映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

ヴィム・ヴェンダース監督「時の翼にのって ファラウェイ・ソー・クロース!」2943本目

名作 「ベルリン・天使の詩」の”続編”があったんだ。感想を書いてる人たちの評価が軒並み低い。みんな、もっとしんみりしたかったのに、監督が笑いに振ってきたから?

地上に降りたダミエル(ブルーノ・ガンツ)は「フニクリフニクラ」など大声で楽しそうに歌いながら、ガニ股で自転車をこいでいく。娘がいて幸せそう。ピーター・フォークは神出鬼没な素描アーティストとなっている。カシエル天使(オットー・ザンダー)の横にいるラファエラ天使はナスターシャ・キンスキーだ。ドイツ語が母語なのか、そうか…。「パリ、テキサス」から10年もたってないけどすっかり大人の女性になってる。

ゴルバチョフやルー・リードも品よく出てきて、いい感じだったんだけど、カシエルがダミエル同様、地を這う人間どもの仲間へと降りてきてしまって、髪は乱れてるし道をうまく渡れないし、世界はカラフルで暑くてトラブルまみれだ。そうか、「天使の詩」では天使側の視点でモノクロの静かな世界だったけど、今度は人間サイドから描いてみたくなったんだな。

人間なのに天使っぽいウィレム・デフォー(若い)は実は悪魔だった。はめられた?留置所のカシエルにダミエルが会いに来る。お互い地に降りた者どうし。人間になるっていうのは、下世話だけどウキウキすることなんだろうな。赤ちゃんになって生まれ出るみたいに。モノクロって美しく見えるけど、肌のきめが粗く見えるカラーの世界は広々として暖かくてなんとなくちょっと嬉しい。

監督は、静謐で美しくて品格があって神が身近にいる天使の世界にばかり憧れずに、しょうもなくて報われなくて自由で生き生きとした人間の世界を、短い生の間くらい楽しめばいいのだ、と言っているような気がします。

ダミエルが愛する女性とあんなに幸せそうに暮らしていて、カシエルがここまで落ちるってのはまた極端ですが、もと天使だろうが何だろうが、下界というシチュエーションにおいてどう生き延びるかはその人次第だな。なんか、西に憧れて東から引っ越してきた人が見た夢と挫折の話みたいだな…。

だけど最後は仲間を助けて女の子を助けられてよかった。人間ってものを、生きるってことを戸惑いながら経験できてよかったねカシエル。

 

ジョン・ヒューストン監督「黄金」2942本目

<ネタバレあります>

ボギーって都会派の探偵とかじゃなかったの?金鉱堀りもやるんだ。

しかも、悪役の中でも心のひねこびた欲深く疑い深い男です。山へ入る前は、給料未払いのボスを襲ったときも、払われるはずだった金額だけを抜いてあとは戻す、律儀な男だったのに、黄金に目がくらんだのだ!原題「シエラ・マドレの財宝」より象徴的な邦題「黄金」のほうがいいですね。

ボギーって元々ちっとも良さがわからないのですが、ニヒルな二枚目よりこの汚れ役のほうが、人間って複雑だなーと感じられて、役者としてこっちの方が好きです。

とか偉そうなことを言ってる私は、最初から3人のうち誰が悪党なんだろうと疑って見てしまって、ボギーと同じような疑心暗鬼でした。パパ・ヒューストンまで「元締めだから俺が5割もらう」って言うかなとか、あの若いのが全部盗むんじゃないかとか。

それにしても、ここメキシコですよね。アメリカ人がほいほいやってきて勝手に金を掘って持っていくってひどくないですか…出稼ぎに来ないよう国境封鎖して、超えてくる人を撃つとか言ってた大統領がいたけど、まずこういう蛮行を謝れとか思います。。

それにしてもパパ・ヒューストン最高ですね。(スペイン語めっちゃうまいな)ボギーが裏切ったところでこの映画における善悪がはっきりして、その後は安心して見られました。。最後の大笑いときたら!

