映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

ベルナルド・ベルトルッチ監督「孤独な天使たち」2965本目

ベルトルッチ監督最後の作品。2013年。

感触は、巨匠の晩年の作品っていうより、ヨーロッパの気鋭の社会派新人監督の作品みたい。たった1週間のあいだに、目に見えるほど少年が成長するわけではないけど、「友だち」じゃない「きょうだい」との出会いで彼は「ひとり」ではなくなった。ひとりではないことを知った。

姉が口ずさむのは、デヴィッドボウイの「スペース・オディティ」のイタリア語の全然違う歌詞がついてるバージョン。 最後に流れるのはオリジナルの英語版。とてもいいんだけど、その一方、彼らはあまりにも不安定で、見ているこっちまで不安になるくらい危なっかしい。「ドリーマーズ」の少年少女たちと同じような世界だ。

晩年になると少年時代を描いた作品へと向かう監督っているよね、どういう気持ちなんだろうな…。

孤独な天使たち (字幕版)

孤独な天使たち (字幕版)

  • 発売日: 2017/08/04
  • メディア: Prime Video
 

 

豊島圭介 監督「三島由紀夫VS東大全共闘 50年目の真実」2964本目

公開当時にこれを見た友人から強く勧められてたんだけど、劇場に足を運ぶほどの興味はなく、もっぱら彼の小説を読みながらレンタルに降りてくるのを待っていました。

三島由紀夫の書いたものはとにかく面白い。小心と大胆、ストイックさと強い欲望、矛盾だらけの人格のなかで知性が勝つ、すごく純粋で傲岸不遜な作家。

しかし私にはこの議論が、趣味でやっている実体のない言葉遊びのように感じられてしまう。何かに熱くなれるのは若者の最大の特権だと思うし、熱くなってる彼らは美しい。でも議論のための議論を展開するこの人たちが、(自然って言葉を多用してるのにもかかわらず)自分がどう感じるか、美しさや快適さや明るさとかを無視して純粋理論ってものが存在するかのように行う議論って、無為な時間に思えてしまう。この人たちはなんで、相手を論破したいんだったら、生活とか政治とかを数字とかの事実をふまえて話さないんだろう?政治のことを話してるんだと思ってたけど、哲学だったのかな。三島は「なんとなく左翼になってる秀才たち」に、そうじゃないでしょって諭しに行ったってことかな。考えれば考えるほど理解しづらくて、なぜ彼らがこんな議論に入り込んじゃったのかが気になってくる。

映画全体は、すでに知らない人はいない人気実力作家だった三島が学生たちに行った説話の語り口のやわらかさに注目して、彼への尊敬感情を促すトーンだけど、身分や階級やスクールカーストが理解できない私には、アニキぶって尊敬されたかったんだな、という目で見ることしかできない。むしろもっと批判的な目線でまとめてくれたらよかったのに。どんなに批判しようと、彼は紛れもない天才作家だったし、あと半年でも1年でも生きて「豊饒の海」を完全な形で上梓できていたら、ノーベル文学賞を取ったのは彼だったと思うから。

三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実

三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実

  • 発売日: 2021/02/26
  • メディア: Prime Video
 

 

ベルナルド・ベルトルッチ監督「暗殺のオペラ」2963本目

<映画も原作もネタバレ>

思うところあって見終わったあとすぐに原作のボルヘス「伝奇集」を借りて読んでみた。びっくり。原作はわずか5ページの「裏切り者と英雄のテーマ」という短編。しかもボルヘスが「こんな物語を思いついた」と書いたところでもう最初のページは終わりで、内容は実質4ページだけ。KINENOTEに書いてあるあらすじ並みに短い。舞台はなんとアイルランドで主役の名前はライアン・キルバトリック、劇場で暗殺された彼の祖父の名はファーガス。(ボルヘスは小さい頃から英語とスペイン語で読書三昧だったらしい)その中で、ユリウス・カエサルも死の予告を受けていた、なんて話が出てくるあたり、これはボルヘスじゃなくて同じ南米といってもコロンビアのガルシア・マルケスの「予告された殺人の記録」のあらすじみたいだ。

祖父ファーガス自身の裏切りがあからさまになったが、そのまま処刑すると英雄の堕落が知られることで人民の士気が下がるので、暗殺に見せかけることにした、ということだけが共通の経緯。

暗殺の経緯はシェークスピアの「マクベス」や「ジュリアス・シーザー」から剽窃した、という。祖父の暗殺の経緯を明かす孫ライアンもまた、自分は物語の中にいると思う。…という4ページの「あらすじ」。

イタリアのベルトリッチ監督が、アルゼンチン人で”マジック・リアリズム”の大家ボルヘスが書いた、アイルランドが舞台のシェークスピアをモチーフにした短編を、イタリアを舞台に映画化した、ってことでした。…なんで?

