映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

ジェフ・フォイヤージーク 監督「作家、本当のJ.T.リロイ」2935本目

気になってたけど見逃してた映画。U-Nextの見放題枠にあったので、さっそく見てみます。

これって、事実は小説より奇なりというか、自分が受けた虐待の経験を語るときに少年としてふるまうことが必要だった女性がいて、彼女が語った(多分かなり盛ってるけど)少年の作品が大いに売れたけど、彼女たちが少年を実体化してセレブのように振舞ったのがアウトだったんですね。

二重人格「解離性同一性障害」ではないとは言い切れないかもしれないけど、「ウソつき」ではあった。

このJ.T.リロイという少年の存在感や彼の世界って面白いですよね。セクシュアルでありながら誌的で。この少年が創造された経緯からみて、計画的じゃないのは明らかだし、身元を確認しないまま出版したり報道したりした人たちのほうも相当責められそうなものだ。「実は聞こえていたかもしれない佐村河内氏」の事件に似た部分もあります。偽物(義理の妹)が出張ってるあたり、かなり突っ込みどころが多いし‥‥。銀行振込じゃなくて小切手文化だから、印税を払っても身元はわからなかったのか。電話をしてても逆探知しなければわからない。海外のイベントに出てもパスポート確認もしなかった。本当は関係者みんな、怪しいけど面白いから(儲かるから)このままにしとこう、と思ってたんじゃないのかな。

昔の彼氏にイギリス人だって嘘をついたりして、元々すこし話を盛るというか嘘つき癖もあった感じもする。(そういう人って意外といるもんだ)やりすぎなければ、面白いフィクションの世界がもっと長続きしたかもしれないのにね。

ということで、私は反感より「もっとうまくやってほしかった」という感想ですかね。J.T.リロイ名義の本が日本語でも3冊発売されたようですが、廃刊になって今は古本がタダみたいな値段で売られてます。劇中劇の台本みたいで面白そうなのでいつか読んでみよう。

マスコミの言うことなんて、消費されるためのネタの中から、本当らしく思われるものを選び出したものだ。事実と嘘が混ざってる。人から口伝えで聞く話と同じ。

それにしても、世に出る前のドクターへの相談から、真実が暴かれて騙されたと思った人たちの電話まで、大変な量の「留守番電話」が残ってるのがすごい。ガス・ヴァン・サントは「大丈夫?」コートニー・ラヴが「最高じゃん、テレビ出て泣きなよ」、元スマッシング・パンプキンズのビリー・コーガンは同情的。

騙す人(虚言癖がある人や、人格がいくつかある人、悪気がない人も含めて)は、話を本当のように飾ってる。飾る人のほうを疑ったほうがいいんじゃないかな、あんまりいいことも悪いことも言わない人より。

作家、本当のJ.T.リロイ(字幕版)

作家、本当のJ.T.リロイ(字幕版)

  • 発売日: 2019/06/21
  • メディア: Prime Video
 

 

ミミ・レダー監督「ビリーブ 未来への大逆転」2934本目

原題は「On The Basis of Sex」、多分「性別を根拠として(~してはならない)」だろうな。「~」には「差別」が入りそう。邦題を考えた配給会社マーケティング担当者の苦労がしのばれますが(「ドリーム」のタイトルと同じセンスだよね)、女性に勇気を与えるハッピーエンドの映画であるとタイトルだけで示さない日本では見てもらえないのか、と思うと、「On The Basis of Sex」でも見てもらえるアメリカの観客のほうが意識高いというしかないよなぁ。

フェリシティ・ジョーンズは小柄で遠目にはか弱そうに見えるけど、強い意志を持った目が印象的で、はまり役です。アーミー・ハマーってイケメンで大男、これも彼女との対比上ぴったりなのだけど(彼ってエネルギー持て余してるような妙なオーラがあって、最近スキャンダルがあったけど、何かもう一つどでかいことに放出した方がいいような気がする)、それ以上に本物のMr.ギンズバーグは偉大な男だったんだなぁと思います。

それでも、こんな美談が実現するのが、(いろいろ問題はあるけど)自由の国アメリカなんだ。日本にはガラスの天井どころか50センチの厚さのチタンの天井がある。打ち破れるワンダーウーマンはゼロではないと思うけど、日本は地球上でもっとも女性進出が遅れている国の一つだから。。。正直、この映画を見ても「ルースさんカッコイイ、すごい」と思うだけで身近な例に当てはめて比較することさえできない。

おかしいなと言わざるをえないことは、これだけじゃないけどね。どうすればいいんだろうね…。 

ビリーブ 未来への大逆転(字幕版)

ビリーブ 未来への大逆転(字幕版)

  • 発売日: 2019/08/02
  • メディア: Prime Video
 

 

