映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

坂東玉三郎監督「外科室」3232本目

これもずっと見てみたかった。最近映画はVODでばかり見てるけど、久々にTSUTAYAの宅配レンタルでまとめて借りた中の1つ。

ストーリーは知った上で見る。画面は一貫して美しく夢みるような感じ。ただ、寝て見た夢みたいに、ぼんやりとした気持ちになってしまう。インパクトがないのかな。蛇のあやしさも、庭園の日本画家の登場のふしぎも、手術台の上の吉永小百合も、演出はあくまでも控えめ。構図とかカメラの使い方もごくシンプル。

50分という短さ。引き延ばそうとしなかった潔さがいいと思う。もっと短くても良かったかもしれない。濃厚な25分だったら、もっと見たいと思っているうちに終わって、何度も何度も見る作品になったのかも。

これってもしかしたら究極のエロスの物語、なのかな。何年も思い続けて、愛しい人の胸の中で彼の握ったメスで死ねるなんて、これほどのエクスタシーはない、みたいな。

そういう情念(美女が蛇に化けるような)って歌舞伎の真骨頂だと思うけど、あえて映画で作ってみたかったんだな。興味深い作品でした。

 

ケン・ローチ監督「ジミー、野を駆ける伝説」3231本目

「ジミーのホール」がどうして「野を駆ける伝説」になるんだろう。ちょっと映画の雰囲気と違っていて、むしろ日本人がアイルランドに求めるイメージにおもねたようなタイトルじゃないか?いいけど。

カトリックがいろいろ厳しいということは見聞きしてるけど、この映画の教会はただ偏狭で思い込みばかり強い。「島国根性」というものと似てる。目を開けずに、勝手に思い込んだことを恐れて相手を攻撃している。放っておくといつまでも内輪もめばかりする。そんな人たちとも上手くやっていかないと、狭い社会では生き延びられないんだろうな。

ジミーは「元活動家」としてアメリカからアイルランドに帰ってくる。多分最初から目を付けられている。アメリカは共産国ソ連と敵対する自由の国なのに、なにがそんなに気に入らないのか。プロテスタントが優勢の国だから、嫌いなものどうしくっつけて共産主義者もいるはずと思うのかな。

…ここでジミー・グラルトンを英語のWikipediaで調べてみたら、アメリカでは共産党員でアイルランドに戻ってからはIRAに加入してアジテートしていた、とあります。左派というより革命家だったんだろうか。排斥されて当然とは思わないけど、ダンスや会話を楽しむだけの優しいリーダーというこの映画のジミー像にも、もしかしたらバイアスがあるのかもな。(革命家のジミーの家庭的な面にあえて注目した、とかね)

映画って、見てると醜い巨悪に立ち向かう正義の味方みたいな気持ちになれていい気分だけど、そういう気持ちって集団イジメのいじめっ子と表裏一体だから、遠くの国の知らない人たちについて、無駄に偏った意見を持たないようにしたいもんだ…。

 

 

ロバート・シオドマク監督「幻の女」3230本目

Amazonプライムに勧められて見てみる。アリバイを証言してくれるはずの、名も知らない女…。なかなかスリリングな紹介文に好奇心をそそられます。

ガラガラの酒場ではカウンターで2人で飲んでいたのに、バーテンダーは一人だったという。二人で乗ったタクシーの運転手も。幻の女と同じ帽子をかぶって舞台で歌っていた歌手も、誰もその「幻の女」の存在を証言してくれない。はめられてますね~、明らかに。準備が良すぎてリアリティ(現代の映画における常識上の)が薄いですね。

彼を救おうとするのは、美しく有能な秘書。開店から閉店まで3日間も酒場で粘って、バーテンダーを青ざめさせます。すでに有罪判決が出ているのに彼はシロだと信じて「非公式に協力する」という刑事の存在も、今の感覚だと「ありえないからその刑事はインチキだ!」となりそう。

フランチョット・トーンはこの間見たビリー・ワイルダー監督の「熱砂の秘密」のヒーローだ。今回は重要だけど悪い役。クレジットはトップだけど登場は後半です。「熱砂」ではそれほど二枚目じゃない気がしたけど、この作品では冷たげな知性派。これがまた、ぴったりなのがすごい。

犯人が時折、ひどい頭痛に襲われるのが、ジキル→ハイドへの転換のしるしのように描かれてるのも、今みると「?」という感じだけど、鋭角的な構図が目を引いたり、サスペンスフルな仕掛けがたくさんあって楽しめました。昔のこういう映画って、全部好きだわ。

幻の女(字幕版)

幻の女(字幕版)

  • フランチョット・トーン
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原一男監督「全身小説家」3229本目

瀬戸内寂聴さんの訃報を受けて、彼女の主だった作品を読んでいたら、井上光晴とのロマンスとそれに続く出家という話があちこちで語られていて、この人のことも見てみなければと思った次第。