ベルトリッチだし、どっしりと実在感のあるアリダ・ヴァリが出てるので、ふわふわしたマジック・リアリズムが重たい歴史ドラマの色合いを帯びてくる。だから結末で急にけむに巻かれて「あれ?」という気持ちになる。ベルトリッチ監督は多分すごくロマンチストなので、最後は風の中、みたいな物語にロマンを感じたんだと思うけど、かなりの翻案になったなぁ。

暗殺のオペラ (字幕版)

暗殺のオペラ (字幕版)

  • 発売日: 2020/01/07
  • メディア: Prime Video
 
 

 

ウェス・アンダーソン監督「ライフ・アクアティック」2962本目

なんで音楽がデヴィッド・ボウイなんだ?「ジギー・スターダスト」とか、およそ海の生活との縁が何一つなさそうなんだけど…。音楽担当はこれもDEVOのマーク・マザーズボウだ。(「レベル・レベル」のボサノバ風、なんかとても良い)最後のクレジットの長い楽曲リストを見ると、ボウイ以外にもDEVOとかいろんなアーティストの楽曲が使われてますね。

オーウェン・ウィルソンは「ミッドナイト・イン・パリ」の印象が一番強いし、ウディ・アレンの映画に複数出ているといっても、ウェス・アンダーソンの映画の方がだいぶ出てるようだ。

ウェス・アンダーソン監督の映画はどれも、木でできた人形たちが演じてるような無表情っぽさが前面にあるんだけど、その実、すごくエモーショナルで温かいものが根底にある。すごく語弊があると思うけど、自閉症の子の心の中を知ってその感受性の豊かさに驚いたとき、みたいな気持ち。すごく独特で少しとっつきにくいんだけど、それが「気取り」ではなくて本人の独特な感性なんだと気付いてからは、なんか味方したくなるし、これからも彼の映画を見続けようと思う。宇宙人めいたデヴィッド・ボウイもDEVOのマークも似た感じがある気がする。DEVOを聞いてた中学生の頃の自分も。(成長して世間ずれしたと思ってるけど、今の自分もそうかもしれない)

それにしても、常時トップレスの若い女性隊員についてのツッコミがないままだったと思うんだけど、あれは一体?

ライフ・アクアティック [DVD]

ライフ・アクアティック [DVD]

  • 発売日: 2007/09/19
  • メディア: DVD
 

 

ジャスティン・リン 監督「ワイルド・スピードX3 TOKYO DRIFT」2961本目

友達から、東京走りまくってて面白いよと聞いて、見てみることにした。

みんなエネルギーあるなぁ…頭悪そうなオープニングだけど、この有り余る血気がうらやましい。MadMaxを思い出してオーストラリア映画化と思った、とか言うとオーストラリアに失礼かしら。ごめん。

シリーズ内で同じ人がずっと主役ってわけじゃないんだな。アメリカの「もうこの町には住めない」って、いきなり東京かい!どうもこの作品がシリーズ内で一番人が入らなかったらしい。そしてハリウッドは人口の多い中国語圏へ舵を切るのだ。

焼きそばを口から垂らした老婆、詰襟の学生服、日本語しか喋らない柴田理恵。やたら手が込んだバイキング形式 のカフェテリア。私珍妙なものって何でも好きだけど、珍妙な日本文化が出てくる映画は特に好きです。意味もなく登場する「異常なイケメン男」妻夫木君もよい。

携帯が古い、北川景子も若い。日本に存在しないかんじのパーティギャルズとかも、もう明るくて元気だからいいと思います。サニー千葉も健在!