ルキノ・ヴィスコンティ監督「イノセント」2933本目

この作品は、なんでいつも正装してるんだろうというくらい、豪華なドレスだらけで男性はほぼ常時白の蝶ネクタイ。冒頭からおなかいっぱいになるくらいお金かかってます。

でも、ここで描かれているのは極めて普遍的なテーマなんですよね。タキシードを着ていようがいまいが、ドレスを着ていようがいまいが、男は浮気するし女も浮気する。浮気相手の子を宿すこともあれば、その子をどうするかでもめることもある。「家族の肖像」も老年期の孤独といえば普遍性があるけど、年齢を重ねている分、主役の教授は貴族社会への埋没度が高くて、彼の憂鬱はやっぱり貴族という出自と育ちによる部分が大きく感じられました。一方この作品は、日本の一流企業に勤める育ちのいい若者夫婦にあてはめても違和感がなさそう。

「イノセント」ってどういう意味で言ってるんでしょうね。無罪という意味なら、子どもを堕胎せずに産んで育てようとしたところまでは、夫も妻もイノセントだったけど(姦淫という罪はあるとして)、その後の夫は「ギルティ」だ、もしも裁判にかけられて無罪になったとしても。「本当は可愛くてたまらなかったけど、死産ならよかったと嘘を言った」という妻も、「あなたはどうせ行きながえるのよ」とプライドを煽っておいていう愛人も、法的には無罪だけど道義的には?…という、カギカッコつきの「無罪」っていう意味の「イノセント」なら、なんとなくわかるかも。

ルキノ・ヴィスコンティ監督「家族の肖像」2932本目

興味深い新作が次々と公開されるのをしり目に(お金ないし)今誰も見ないような微妙な作品を見続ける日々‥‥

この作品は冒頭クレジットにフェンディとかイヴ・サンローランとかの名前が次々に出て、もうそこからして貴族的(笑)。ヘルムート・バーガーの斜に構えた写真を使ったサムネイルを見てるだけで、爛熟してくずれおちそうな貴族社会を期待してしまいます。

主役がバート・ランカスターで言語は英語。自宅にいるときもスーツを着込んでネクタイまで締めている教授。彼の邸宅に、美しい人たちが押しかけてきます…図々しく住み着く夫人の娘を演じたクラウディア・マルサーニの若々しさはまぶしいし(この人ほかの映画には出なかったんだな)、ヘルムート・バーガーの美しさとナルシストぶりって、ビジュアル系バンドのボーカリストみたいだ。

クラウディア・カルディナーレもドミニク・サンダも出てる。教授の美術品のように、監督は「美」に囲まれていたかったのかなー。

教授の母(ドミニク・サンダ)や妻(クラウディア・カルディナーレ)の回想の場面は、わりと唐突に出現するんだけど、この感じ、”巨匠の晩年の作品”だなぁ。

若くて美しい3人が抱き合う場面、リエッタに「あなたと結婚したっていい」と言われて謙遜する場面。若い人たちはオープンな気持ち(のつもり)で彼を仲間のように扱いたがるけど、老人の目に彼らは宇宙人のように理解しがたい。だけどあまりに長く孤独に耐えてきた教授は、振り回してほしかったんだな。野生動物を飼うことに慣れていくみたいに。でもなにも成就せず、彼はすべてを悲劇的に失って前よりも孤独に沈む。という、ある自己憐憫の物語でもあります。

この貴族という人たちの甘美な(あるいは甘ったるい)世界って…。「自転車泥棒」の世界の人たちからみれば、ただただ唾棄すべき過去への妄執で、密告でも暗殺でもしてしまえと思うものなんだろうな。でもそのずぶずぶの耽美の世界が、なんとも美しくて切ない。前時代をそうやって生きてきた彼らはもうそこから、この屋敷から、出ていくことができない。教授自身が”中世の遺物博物館”としてのこの邸宅の一部なんだな。こんな映画を作れる貴族のリアリティを持った映画監督って、ヴィスコンティ監督が(最初かもしれないけど)最後の人だったんだろうなぁ。

家族の肖像

家族の肖像

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ジュリアン・テンプル監督「LONDON CALLING ザ・ライフ・オブ・ジョー・ストラマー」2931本目

私はピストルズとかダムドみたいな頭の悪そうなパンク・ロッカーが好きだったので、政治色の強いクラッシュは「へん!」だったのですが、フジロック第一回(1997年開催)を聴きに来日して、2日目が台風で中止になったら富士急ハイランドでジェットコースターに乗ってたという話(来てたのは事実)を聞いてちょっと好感を持った記憶があります。

それから5年後だったのか、亡くなったのは。長生きしそうなイメージだったのですごく驚きました。ああ、彼は伝説になってしまった。

でも昔はMTVもなかったしこんなドキュメンタリーを作る人もいなかったので、ロッキン・オンをまあまあちゃんと読んでても彼くらいメジャーなアーティストの生い立ちを知ることすらありませんでした。ほんと貴重、こういうドキュメンタリーって。(数珠つなぎ的にどんどん見ちゃってキリがないので、ある程度で止めて次に進もうとしてるんです、これでも)

