映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

ガイ・ハミルトン監督「クリスタル殺人事件」2812本目

そもそも「鏡は横にひび割れて」がどうして「クリスタル殺人事件」になったんだろう?

これは原作も読んで、映画も昔見てるはずだけど、「クリスティの犯人はだいたいわかるわ」とか言ったのに、犯人を忘れてた!(そのていどだ、私は)

<以下ネタに触れる部分あり>

親子がキーワードだとわかっていたけど、子どももその場にいるのかな、誰だっけと思ってました。原作はもう少しヒントがあったんじゃないかとも思うけど、映画はわざとミスリーディングな場面(甥っ子がまるで犯人みたいに撮られてるとか)を入れてる一方で、真相を導くヒントが少なかった気がします。

それでもなおミステリー映画は好きだ。私は、これ言うと安っぽくなりそうだけど、「土曜ワイド劇場」を見て育った世代だから…。ああもっとクリスティ原作の映画が見たい! 

クリスタル殺人事件 [DVD]

クリスタル殺人事件 [DVD]

  • 発売日: 2018/04/27
  • メディア: DVD
 

 

ラヴ・ディアス監督「立ち去った女」2811本目

この作品は3年前に、DVD化されてすぐ見たんだけど、Amazonプライムに出てたのでまた見てみました。3時間48分。

アルフォンソ・キュアロン「ROMA」が光でこっちが陰、と対比したくなりますね。両方コントラストの強い白黒で昔のルイス・ブニュエル監督作品みたいだし、主役は白人じゃなく市井の働く女性。どちらの主役の女性にも災難はふりかかってくるけど、周囲の人たちの優しさもある。

長い作品なんだけど、作為的じゃなくて、最近テレビでもちょっと流行っている、何もないところのライブ中継みたいな感じなので、そこにいて一緒に何もせずに過ごしている感じに馴染めれば大丈夫なんだと思う。だからむしろ映画館で緊張感を持って見るより、台所で作業しながら見るのがぴったりくる気がします。(緊張感が必要な場面もありますが)

再び見ても、じっくり、じーんと見ごたえのある作品です。Amazonプライム会員無料なので、ぜひ。 

立ち去った女(字幕版)

立ち去った女(字幕版)

  • 発売日: 2018/04/03
  • メディア: Prime Video
 

 

オーソン・ウェルズ監督「市民ケーン」2810本目

「マンク」を見たらこれも見たくなるでしょう。

まさかあんなに室内は暗くないだろうと思ってたら、記憶の数倍、暗かった。誰が誰だかわからない暗さ。まさに「マンク」ではそれを再現してたんですね。(しなくていいのに、見づらいから)これほど暗い画面は、「マンク」で頻出するほど「市民ケーン」では出てきません。最初の方だけ。

しかし、不動産王メディア王とか聞くと、罷免されかかってるどこかの大統領を連想してしまうけど、ケーンは暴動をあおったりしません。ぜんぜん上品に思えます。「マンク」を見る限り、モデルとなったオリジナルのメディア王もこの映画ほどセンセーショナルには思えません。

あと、この映画では、何人もの人が同時に喋ってかぶってる場面が非常に多い。リアルな場面ではしょっちゅう起こるのに映画ではみんな順番よく喋るのが違和感ありますが、この映画はリアルすぎるくらいで、字幕がなかったら誰の言うことを追っかければいいのか迷ってしまいそう。オーソン・ウェルズこれに関してはどういう意図だったんだろう。

モデルとなったウィリアム・ハーストは世界恐慌で1940年代には勢いを失ったそうだけど、1951年まで生きたので、1941年にこの映画が公開されたときは怒って当たり前だ。彼が築き上げたハースト・コーポレーションの「コスモポリタン」「エスクワイア」「ハーパーズ・バザール」 といったお高い感じの雑誌は今もお高い感じを保ってるし、なんかUSのコンビニで売ってる家庭用雑誌なんかも全部ここのじゃないか。子孫も栄えていて、この映画の公開が1955年くらいだったら、「面白いフィクションだね、モデルは誰だかわかるけど」という感覚で、この傑作はもっと正当に評価されたのでは?

