映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

ダリウス・マーダー監督「サウンド・オブ・メタル 聞こえるということ」2955本目

<ネタバレあり>

Amazonスタジオのオリジナル作品がアカデミー賞を受賞してしまった。

何も知らずに見始めて、ドラマーの主人公がレコード店で過ごしているときに、急に”音が遠ざかる”ような感じになってドキッとする。エレベーターや飛行機に乗ったときになったことがあるけど、ツバを飲み込むとすぐ治った。長くても数時間で治った。でもそれより、最近知り合いに何人か「突発性難聴」になったことがあると聞いていて、それがどんなに治りにくく深刻な症状か、想像して怖くなる。映画はそのまま、彼の耳に聞こえる音を流しながら続く。全然聞こえない。何か言っているということだけしかわからない。どきどきする。

手術には莫大なお金がかかるという。日本でもそうなのかな。で、わりとすぐに「ろう者サポートコミュニティ」に連れてこられる。ただちに動いた彼女、偉い。(「レディ・プレイヤー1」でアルテミスをやったオリヴィア・クックだ)でも本人はサポートコミュニティに一人で合宿に行くことを拒む。現状を受け入れることができない。

コミュニティに入っても、みんなが手話でおしゃべりをしているのを見てるだけで入っていけない。この疎外感。「ろう者」とひとくくりにしている人たちそれぞれが、どれほど違ってるか…トレーラーハウスに住んでうるさいロックバンドをやってた人は多分一人もいない。みんなバラバラだ。聞こえなくなって、そうしながら何が起こるかを、このエネルギーを持てあました若い男となって体験するのが、なかなか強烈。

子どもたちに遊んでもらいながら、やっと手話を覚えようとしはじめるんだな…。そして、みんなにバケツを使ってドラムを教え始める。多分まわりの人の中にも「だんだん聞こえなくなってここに来た」経験をしてる人がたくさんいて、彼の気持ちがよくわかる。 

聞こえない生活に慣れることも大切なのかもしれない。でも家ともいえるトレーラーを売ってまでインプラント手術をして、今までとは違う音を聞けるようになる。キンキンして頭が痛くなりそうな音。今までの生活が戻ってくることは、ない。

今までに誰も作ろうと思わなかったんだな、誰かが思いついてもかしくなかったのに。すごい映画だなぁ。

「聞こえるようになった、よかった、終わり」とはならないのだ。主演のリズ・アーメッド、アカデミー主演男優賞ノミネートもなるほどの熱演でした。

サウンド・オブ・メタル ~聞こえるということ~

サウンド・オブ・メタル ~聞こえるということ~

  • 発売日: 2020/12/04
  • メディア: Prime Video
 

 

ギャレット・ブラッドリー監督「タイム」2954本目(KINENOTE未掲載)

アマゾンオリジナル作品。

若くてばかだったときにやってしまった銀行強盗で60年の刑を受けた夫。60年ってほぼ「一生」だ。息子が定年を迎えてしまうほどの年月。妻は車で待っていて3年半ですんだ。白黒だとふしぎなくらい時間を感じない。本人たちが撮った映像とプロが撮った映像が切り替わったりしても、映像の質の違いも感じにくくなってる。なんといっても「本当」の人たちを撮った本当の映像の強さだな。

しかし、彼女の夫が置かれている状況がいまひとつ正確にわからない。夫が有罪判決を受けたとき、ジャスタスとフリーダムという双子を身ごもっていた。それより若い「末っ子のロバート」が18になるまでに…って言ってたけど、収監後にできた子?刑期は短くならないけど、ときどき仮釈放があるってことなんだろうか。Wikipediaには「6人の子供の母親」って書いてあって、2018年に釈放されたっぽいのでその後にまたできたのかな。頭の中が「???」ってなってる。

妻の強さ、…「私はひどいことをしてあなたを傷つけた、許してくれ」と親や周囲の協力者たちに謝らずに長年やってきたという指摘があった。彼女は常にあまりにも堂々としていて、日本だったら完全な冤罪でも擁護者は「すみません、ご迷惑おかけします」と謝りがちなのを思い出してしまう。つまり日本は差別されてこなかった「普通の人」でも、一度疑いをかけられたらそのことによって被差別者となって、もしかしたらこの映画の夫のほうよりひどい目に合ってきてるってことか。疑われてつかまる理由もわからず、どうやって逮捕や差別から逃れればいいんだろう。