外交官の息子でインテリで押し出しとカリスマ性が強くて。…私の嫌いなタイプなんだよな(笑) でも「I fought the law」とかバンドの練習のすきまによくやってたな(コード進行が簡単だから)(その後私が法務部に所属することになるとは、誰も知らない10代の頃のことである)

ジョー・ストラマーは…カリスマ性を持とうと思って生まれてきたわけじゃない。大したことを言ってなくても(あるいは、真理だけど他の人たとえばミック・ジョーンズが言っても誰も聞かなかったことを言っても)、観衆が狂喜してついてくるんだ。そして彼自身、彼のカリスマに取り込まれてしまう。自分の思想の芯が強いわけじゃなくてアンテナを張ってる方の人だから、壊れるときはあっという間。クラッシュが解散してもミックはBADをやれたけど、ジョーはさまようしかなかったんじゃないかな。自分を守る柱も壁も持てなかった。先天的な心臓の欠陥は、ほかの原因で亡くなるまで発見されなかったかもしれないし、ほかの致命的な欠陥もあったかもしれないけど、結局は決められた時間が終わったってことなんだろうと思います。

パンクの人じゃないみたいなドラマチックな人だった。

 

ジム・ジャームッシュ監督「ギミー・デンジャー」2930本目

イギー・ポップのストゥージズのドキュメンタリーだ、と思ってよく見たら監督がジム・ジャームッシュか!タイトルはもちろん、ローリング・ストーンズの「ギミー・シェルター」をもじってるんだろうな。

印象的だったのはイギーの青い目、いたずらっぽく率直な表情。この人は多分ものすごく正直な人なんだろうな、と好感をもってしまいました。

でも何より驚いたのは、初期メンバーのジェームズ・ウィリアムソンがバンドを辞めた後電子工学を学んでAMDやソニーに入って、Blu-rayの標準化を推進したとかIEEEの役員も務めた、後にストゥージズに戻ったという事実!!そんな人生…なんというか、私好みすぎる(笑)

小さい頃からものすごく名前を聞いてたのに、楽曲をちゃんと聞いたのは「トレインスポッティング」が初めてだし、その後も「ズのドキュメンタリーだ、と思ってよく見たら監督がジム・ジャームッシュか!タイトルはもちろん、ローリング・ストーンズの「ギミー・シェルター」をもじってるんだろうな。

印象的だったのはイギーの青い目、いたずらっぽく率直な表情。この人は多分ものすごく正直な人なんだろうな、と好感をもってしまいました。

でも何より驚いたのは、初期メンバーのジェームズ・ウィリアムソンがバンドを辞めた後電子工学を学んでAMDやソニーに入って、Blu-rayの標準化を推進したとかIEEEの役員も務めた、そしてその後にストゥージズに戻ったという事実!!そんな人生…なんというか、私好みすぎる(笑)こんな人と結婚したかった(本音)

小さい頃からものすごく名前を聞いてたのに、楽曲をちゃんと聞いたのは「トレインスポッティング」が初めてだし、その後も「Lust for Life」しか買わなかったのでストゥージズ時代の曲は相変わらず知らないんだけど(昔はYouTubeなかったからレコード買えるか友達から借りられる分しかアルバム聞けなかったんだよ)、いいミュージシャンだよなぁ(今さら)。

ギミー・デンジャー(字幕版)

ギミー・デンジャー(字幕版)

  • 発売日: 2018/03/28
  • メディア: Prime Video
 

 

トーマス・アルフレッドソン 監督「ぼくのエリ 200歳の少女」2929本目

バンパイアといえば最近「ポーの一族」づいてて、マンガを通しで読んだり宝塚の舞台のBlu-rayまで見たりしてますが、これもまたその一つ。プラチナブロンドの真っ白な子ども、雪のなかの水色の車…北欧らしい映像の世界。この子がバンパイアかと思ったらこっちは「ぼく」で、エリは目鼻立ちがはっきりした黒髪のエキゾチックな少女でした。

このバンパイアは、獲物に飛び掛かって血を絞りつくして殺すのが手順のようで、増殖はしないのかな…。と思ってたら、襲う途中で阻止された女性だけは変化を始めていました。猫たちがすごい勢いで興奮して嚙みついてきたところはびっくりしたけど、彼女はその後自分で自分の運命を決断します…。

 エリとその父親のような人がどこからどのようにやって来たのか、どこかに仲間がいるのか、といったことは何も語られないので、「ポーの一族」の1エピソードみたいな感じなんだけど、北欧特有の風景や、いじめられっ子の少年と孤独なエリの深い友情の描写が繊細な美しい映画でした。

ぼくのエリ 200歳の少女 (字幕版)