのかなと思ったけど、ただのメモだった。

結婚の対義語が離婚ではなくて、結婚してから離婚するまでの全部が結婚。(同じように生と死は対義語ではなくて、生が始まって死が訪れるまでが生なのだ)この映画の邦題は、昭和30年代なら「結婚物語」になっただろうしそれが正しいと思います。

甘ったるくすることも、どちらかの感情に加担することも、社会派っぽく突き放すこともなく、そういうもんだよね、という描き方をしたことがとても新しいし、良かったと思います。「それでもあなたと結婚してよかった」って邦画なら最後に(余計な)一言追加しそうだな。(要はそういうことだと思うけど)

 

 

 

離婚…ということを私も若い頃にしたことがあるけど、誰も間に立てずに二人で話して私が決めた。

サム・フェダー監督「トランスジェンダーとハリウッド 過去、現在そして」2793本目(KINENOTE未掲載)

LGBTのほかに今はアセクシュアルとかさらに増えてきているみたいですが、この映画で扱っているのは「どの性の人が好きか」ではなく、あくまでも、体と心の性別が不一致で、それを一致させようとした人たちのドキュメンタリー。

ハリウッド映画が長年、いかにトランスジェンダーの人々をキワモノ扱いしてきたか、いかに偏った見方を観客に押し付けてきたかを、俳優や映画業界に関わる現役当事者たちが語ります。彼ら彼女たちは非常に敏感に、自分に向けられる偏見や嘲笑を感じ取ってきました。

トランスジェンダーという理由で殺される役や、ホルモン剤で病気になる役、どっちにしても娼婦の役ばかりだといいます。

ハリウッド映画のアジア人も相当ひどいし、日本のバラエティでいじられるトランスジェンダーも外国人もひどいよね。

しかし性自認っていうのが私自身はあまり強くない、つまり、身体が女性で生まれたから女性の恰好をして生きて男性と付き合う、という役割を今生では果たしてる、くらいの意識しかないので、次に生まれ変わったら男かもな、と思ってる。自分はこうだ、と主張できるほどの特徴を持ってる人はすごい、と思ってる。働いてきた会社にはLGBTグループがあって、世界はどんな人たちにとっても生きやすくなりつつあると思ってた…けどトランプの時代が来てBrexitが実現してしまって、そうでもなかったことを思い知った。こういう映画が作られることで、また、いい人たちが知らなかったことが暴かれていくんだな。

トランスジェンダーの人がオリンピック競技に出るようになると競技を女別にする意味が薄れていって、生まれが女性の人たちが受賞する機会が少なくなるんだろうか。いろんな今の規範や社会制度を本格的に見直すことが出てくるんだろうな。トランスジェンダー同士の夫婦は今のシステムでも結婚できたりするし。

どんな人もやりたいように暮らすのがいいのだ。自分と違う人たちを攻撃するのだけしなければ、面白い豊かな世界になると思うんだけどな…。

 

ピエール=フランソワ・マルタン=ラヴァル 監督「ファヒム パリが見た奇跡」2792本目

フランスってどういう国なんだろう。シャルリ・エブドで知られた、風刺のきつすぎる国。でも難民認定を受ける人が0に限りなく近い日本より、ずっと受け入れているようです。この映画はなんといっても実話ですが、ちょっと不自然なほどに「みんないい人」に描いてる気もします。

内容は、バングラデシュからフランスへ来て難民申請中の父と子。息子はチェスの天才、と聞くと最近ならNetflixドラマ「クイーンズ・ギャンビット」を思い出す人も多いと思いますが、私はどっちも面白かった。(どっちを見てもチェスのことはさっぱり)どっちも、一芸は食いつなぎ、生き延びる糧になるんだなという切実な物語でした。

しかしあんまり書くことがないな…ジェラール・ドパルデューも怖かったのは最初だけだったなぁ。

アルマ・ハレル監督「ハニーボーイ」2791本目

冒頭のプロダクションIDのところに堂々とAmazon Studioの文字が。てことはAmazonプライムで見られるのかなと思って、帰ってから検索したら、引っかかりませんでした。まだ比較的新しいからかな?

この映画は子役時代からずっと第一線で活躍しているシャイア・ラブーフの自伝的脚本によるもの。彼ってすごく…怖いというか、中に何か強烈なものが隠れているような、緊張してしまう感じがあります。この映画を作って自分が父親(似てますねー)を演じることで先に進めるなら大賛成。

オチのない映画なのは、これが現在進行形だから良いと思うのだけど、不思議なのは、彼自身を演じた俳優がちっとも似てないところ。ルーカス・ヘッジスはこの間見た「Waves」で傷ついた妹と付き合う少年を演じた人ですね。「レディ・バード」ではシアーシャ・ローナンとちょっとだけ付き合うし、「マンチェスター・バイ・ザ・シー」でケイシー・アフレックが預かった気難しい少年でもありました。すごく出てますね!いい役者さんだけど、ちょっとタイプ違う気がする。うむ。

正直なところ私はこの映画の出来よりも、シャイア・ラブーフ自身が今後どんな役者さんになっていくかが楽しみで、ずっと見ていこうと思っています。

ハニーボーイ [DVD]

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  • 発売日: 2021/01/08
  • メディア: DVD