 60年という冗談か嫌がらせとしか思えない長期の罰が存在するアメリカはどうかしてるし、そんな刑を受けるのは黒人だからというのもありそうなことだ。そんな刑罰は間違っている。でも日本のほうが、警察も司法も下っ端から上のほうまで、どこを責めればいいのかわからないくらい、もやもやと崩れている気がして、あらためてそっちの怖さを実感してちょっとイヤな気持ちになってしまいました。

タイム

タイム

  • 発売日: 2020/10/16
  • メディア: Prime Video
 

 

リー・ワネル監督「透明人間」2953本目

「透明人間」と「見えない人間」はちょっと違う。原題のほうが合ってる。だってクラゲは透明だけど見えるでしょ(←ヘリクツはいいから)

しかしこの映画、あまり怖くなかった。というか全然怖くなかった。ずっと前から「今度は光学迷彩の透明人間の映画が出る」と聞いてたけど、光学迷彩って均一な光があるところで決まった角度から見れば「見えなくなる」けど、電源要るし、暗闇では影になるし。。。だって視覚って光がないと発動しないから…(理系でもないのに根拠が気になって入り込めない)

けっこうみなさん「怖かった」って書いてるのになぜ私は怖がれなかったのか。うちの安物のテレビは画面がとっても暗くて、最初のほうは何がうごめいてるかもわからなかったからかな…うむむ。

透明人間 (字幕版)

透明人間 (字幕版)

  • 発売日: 2020/12/09
  • メディア: Prime Video
 

 

廣木隆一 監督「ここは退屈迎えに来て」2952本目

むかし、当時仲の良かった友達に原作を読めと言われて読んだ。なんで自分で面白いことを見つけに行かないで待ってるんだろう、異性とつきあう以外あんまり考えてないのってなんなんだろうと思って、共感できるポイントがひとつもない小説だった。その後、その友達から裏切られて縁が切れた。多分、もともと合わなかったのだ。家族持ちには家族持ちの、独り身には独り身の、苦悩も楽しみもあるのだ。私がもっと「素敵なだんな様とイケメンの息子たちがいて、養ってもらえてめちゃくちゃ広い家に住んでて、うらやましい~」って言ってればよかったのかな。いろんな人たちと仲良くしたいと思ってきたけど、どんなことにも限界はある。

この作品は、小説もだけど、わざわざ時系列と人物グループを分けたかいがないくらい、ストーリーに動きがないし人物の特徴も薄いな…。学校を卒業しても「スクールカースト」という架空のものさしにこだわるより、手に入った自由を満喫してほしいと思うのは、学生時代が遠くなりすぎたからかな…

ここは退屈迎えに来て

ここは退屈迎えに来て

  • 発売日: 2019/04/24
  • メディア: Prime Video
 

 

 

 

ベイリー・ウォルシュ 監督「スプリングスティーン&アイ」2951本目

これ実はずっと見たかったんだけど、レンタルにもVODにも一切出てこないので、とうとう買ってしまいました。(英語版だったわ)

ブルース・スプリングスティーンといえば「カセットテープ・ダイアリー」で懐かしく思い出した人も多いかも。この映画は2013年なので、時系列でいうとこっちがずっと古い。これは、「私とスプリングスティーン」という題目でファンがボスを語る動画を集めたもの(スプリングスティーンのライブ映像もある)なので、まさに「カセットテープダイアリー」…と思って、インド系のファンもいるかなと思ったら映りませんでした。