とにかく走って煽り合って競争する。コロナ禍のステイホームな連休には、ぴったりの作品なんじゃないかと思いました。

ワイルド・スピードX3 TOKYO DRIFT (字幕版)

ワイルド・スピードX3 TOKYO DRIFT (字幕版)

  • 発売日: 2013/11/26
  • メディア: Prime Video
 

 

ジェームズ・アイヴォリー監督「モーリス」2960本目

今日のE.M.フォースター特集、最後の作品。原作は、作者の死後に出版された禁断の小説です。

といっても愛に目覚めた相手と共に生きようとするのか、それとも世間的に自分にふさわしい相手を受け入れるか?という命題は共通してるようにも思えます。相手の奔放さに恋をして、自分の中の隠れていた部分が現れてしまったときに、一生それを隠していくのかどうか。この作品では二人の結末が分かれます。

改めて思うのは、英文学とか純文学とかいうと何か高尚なもののようだけど、結局のところ惚れたはれた、なんだな。それが人間だから普遍性が生じる。マンガやアニメと同じで、いいものも悪いものもある。世界中の難しそうな小説をもっと読んでみようかなと思えるのは、文字よりわかりやすい映像の力もあるんだろうな。

演じた人たちについていうと、「ハワーズ・エンド」ではウィルコックス家の資本主義者の「兄」をやってたジェームズ・ウィルビーはヒュー・グラントに思いを拒まれて、「眺めのいい部屋」でヒロインの弟だったフレディ青年の愛を受け入れると。(入り組んでいる)

マーチャント氏がもう映画を作れないのは残念だけど、ジェームズ・アイヴォリー翁が今も「君の名前で僕を呼んで」のような素晴らしく美麗な映画を作り続けていることが嬉しくなります。さらに次の作品も見られたらいいな…。

 

ジェームズ・アイヴォリー監督「眺めのいい部屋」2959本目

流れでこれも再見。

これを見たころはまだ旅行らしい旅行をしたこともなかったので、ホテルの部屋の眺望が悪いと文句を言うなんて、ワガママというより贅沢だなぁと思ったものでした。

可憐なルーシー(ヘレナ・ボナム・カーター)に同行しているシャーロット叔母はマギー・スミス、ディナーのテーブルには作家ジュディ・デンチもいる(若い!)。ジョージ・エマソン(ジュリアン・サンズ)の父親はデンホルム・エリオット。フィレンツェのホテルに集うイギリス人たち、これはツアーなのか、それともイギリス系のホテル?

街中の激しいケンカに遭遇して卒倒するルーシー。良家の娘が卒倒するという場面が、20世紀以降の小説にはもう出てこない(と思う)けど、19世紀に書かれたこの小説では卒倒する彼女が弱弱しく上品な淑女として好意的に(騎士道的に)描かれているのではなくて、自立したい女性の失態とされる(少なくとも本人は思っている)。「インドへの道」でアデラがセクシュアルなエローラ遺跡で動転するのも、その後の失敗につながる。彼女たちは「か弱い貴婦人」から「たくましい現代女性」への移行途上にいて、時代を先取りし損ねてひどく傷つくことになる。(…作品横断的にヒロインの造形について語りたくなったりするあたり、英文学科で卒論を書いたやつって感じでイヤですね!スミマセン)

ダニエル・デイ・ルイスはお堅いお堅い男の役が、またうまい。婚約後にルーシーからキスされて真っ赤になるとか…感情を完全にコントロールできるのか。悲しくて泣く演技はみんなやってるから、赤くなるのも不思議じゃないけど。

マーチャント/アイヴォリーがE.M.フォースターを何本も映画化した一方、トマス・ハーディ(4年ゼミで専攻したので対照のために引き合いに出してみる)を扱わなかったのは、フォースターがゲイだった(マーチャント&アイヴォリーはパートナーだったらしい)けどハーディはストレートだったっぽいこと、フォースターは作品がロマンチックな一方ハーディは絶望的なのも多いこと、とかかなと考えたりする。 「テス」を映画化するのはヨーロッパの負の側面を見てきたポランスキーなんだよなぁ。

それにつけても、英国美術の粋を集めたゴシップ小説のような、よくできた作品でした。

眺めのいい部屋 HDニューマスター版 [DVD]

眺めのいい部屋 HDニューマスター版 [DVD]

  • 発売日: 2015/04/28
  • メディア: DVD