映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

マシュー・ミーレー 監督「カーライル ニューヨークが恋したホテル」3070本目

こういう映画って、あまり旅をしないとか、ホテルに興味がない人が見てもつまらないのかも。幅広くどんな観客も楽しませるために作る映画とは違う。

私はこの映画は、デザイナーや画家のドキュメンタリーと同じジャンルのものとして見て喜んでるのだ。一生泊まれないし、足を踏み入れることもホテルの前を通ることもなかったとしても。美しいものが好きだし、たぶん世界じゅうのどこに行っても、快適なだけの家も嫌なことがない職場も、愛憎の憎のほうがゼロという家族も存在しないから、がんばって貯めたお金でうっとりする気分を味わうために出かけると想像するのだ。

今は特にそう。嫌なことがたくさんあった仕事を辞めて、時間だけはいくらでもあるし、まだ貯金もあるけど、どこにも出かけられなくて、何が食べたい、どこへ行きたいっていう気持ちも退化してきちゃっている。このままでは”コロナうつ”だ…マリトッツォ食べても気分がもう上がらない。困った。…そんな私にこそ、こういう映画を見てうっとりするのが必要。

おかげでうっとりしてきたぞ。世界一周を夢みて貯めに貯めたマイルで、ニューヨークには飛べないけど、国内の超高級ホテルに一泊だけしてこようかな、と思う。着ていく服は大して変わらないけど、いつもより少しちゃんとまつげをカールして、髪もきれいにストレートに伸ばして。

バリバリ(注・私なりに)働いてたときの旅行はいつも、なるべくコストを安くあげて、ドミトリーやカプセルホテルも使ってたけど、お金が入ってこなくなったときの方がこういう快適を欲するようになるのかな。以前の自分は尊大に見えたのかもしれない。立場が変わっていろんなことに気づくのは、ありがたいことだ。

素敵に笑っていられるおばあちゃんになるために。周囲の人たちを暖かく包み込めるような。まず自分を楽しませてあげなくちゃね…。

 

平山秀幸 監督「愛を乞うひと」3069本目

ネタバレあり。

意外といい映画だった。今でいう「毒親」の映画だとか、子どもの虐待の場面が執拗に続くと書いてあったのでちょっと心配だったけど。毒親ファーストジェネレーションは生き延びていて、セカンドジェネレーションはもっとマイルドで、サードジェネレーションはあけすけで健全。セカンドジェネレーションはサードジェネレーションに救われるのでした。作り話っぽくなりすぎず、ぎりぎりの落としどころって感じ。

原田美枝子ってデビュー当時は野生児みたいだったのが、この頃は情緒豊かな上品派みたいになっていて、毒親の演技もリアルだし、ほんと良い女優だなぁ。

愛を乞うひと

愛を乞うひと

  • 原田美枝子
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細田守監督「サマーウォーズ」3068本目

なぜか見ないままきてました。先日映像業界の人たちとおしゃべりしたとき、「細田守はこの作品がピークだった」で盛り上がってたので、さっそくVODで見てみます。やっと夏らしくなってきたし。

結論。すごく面白かった。人物たちもOZの世界も、なんだかウキウキゾクゾクするものがあって、すごい高揚感がつづく作品でした。べらぼうに壮大な世界なのになぜ花札で勝負するのか全然わからないけど、こういう”なんじゃこれ感”って、面白い世界にはつきものです。

主人公の、数学の天才だけどそれ以外はからっきしっていうキャラクターも(「フィッシュストーリー」にもあったな)、彼が憧れる先輩もエヴァのアスカみたいに元気過ぎないあたり、リアリティあります。舞台がむだに田舎ってのもなんかよくて、大勢の親戚やおばあちゃんの温かさの中で、帰省したみたいにくつろいでしまう。

OZって村上隆のアートみたいにカラフルでにぎやかで薄っぺらい感じで良い。敵がUS国防総省のAIってのも良い。ノリはなんか、ドラえもんの映画化作品みたいな感じだな。 

もと少年たちが目を輝かせて語り続けるわけだ。見て良かった。

サマーウォーズ

サマーウォーズ

  • 神木隆之介
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森達也監督「A2完全版」3067本目

「A」に続いて2001年に公開された「A2」に、さらに編集を加えて2015年に公開された作品。(続けて見ると、ますます重いな…)

今度は上祐氏が出所してきたり、信者たちの居所があらゆるアンチの人たちに取り囲まれて反対運動の標的となります。…森監督は冷静に事実を観察する、と思っているけど、マイケル・ムーア作品を見てるときみたいな、「あれ、ずっと思い込んでたことはマスコミの刷り込みだったのか?」という気がしてくるのが、なんかむずむずする。つまり取り囲まれている彼らが無邪気な生き物みたいに思えてくるし、取り囲む警官や監視団と中の人たちは、楽し気に談笑してるじゃないか。監督の意図は、「オウムは悪くない」というのではなく、罪を憎んで人を憎まずというか、罪悪を成さなかった信者まで袋叩きにすることが本当に正義なのか?ということであって、彼らの味方をするってわけじゃないと思うけど、同じ人間として接してもらうと彼らも素直に笑うのだ。

