映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

ビン・リュー監督「行き止まりの世界に生まれて」3418本目

原題は「Minding the gap」っていうんだ。ロンドン地下鉄のドアが閉まる前に「Mind the gap」って野太いアナウンスが流れるのは、「乗り降りの際足元にお気を付けください」だけど、これは「分断をいつも意識している」っていう意味かな。

キアーとザックとビンのスケボー仲間は、一人は自称「ホワイト・トラッシュ」、一人はブラックで一人はアジアン。彼らが大人になるまでを取り続けたビンがそれを映画にした。その12年間。「6才のボクが大人になるまで」よりも「ビフォア・サンライズ」よりも親密でカメラからの距離が近い。

こういう、普通の生きてる人たちを撮ったものって全部好きなんだよなぁ。切実な事情のない人なんていないと思う。それぞれの辛さや恥ずかしさや美しさやダメさにぐっとくる。

この作品の特徴は、カメラを通じて製作者が被写体に友情をもって話しかけているところ、被写体が友情をもってカメラに向かって答えているところ。ビン・リューが「それでも自分の足で進んでいこう」という強い気持ちを持っているから、キアーにそれが伝わる。これは友達どうし、家族間の会話を他人が覗き見てる映画なんだ。なんとなく「ミッド80s」に印象が似てるし、マイケル・ムーアとか思い出しながら見てしまうけど、「監督失格」みたいな身内映画なのだ。

オバマが好きな映画だと言ってるくらいで、3人のダイバーシティが最初からそこにある良きアメリカの映画でもあります。この映画がアメリカで高評価を受けたという話を聞くだけでもちょっとほっとしますね。

 

マーク・ペリントン 監督「隣人は静かに笑う」3417本目

<ネタバレあります>

面白かった。トラウマ系だけど、たまにはこういうエンディングも見たくなります(映画見すぎたイヤなおばちゃんだな)

ティム・ロビンズはいつもうまい。ジェフ・ブリッジスも、いつもいい。この二人は役柄を交代してもこの映画は成り立っただろうな。(むしろその方がありがちなキャスティングな気がする。)でもティムの奥さんはジョーン・キューザックじゃないですか。彼女のうさんくささは代替不可。息子たちにも何か裏があるかなと思ったら、それは特になかったかな・・・。全体的に、観客の裏をかくことに注力した感じのある映画だけど、それでも何度も「えっそうくるか」「今度はこうくるか」と揺さぶられました。

隣人は静かに笑う(字幕版)

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  • ジェフ・ブリッジス
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ロマン・ポランスキー監督「オフィサー・アンド・スパイ」3416本目

ポランスキー監督の作品も、新作はだいたい映画館で見てる。園子温やウディ・アレンの作品も、反感持ちつつよく見てる。人格と作品は別と割り切ってるというより、いろいろな観点で語弊があると思うけど、アール・ブリュットの作品に惹かれるように、彼らだからこそ生まれてくる作品に惹かれるものがあるからだと思ってる。

この作品は、88歳の監督が「生きてるうちに作っておきたい」遺言的作品を作る域に達したのかな。世界史にうといので、最初に「史実にもとづいてる」とテロップが出てもピンとこなかったけど、私でも名前を知ってるエミール・ゾラが実名で登場したところで「はっ!事実なんだ」と実感。ゴダールみたいな女々しい(失礼)男だと思い込んでたルイ・ガレルが受難の役を静かに演じてて説得力あったなぁ。ジャン・ドゥジャルダンって「アーティスト」で見たはずだけどあまり印象がなかった。この作品では端正でブレない軍人・・・胸板が厚くて軍服が決まります。もともとコメディアンなんですね。彼の出てるフレンチ・コメディを見てないのは残念。機会があれば見てみよう。エマニュエル・セニエは、今回は弱弱しく女っぽい女性。マチュー・アマルリックは盲従型の鑑定士。(それでは鑑定とは言えない)