製作総指揮がリドリー・スコット。日本では1日だけしか上映されなかったらしく、その後レンタルもなく販売しかされてないので、見た人少ないだろう。

今見ると彼って、ヒュー・ジャックマンみたいだな。たくましくてイノセントな感じが。悩み、憧れ、愛し、絶望し、ひたすら汗水たらして働く青春の歌を歌い続けていて少しも嘘が感じられない。世界中のどの国にもいる、地に足の着いた男だ。彼は自分だ、彼の歌は自分の歌だ、と思う人たちに愛され続けてる。そういうファンたちの言葉が、なんとも繊細なんだ。なんということのない店や公的施設を3日間定点観測した「ドキュメント72時間」っていうドキュメンタリー番組をよく見るんだけど、いつも最後なんだか泣きそうになる。この作品も、ファンのひとりひとりの人生の一番感じやすい部分を見せてもらったようで泣きそうになってしまった。彼らがずっと、普通に、幸せに、いてくれますように。私もがんばる。

スプリングスティーン & アイ【DVD/日本語字幕付】
 

 

原田眞人 監督「検察側の罪人」2950本目

テレビドラマ的な映画が好きじゃないのでキムタクが出る映画は敬遠しがちだけど、「罪の声」を見た流れでもう1本アマプラいってみます。

二宮和也はともかく、吉高由里子もかつらっぽいボブで出てるなぁ。この役に市川実日子を使わずに吉高由里子をボブにするのがテレビ的。検察官がタワーマンションに住んでるとか、なんか陰で悪いことやってんじゃないかと他の映画なら疑いそうなところだけど、そんな設定になってるのもまたテレビ的。本当っぽさより、一般人が漠然と憧れる世界をかもしだそうとする。細部がなぁ…。

取調室で容疑者を激しく恫喝しつづける二宮検察官。最近「ガキの使い」みたいな、人をバカにして笑う番組が少なくなったけど、正義をたてにして悪そうな人を執拗にいじめるテレビドラマが気になる。立場の強い人が弱い人を威圧しちゃいけないって、教えてもらわなかったんだろうか。

ひとこと言いたい。「最上検事、黙って松倉を殺せば済んだだろうが」…検事ともあろう人がこれほど頭が弱いわけもないのになぁ。

これもまた原作者か監督の、テレビっていう架空の世界のひとつのファンタジーなんだろうけど、私、残虐場面が多い映画より、こういう誤った因果応報を促すかのような映画のほうが良くないと思うんだよなぁ…。

やっぱり見なきゃよかった。。

検察側の罪人

検察側の罪人

  • メディア: Prime Video
 

 

土井裕泰 監督「罪の声」2949本目

<ネタバレあります>

”連休直前、キネ旬ベストテン入りした日本映画を見まくる特集”でもやってるつもりか、私は。

この作品はパッと見、私が苦手なテレビドラマの映画化作品に見えるけど、なんかの記事ですごく面白そうだなと思ってました。

1984~85年の「グリコ森永事件」を「ギンガ萬堂事件」としたのか(違和感あるけどそのうち慣れるだろう)。意外と新しい。私もうその頃上京して大学に行ってるもんな。…てことはバブル景気真っ最中。株価操作と結びつけたのはなるほどです。「ロンドンでいくらでも偽名の口座を作れた」、今でいう電話詐欺みたいな、インテリやくざの考えそうな犯罪だ。犯罪に、子どもの頃とはいえ自分の声が使われたと知るショックは大きいだろうし、掴みは完璧ですね。

でも星野源はテレビのバラエティで自分の声が流れるのを聞かなかったんだろうか。彼の母が結婚した相手がたまたま、昔一緒に学生運動をした仲間っつうのは工夫がなさすぎないか。前半の緊迫感が、ロンドンに飛んだあたりでピークに達してから一気にふぁんふぁんと途切れてしまうなぁ。

新聞記者が、犯人の生き残りに向かって吐き出すように「あなたが子どもたちを殺した」というのは気持ちいいんだろうか。せめて「あなたたち」じゃないのかな。とっくに時効、逃げ続けた男の父親を殺したやつもとっくに死んでいる。少なくとも彼は子どもたちを助けようとしたんだけどね。海外に飛んでも学生運動時代を思うのは確かに「化石」だけど。当たりやすい相手に当たってスッキリするのは、教育的に間違ってるから、ほんとやめてほしい(←八つ当たりされやすいタイプ)

罪の声

罪の声

  • 発売日: 2021/04/23
  • メディア: Prime Video