本物よりケーンのほうが哀しくて愚かで魅力的だ。ギャツビーみたいな。ギャツビーと違って理解者や友人が一人もいないのも偉大な感じがする。「バラのつぼみ」の絵のついた子供用のソリは、倉庫に置き捨てられてたのかと思ってたけど、誰も気づかないまま焼き捨てられてたのね。とことん突き詰めますね、オーソン・ウェルズ。若い時代の偏執狂的なエネルギーが細部まで行き届いた映画を作らせたんだな。

やっぱり名作でした。うん。

市民ケーン(字幕版)

市民ケーン(字幕版)

  • メディア: Prime Video
 

 

三木孝浩 監督「ソラニン」2809本目

だいぶ前に見ようと思ってそのままになっていた作品。そうやっているうちに10年も経ってしまったのか。

「さよならくちびる」とか「BECK」とか、近いジャンルの作品ってちょくちょく見てるけど、そうかこの頃はバンド女子は宮崎あおいのイメージだったのか。高良健吾は「フィッシュストーリー」のバンドマン役が妙にはまってたし、桐谷健太は「BECK」でいちばんミュージシャンぽかったので、よいキャスティングなんじゃないか。(なんでサンボマスターがベースなのかw)

バンドマンの彼女、という職業?のようなもの。自分でもOLやったりしてるけど、どーもキャラの強い男の従属物っぽい気がしてモヤモヤします。でも練習だけしながらライブをやらない、バイト生活の男ってのも、そっちのほうが相当不安だろうな。

宮崎あおいって可愛くてふわっとした役を与えられることも多いけど、一番はまるのは「ユリイカ」とか「怒り」とかの、とてつもない重いものを背負わされてもみくちゃになっている演技だと思ってるので、この役は実はアリなほうかもしれない。

バンド小僧たち、バンド少女たちはその後いつどうやって、バンドやってないおじさんおばさんになっていくんだろう。私はどうやって働くおばさんになって、働かないおばさんになったんだろう。働かないおばさん、いつまで続けられるんだろう?ライブハウスに通ってたあの頃のみんなはどんな大人になったんだろう。若い頃はとりあえず辞めて、その後長く勤められる仕事を見つけたり、おとなしい主婦になったりするものかと思ってたけど、本当にみんな安定してるのかな。みんな生きてんのかな。

レコード会社のディレクターが井浦新、高良健吾の父が財津和夫っていうのは、とてもはまってました!

ソラニン

ソラニン

  • 発売日: 2013/11/26
  • メディア: Prime Video
 

 

デヴィッド・F・サンドバーグ 監督「シャザム!」2808本目

悪いぬいぐるみの「TED」みたいな完全コメディかと思ってたら、DCのけっこう本気のヒーローものでした。里子たちの家に来た男の子が突然の啓示を受けてスーパーヒーローになるとか、何の変哲もない少年が選ばれるという設定が今どきっぽいけど、ヒーローと悪役のキャラクター設定はかなりスタンダードです。

(あんなに愛想の悪い子がヒーローになったとたん、めちゃくちゃ明るくなるのがちょっと別人っぽい)

マーク・ストロングのワルっぷりは良いですね。手下の獣たちはけっこうコワイ。

なのに大事な変身の言葉「シャザーム!」は大声で言っちゃってるし、動画をネットにあげるわ、どこにでも出没するわ。隙だらけでスッカスカ。だけど敵もわりとスカスカなので大丈夫(笑)

最後、子どもたちがみんなスーパーヒーローになるのが楽しいですね。テストもなしで選ばれたビリーのことを考えれば、みんなだってヒーローになれるさ!(安易なw)

たくましくなったのを見たあとで、最初から見直すと、あーあの子があれか、ともう一度楽しめます。ペドロとユージーンは筋肉つきすぎじゃないか!?

結局、悪魔玉は捕獲、マーク・ストロングはただのおじいさんに戻り、一件落着。いかにも「つづく」というエンディング、続編が2022年に公開されるという情報もあるし。。。マーク・ストロングがどうパワーアップして復活するのか!?