ユダヤ人の迫害は、この裁判ひとつに何年もかけてやっと勝ったところでハッピーエンドにはできない大きさと深さがある。軍籍に戻れたドレフュスの昇進の問題も、要求して当然だし、一方で自分の信じることを通す、ブレないピカールも素敵。だってこれはユダヤ受難の映画じゃなくて自分のなかの正義を貫き通すピカールの映画だから。この終わり方で全体のバランスを取ってると思う。この映画をスカッとハッピーエンドで終わらせたりしたら、この後に待っているナチスの台頭をどう予感すればいい?私は、ユダヤ系のドレフュスの嫌疑が「フランス軍の秘密をドイツに流したこと」っていう時点で戦慄しました。固まってマイノリティをいじめる人たちって、デタラメだな、何でもいいんだな。今もいくらでもいるよ、いじめる人たち。世界中にもいるし日本中にもいる、あなたの会社にも私の会社にも。ということを監督は明確に認識しているから、観客に安易なカタルシスなんか与えるつもりはない。生きていて映画を作れるうちに、この作品を世に出さなければって思って作った作品だと思います。心して堪能しました。

リドリー・スコット監督「ハウス・オブ・グッチ」3415本目

リドリー・スコット監督って、好きだけど(エイリアン、ブレードランナー、テルマ&ルイーズだもん)「プロメテウス」を作ってしまうくらい”思い入れの強さ”のある、ちょっとクセの強い監督だと思っていました。でも「最後の決闘裁判」がとても完成度の高い、名作と言っていい作品だったので、巨匠とか名匠としてこれからは二枚目にやっていくんだろう・・・と思ったら、これは・・・イタリア人のパロディ映画か?「ブルース・ブラザーズ」みたいなものか?占い師が紹介した怪しげな男たちと会うときのパトリツィア=レディ・ガガは、女ギャングを演じている渡辺直美にしか見えない。お人が悪い、スコット監督。ドル箱=日本人に「コニチワ」と笑いかけるアル・パチーノは、イタリア人と日本人のどっちを嗤ってるんだ、というくらいのカリカチュア感。私がグッチのファンやグッチ・ファミリーの遠縁とかだったら、レディ・ガガのへたくそなイタリアなまり英語(わざと)を聞いた途端に「バカにしてんのか?」って頭から湯気を立てて怒るかも?

レディ・ガガは「アリー/スター誕生」で唐突に完璧なハリウッドスターだったし、彼女もアダム・ドライバーも”悪”の側面があって(本人の人格とは無関係に)、本物の悪をためらいなく演じられる、引き込まれて深淵を覗いてしまうような怖さを感じさせる、稀有な俳優たちだ。だからこの映画を見るのはちょっと怖かった。こんなカリカチュアだとわかっていたらすぐ見たんだが。。。

残念なポイントは、ハイ・ブランドの映画でありながら、私がデザイナーや建築家のドキュメンタリーを見るときに期待するような美的感覚がまったくない映像だったことかな。美しくも格調高くもない、ただ値段が高いだけのものを転がしているようで、これではデザイナーもお金を出す客(日本人か)もバカみたいだ。知らないミュージシャンの映画でも、音楽にリスペクトがあれば感動的な部分も作るものだけど、スコット監督は美術とか服飾には興味ないのかな。彼がプロデュースした「スプリングスティーン&アイ」はとても良かったことを考えると、アンチ・ハイブランドなのかな。

しかしレディ・ガガを見ているだけで十分価値のある映画でした。この人ほんとすごいわ。

 

 

クリスティーナ・リンドストロム、 クリスティアン・ペトリ監督「世界で一番美しい少年」3414本目

「ベニスに死す」を見直したとき、「自分の中の美醜の価値観が試される映画」って感想を書いた。今まで美しいと思っていた人たちより美しい人がいるんだ、という感覚。

「ミッドサマー」は強烈な映画だったけど、見た後で彼が出てたと聞いて、すぐ、あの老人だと思った。自分以外の人々のために殉死する美しい魂。ひどい役だけど、ある種の美しさがある。

当然かもしれないけど、ヘルムート・バーガーを連想するし、変かもしれないけど「シャイニング」のダニー少年も思い出す。心の中に光を持った少年も大人になる。美って、若いうちは誰でも持っててだんだん衰えるものだと思ってるけど、絶対的な美は年月を経ても変わらない気がしてくる。