人の目をくらませる黄金やビットコインやFXは、ふたを開けてみたら砂のように手の間を流れ落ちてしまうものなのさ、生きててよかった…ってことで。

レミー・ベルヴォー/アンドレ・ボンゼル/ブノワ・ポールヴールド監督「ありふれた事件」 2941本目

万引きくらいのノリで殺人を繰り返す殺人犯の密着ドキュメンタリーを撮ろうと撮影クルーが常に同行している。殺人犯は常に普通に朗らかで、カメラに向かって偉そうにいつも自説をぶっている。これは1992年の作品だけど、今ならきっと殺人を投稿するYouTuberのお話になるんだろうな。マスコミが、とか、テレビが、とか言う人たちは、若い子はほとんどテレビなんて持たなくなった今も、刺激を求める側、つまり「私たち」がマスコミやYouTubeを求め続けて、生み出し続けてるってことにもう気づいたんだろうか。マスコミもYouTubeも諸悪の根源だけど、いろんな詐欺と同じように、今あるのを全部禁止しても雨後の筍のようにどんどん湧いてくるのだ。手っ取り早い楽しみや儲け話を求め続けるから。良い番組やコンテンツだけを自分のために選んでる人たちは、そんなふうにひとくくりにして「xxが悪い」みたいな言い方はしないよ。

「アイデア一発」ものとしてよくできていて、映画学校の卒業制作として若くて才気あふれる制作者たちが作ったと言われて納得です。主役を演じたブノワ・ポールブールドは「ココ・アヴァン・シャネル」ではココの愛人となる将校を演じてたらしい。(あとの二人はその後名前が出てこないなぁ)

この映画は、やられる側がちっとも怖がってないので、あんまり怖くないです。映画学校の子たちが楽しくてたまらないという顔をして撮ってるから。なんとなく、彼ら自身はミヒャエル・ハネケを理想としたのかなという気がするけど、彼の映画の骨の髄まで冷たくなるような恐ろしさは全然ないので、安心?して見られます。最後彼ら自身皆殺しで、勧善懲悪という世の中のルールも守られてるし…。

ありふれた事件 [DVD]

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市川崑監督「ビルマの竪琴(1956年)」2940本目

最近の戦争映画はおおげさな音楽を排して、現場音っぽい銃撃や息遣い、無音状態でむしろ観客の緊張感をうながすものが多いように思うのですが、この映画は始まってすぐ、美しい竪琴の奏でる音楽(手作りでこの美しい音はないけどな)が流れて、ふっと緊張がほどけます。

戦争も知らないし近代史に弱い私にとってミャンマーは旅行の候補地の一つとして夢見る場所なので、そこで縁もゆかりもない外国たちが陣地取りをして殺し合ったことがあって、その片方は日本だったなんていうおぞましいことは考えたくもないのですが、それが現実で、美しすぎる音色の竪琴はつまり「これはファンタジーの入口だよ」というサインなのでした。ファンタジーは絵本みたいなものだから、リアリティチェックをするんじゃなくて、こんな小説を書かずにいられなかった、こんな映画を作らずにいられなかった人たちの思いを読み取っていきたいと思います。「美談」じゃないよ、フィクションですよ。

オウムを肩に載せた水島僧はつまり、戦地で勝手に戦線を逃れた脱走兵。(敗戦が確定していたとはいえ)戦場で亡くなる人たちを救えなかったという思いを持ったことのある人の中には、現地で彼らを弔い続けることを夢見たい人もいたんだろう。だって、仏教国ではあるけど、勝手にやってきて戦って死んだ外国人たちを丁寧にとむらうことを現地の人たちに期待するなんて、図々しすぎる。

ほんとにこの映画は、見れば見るほど絵本だな。もともと子ども向けに、反戦思想の強い人が書いたものらしい。すべてが様式的で、わかりやすすぎる。そして若干、冗長。リアリティのなさは、著者が学生たちを戦地に送り出した立場、つまり戦地を見たことのない人だからかもしれません。感傷的でもあります。

原作の著者が、地に足の着いた自分が学生を送り出す小説を書いてくれていたら、そっちのほうが共感できたかも。そんなふうに思いました。

ビルマの竪琴 総集篇

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ハワード・ホークス監督「ヒズ・ガール・フライデー」2939本目