往年のヒット曲がわかりやすくあちこちに使われてるのも楽しかったけど、エンディングにラモーンズの「I don't wanna grow up」を使うセンス、いいですね!(これ歌うときいつも、upのところで親指を下に向けてupと逆のジェスチャーをするのが可笑しかった、R.I.P.ジョーイ・ラモーン)

シャザム!(字幕版)

シャザム!(字幕版)

  • 発売日: 2019/07/24
  • メディア: Prime Video
 

 

ルネ・クレール監督「巴里の屋根の下」2807本目

ルネ・クレール監督の作品は、「自由を我等に」、自分のなかでジェラール・フィリップがブームだったときに「悪魔の美しさ」を見たのと、最近はアガサ・クリスティのブーム(これも自分だけ)で「そして誰もいなくなった」を見たので、これで4本目。どれもこじゃれていて、人間が中心にいる映画だけど、なぜだろう、登場人物たちをいまひとつ友達のように好きになれない。昔のアメリカやヨーロッパの映画ってもともと観客と登場人物の間に距離感を感じることが多いんだけど…この作品の中のポーラは惚れっぽいし、誰にでもしなだれかかるし、なんかちょっと崩れそうな(モラル的にも体の線とかも)いやらしさがあって、女性が共感するヒロインではないですね。むしろ、誰もが親しみを感じる好青年アルベールの「振り回されたい願望」を満たす峰不二子的な非現実的ファム・ファタールという気もします。第一彼女はルーマニアからパリに一人で出てきて何をしている。このくらいきれいな女性は当時のパリにも大勢いただろうし。監督は脚本も自分で書いてるので、これは彼の一つの世界の実現、なのだと思いますが。これが「詩的リアリズム」なのか?

この作品で一番印象に残るのは、冒頭から何度も歌われるテーマ曲ですかね。すごくパリっぽくてしゃれてます。流行歌を歌ってその楽譜を売る商売…詞と曲の著作権はもうあったし楽譜の複製権と上演権も1800年代には認められてたらしいけど、アルベールが売ってたのは正規品なのかなー、いやむしろ音楽著作権会社が歌って宣伝しながら楽譜を売る人を雇ってたのかな… 映画がやっとトーキーになったばかりで、1920年代の蓄音機は家が一軒買える値段だった(つまりピアノの方がずっと安い)という情報もあるので、庶民は楽譜を買って自分で歌ったり弾いたりしてたんだろうな。(話が本題からズレてる…)

ジョージ・シートン 監督「偽の売国奴」2806本目

恒例のタイトルチェックですが、邦題は見事に原題「The Counterfeit Traitor」の直訳。「裏切者」でもいいけど「偽の裏切者」より「売国奴」のほうがキツくてインパクトあります。

ジョージ・シートン監督の作品は、脚本を書いた「マルクス一番乗り」しか見たことがないのでほぼ初見です。うって変わって社会的な題材ですね!

この頃のウィリアム・ホールデンって、トム・ハンクスっぽく見えるときがあるな。こっちのほうが堅い役が向いてる雰囲気があるけど、どちらも市井の人という、普通さ、まじめさ、親しみやすさがあります。

スパイはもとより、詐欺師とかお笑いとかMCとかが勤まるような口の上手さってものが私にはまったくないので、こういう映画を見ると「すごいなぁ」と指をくわえて眺めるしかないのですが、007のようなきらびやかなフィクションと違ってこのエリック・エリクソンという本物のスパイにされた男の話は強烈にスリルと重みを感じさせられます。”地下組織”があんな状況のドイツのあちこちに存在したこともすごい。地下組織かっこよすぎる…しびれる…(しびれてる場合じゃない、生命と国家がかかってるんだから)

第二次大戦中の「中立国」がどういう位置づけだったのか全く知らなかったので、その不可侵で微妙な立ち位置が少しわかってよかった。エリック・エリクソンについての情報ってあんまりないけど、英語のWikipediaを見たら1983年まで生きたらしい。ナチスドイツだから彼の命がけの活躍で負けてよかったと思うけど、日本も一緒に負けたわけだし、もっといい国が負けて危ない国が勝つ状況だったらスパイって微妙だな。。。 

偽の売国奴(スペシャル・プライス) [DVD]

偽の売国奴(スペシャル・プライス) [DVD]

  • 発売日: 2020/11/20
  • メディア: DVD