監督が原一男だからか、赤裸々に本人の日常をさらけ出してますよね。着物で女装して踊るきみょうな動きとか、弟子の女性たちに片っ端から甘い言葉をささやくのとか、こんなオッサンになんで誰も彼もコロっといってしまうのか、まったくもって謎。開けっぴろげのようで、実は演出過剰。「全身小説家」というのは例えば、言わなくていいのにわざわざ”シェケナベイビー”とか言う”生きるロック・レジェンド”みたいなものかな。映画の主人公でいえば「クヒオ大佐」?多分もともと虚言癖があったんだろう。(嘘つきみっちゃんと呼ばれていたくらいで)そんな少年が、小説家になったのは生活の一環だったんだろうか。

みっちゃんがついた嘘の部分は、みょうに出来がいい再現ドラマになっていて、リアルなだけでちょっとショボくも見えるドキュメンタリー部分と並べて見ているうちに、美しい虚構を夢見る気持ちになんとなく共感できてしまうのが不思議。

しょうもないところもあるけど、なんだか無邪気で子どものような人だったんだな。とても面白かったです。

全身小説家

全身小説家

  • 井上光晴
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山田大樹監督「湘南爆走族」3228本目

これもまた、今誰が見るんだろうという作品。同年代の人と話してたらこの映画の話が出て、今さらもいいとこだけど見てみようと思いました。

確かに出てるわ、江口洋介と織田裕二。手芸部の部長は清水美沙か。カン高い声は確かに彼女のものだけど、ふっくらしてイメージ違う。(スカート長い…)それにしても、彼ら以外の出演者が老けすぎてる…横浜銀蝿の翔だの竹内力だの、杉本彩もまだ初々しい。ストーリーはなんだか可愛くて微笑ましい不良たちの物語で、なかなか楽しかったです。しかしなんでさわやかな海辺であんな学ランに紫のリーゼントとかするかなぁ…

湘南爆走族

湘南爆走族

  • 江口洋介
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行定勲監督「ピンクとグレー」3227本目

これと原作者が同じ「オルタネート」を読んだばかり。仕掛けを作る志向の人なのかな。「オルタネート」ではSNSを介して盛り上がるゲイのカップルや、お料理コンテスト、AIによる遺伝子マッチングなどを盛り込んでた。この作品では、幼なじみのトップスターの突然の自殺を本に書いた売れない役者が、自殺した彼の役で映画に主演して、一躍「時の人」になる…という仕掛けを設けています。

切なく美しい物語が、途中から”ネタバレモード”に。夏帆のいい壊れっぷり、柳楽優弥の貫禄が良いです。中島裕翔はきれいで整っていて、壊れたときの破壊力がちょっと弱い気がする。

死神が好むタイプってあって、柳楽優弥や彼のリアルお姉さんはタイプじゃない気がする、めちゃくちゃ感覚的な話をしてるけど。会話しながらふっと宙を見るような人が連れて行かれる。だからリアリティのない、まあまあ面白いお話っていう感じだった。やたら人が死ぬ話を若い人は書いてしまう(どこかその必然性があるんだと思う)けど、原作者は「オルタネート」で世界を広げてるなと思うので、今後も期待したいと思います。

 

パウロ・モレッリ 監督「シティ・オブ・メン」3226本目

すごくよく出来てた「シティ・オブ・ゴッド」の続編ということで見てみた。

全然感触が違う。こっちの画面のほうが慣れてる…日常を撮った感じがする。「ゴッド」はおもちゃみたいな公営住宅が舞台だったけど、今度は山腹に沿って建つ違法建築のスラムが舞台で、荒れたリアリティを感じる。主人公は最初から大人だ。つまり、「シティ・オブ・ゴッド」も見る前はこういう映画を予想してた。あっちは全然違ったけど、こっちは予想通り。悪くはないけど、ちょっと肩透かしを食らったような感じを勝手に持ってしまうな。

犯罪に手を染めて、縄張りと権力を争う父親たちの映画だから、「シティ・オブ・メン」。女たちは成長して男に愛されて子どもを産んで家で育てる。

「ゴッド」も「メン」も、主役はアフリカ系だ。インディオや白人(ゴッドの新聞社には多かった)は、いるけど多くはない。これが現実の割合なのかな。

山に張り付いたスラムも、住めば都なんだろうか。少なくとも、明日殺されることを恐れてびくびくして神経質に暮らしてる人はあまりいないみたいだ。生命の大切さって何なんだろう。先進国的な道徳ってどれくらい本当に普遍的なんだろう。

映画はこうやって価値観をゆさぶってくれるから、見る意味があるのだ…。

シティ・オブ・メン (字幕版)

シティ・オブ・メン (字幕版)

  • ダルラン・クーニャ
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