「フロント・ページ」が意外といまいちだったので、同じ原作の古いほうの映画を見なおしてみます。(原作は戯曲で、ヒルディは男)

ヒルディを演じてるロザリンド・ラッセル、綺麗でカッコよくて素敵。その上司を演じてるケーリー・グラントと並ぶと、うっとりするような美男美女です。覚える台詞の量、すごいな~~。長回しだし。

「フロント・ページ」とはまるで違うなぁ、ジャック・レモン&ウォルター・マッソーに対してロザリンド・ラッセル&ケーリー・グラントだもん。こっちはマリリン・モンローが出るようなロマンチック・コメディの世界、あっちは西部劇に近い。こっちはやり手の美男美女の破綻したロマンス、というところから始まるので、見どころというか面白みがまったく違います。上司が結婚の邪魔をするのは、仕事上のことだけではなく、彼女に対する未練と嫉妬と考えれば説得力も増します。上司がワナにかけようとするのは、彼女ではなくそのフィアンセ。

しかし!最初から最後までまくしたてられて、疲れた~~

休み休み見たほうがいいかも、若くない人は。

マイケル・パウエル監督「血を吸うカメラ」2938本目

殺人カメラマンが被写体に選んだ女優の赤い髪、細い体、お人形みたいな大きな目…やっぱり「赤い靴」の人でした。

この映画って”アイデア一発勝負”なんだけど、思い付きを現実に近づけるための作りこみがあまいところがあって、せっかくのしつらえにして全然「怖い映画」にはなってません。その一方、こういうギミックものにはつきもののユーモアもない。あくまでもシリアスです。…という弱点はあるにしろ、 カール・ベームの圧のある演技や当時の撮影スタジオやカメラの重厚な雰囲気で、独特の面白みのある映像が楽しめます。

この映画は犯罪者をあくまでも「小さい頃の虐待によって異常な性癖を持つに至ったけれど、本来はまともな人間」として描いているので、彼は愛する人には手を出さない。(この前に見た「コレクター」は、常に異常な犯人が愛する人だけを犯罪対象とするのと対照的)愛する女性の母親とのエピソードは要らなかったんじゃ?とも思ったけど、彼のなかの「まとも」vs「異常」の葛藤を描く上で必要だと監督が思ったんでしょうね。

最後じっくり引っ張るところも、なかなかしつこくて良いのですが、さらに、喉に突き立てたら息がもれて苦しいかもと思ったらちゃんと咳き込むところは芸が細かかったです。

それにしても犯人の小型カメラ、こんな昔にこんなコンパクトでカッコいい映像カメラがあったんですね。このカメラが主役といっても過言ではなかった、かも…。

血を吸うカメラ(字幕版)

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血を吸うカメラ(字幕版)

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ウィリアム・ワイラー監督「コレクター」2937本目

<ネタバレ、ありといえば、あり>

テレンス・スタンプって最近「ねじれた家」や「プリシラ」を見たばかりだけど、前に見た若い頃の「遥か群衆を離れて」のプレイボーイの軍曹のイメージも強くて(美形で悪い男)、最初から彼のワルっぷりをちょっと期待して見てみました。

悪いやつというより怖いやつ、いかれてるやつですね。でも純粋さも感じられて、清潔感がある。…それはまだ一人目に立ち向かっているときの彼だから。理想の女性を求めて、彼はこのあと二人目、三人目、と延々と誘拐を繰り返して、もう庭に埋める地面がなくなった頃にボロを出して捕まる頃には、すっかり鬼の形相になっていることでしょう。…などとその先を妄想してしまうくらい、はまり役だったと思います。

ウイリアム・ワイラーはどうしてこんな作品を撮ったんでしょうね。これ以外はすべてロマンチック、あるいは勇壮な、親子でも学校でも見られるような健全な作品みたいなのに。それに、これしか撮ってないのにずいぶんよくできた作品でした。テレンス・スタンプの、正常と異常のスレスレのところを縫うような演技も、誘拐されたサマンサ・エッガーのごく普通の女子大生っぽさも良かったです。