彼らの信仰は、実践するかどうかは別だけど、教祖は絶対なんだって。あのような教祖、あのような窮鼠猫噛むような状況で悪へ走ってしまう教祖が現れなければ、無邪気な笑顔を保てるんだろうか。難しい。じつに難しい。複雑な顔でそんなことを言っていた反対派のおじさんと同じ顔になってしまう。

とまじめなことを言いつつ、思い出したのは、辺境探検の高野秀行がミャンマー国境のアヘン栽培地で現地の人と仲良くなって中毒になった話だった…。

 

森達也監督「A」3066本目

U-NEXTに入ってたので見てみます。いつか見ようと思ってたやつ。1995~1996年の映像らしいんだけど、元気だったころの教祖や見覚えのある人たちの姿を見るのってちょっと怖い。選挙活動をしてたときのこととか思い出してしまうなぁ。

今ってヨガスタジオに行くと、一時期タブーみたいになってた「オウム」の真言を唱えてるんですよ。もともと昔のインドの「音」なのが、真理教の影響でその後しばらく口にできなくなってた。それが戻ってきてる。事件は2000年より前だから、若い人たちは実感をもってあの一連の事件を覚えてないのだ。(私なんかも、当時のことをよく覚えてるのに、インドの人がアメリカで始めた瞑想なんかやってみたりしている)(もちろん何の宗教とも関係ない)

森達也って面白いのが、取材対象に自分で判断を下さず、いろんな切り口を当ててみて何が出てくるか面白がって実験してるような感じがあるところだ。そういう意味で、恣意的な、結論ありきのドキュメンタリーをわりと憎んでるドキュメンタリー作家って感じがする。

信者たちは純粋というより「夢中になってる」っていう感じだな。よくそこまで(森監督と反対に)見たくないものに目をつぶって、 1つのことを信じ切れるな。このとき既に裁判中なのに。私みたいに、いつもふらふらと目移りして、仕事も違う職種、違う会社に何度も転職するような者からはとても遠い世界。

一般市民の懲罰感情と信者たちの反発心がぶつかって、小競り合いが起こる…。一度「いやだな」と思ったことが好感に変わる可能性はとても低い。反感はむしろ増大する。誰かが誰かを突き飛ばしたのをたまたま撮影していた森監督たちを見ていると、Black Lives Matter運動のきっかけになったジョージ・フロイドさんの事件を撮影していた人のことを連想する。感情じゃなくて映像があれば判断が早くて確実だ。森監督の、相手のふところに入り込むようなアプローチ自体は、ドキュメンタリー手法としてひとつの王道だと思う。

教団広報の荒木氏個人を追ったドキュメンタリーとして見れば、将来に向けた不安げな表情や、哀愁漂うエンディングの曲も、わからないではないかな…。

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  • ドキュメンタリー映画
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マリオ・バーヴァ監督「血みどろの入江」3065本目

お化け屋敷的エンタメ映画。自殺に見せかけた、車いすの老婦人が殺害され、その殺人犯が直後に殺害され…。グラマー美女のヌードやセミヌード、70年代の日本のドラマのような音楽。だんだん、誰が何のために殺人をしてるのかよくわからなくなってきて、最後はほぼ全滅…単に全滅させるための筋書きとしか思えないし、エンディングがまた70年代の日本のホームドラマっぽい、おめでたい感じの音楽で終わるところが…面白い。ほんとに面白い映画だ。これを見たアメリカ人が「13日の金曜日」を作り、またその”孫”たちが新しいホラー映画を作る。

クローディーヌ・オージェというこのヒロインの女優はすごく綺麗ですね。こんな映画(失礼)に出てるけど知的なクール・ビューティです。しかしこの後もこれ系のB級っぽいタイトルの作品にばかり出てたみたいだ…。日本映画で沢田研二と共演したらしい!見てみたいけど入手困難っぽいなぁ。

血みどろの入江(字幕版)

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  • クロディーヌ・オージェ
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テレンス・ヤング監督「暗くなるまで待って」3064本目

大昔にテレビで見たような記憶もあるけど、見直してみました。アイデアがいいし、タイトルもセンスいいですよね。

人の命をなんとも思わない極悪人1人と、ちょっとした詐欺師2人だったのが、だんだん”キュウソネコカミ”状況に追い込まれて迫力と危険度が増大していくので、スリルあります。オードリー・ヘップバーンの、か弱いのにがんばる演技も素敵。

細かいことをいうと、いくらなんでも彼女がアンバランスに強すぎるのと、靴音を聞き分けられるのに同一人物の声がわからないのって不思議。今ならもう少し、本物の視覚障碍者によく取材して、健常者の思いつかないすんごいテクニックで生き延びてほしいな、なんて思ったりして…。”目が見えない”の中には、光の有無がほんの少しはわかる人もいるので、その場合は手探りで電灯の位置を探さないし冷蔵庫が開いてることはわかるし…。この時代は”目が見えない”イコール光もわからない完全な暗闇ってイメージだったのかな。

それ以前に、健常者には聞き取れない悪意や嘘をかなり見抜ける、って言われちゃったりしたら、作品が成立しないかもしれないけど。

スピードと構成で、見てる間はそんなことも気にならない歴史的作品でした。これ舞台も面白いだろうな~。

暗くなるまで待って [DVD]

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