日本で彼をアイドルとして売り出した酒井政利は、山口百恵や郷ひろみをスターにした有名プロデューサーだ。日本では、良さそうな子を連れてきて大人たちが商品として売り出すのが当たり前だった。アグネス・チャン、ゴールデンハーフといった外国ルーツのタレントもたくさんいた。リンリン・ランランなんて、中国とアメリカのハーフなのにインディアンの恰好をさせられて歌わされてた。今なら少年少女虐待と言われかねないことを嬉々として回想する彼に、亡くなる前に取材ができたのは良かったと思う。できることなら完成した映画も見てほしかった。

ネット上で見つかったこの作品の監督のインタビューによると、彼は日本での経験は「リアリティがなかったけど楽しかった」「撮影でまた日本に行けてよかった」と言ってたらしい。ちょっと、ほっとしました。

繊細な人が辛苦を経験すると、壊れるのかなと想像するけど、彼は「閉じた」と言ってた。過去からも自分の感情からも離れて、静かに暮らしてる。それでいい、そっとしてあげてほしいと思うけど、この映画を作ることで彼はまた何度も何度も傷ついただろう。それでもきっと彼は自分の人生を把握しなおすために、記録して知らしめるために、映画化に応じたのかな。

彼の「いまの彼女」とは、映画のなかでかかってきた電話で別れてそれっきりなんだろうか?その後の場面では仲良くしていたけど、時系列がよくわからない。娘さんと話ができて良かったので、いいか。

彼の今後の人生が穏やかで温かいものでありますように。世界から、美しいものを蹂躙する人たちが消えていなくなりますように。と思うのでした。

世界で一番美しい少年(字幕版)

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  • ビョルン・アンドレセン
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福永壮志 監督「アイヌモシリ」3413本目

テレビで放送したのを録画したら、映画の前に監督のインタビューも入ってました。彼自身が勉強したくて、それにアイヌが演じるアイヌの映画を作ってみたくて、この映画を作ったとのこと。子熊を大事に育てた後でいけにえとして神に捧げる、昔からの「イオマンテ」というアイヌの儀式を復活させるかどうか、大人たちも迷い、アイヌ文化にまだ染まりきっていないアイヌの少年も戸惑うという内容なので、興味を持っている人たちになるべく実情に近い形で様式化した状況を伝える意義が大きいように思います。その儀式をやるべきかどうか、という議論は必要かもしれないけど、まずその前に「それって何?」を知らなければ話が始まらない。

北海道にツアーで行ったとき、ホテルで夕食のあとに周囲を歩いていたら、そこが、この映画の舞台になっているアイヌコタンだった。知床の流氷を見に行くのがメインのツアーで、阿寒湖はたまたま泊っただけ。アイヌコタンのことはパンフレットにも一言も書かれてなかった。近所の道を歩いていたらいつのまにか魔法の町に紛れ込んだみたいで、すごくドキドキしたなぁ・・・。

「ムックリ」って楽器というか音を出す道具は、世界中のあちこちで使われてきたものと似てる。メロディやリズムのある音楽とは違うけど、お経や吟唱にも似た「倍音」が、いまではテクノやトランスとかが好きな人たちにも関心を持たれているらしい。この映画にけっこう人が入ったのはマンガ「ゴールデンカムイ」の影響なんだってね。入口は何でもいいと思います。

(イオマンテの場面で「ミッドサマー」とか思い出さない方がいいんだろう、思い出したくないな、なんだこの葛藤。せっかく勇壮な姿やムックリの不思議なしらべに酔ってたのに?)

トニー・スコット監督「トップガン」3412本目

当然これ見て復習するよね。(先にこっちを見直すのが普通か。たまたま映画館に行く時間が作れたので「マーヴェリック」待ちきれずに見てしまった)

冒頭の文章はまったく同じ、タイトルの後に空母の状況、ケニー・ロギンズ、という流れも同じ。練習飛行でしくじり、叱責を受ける仲間。バーでやらかした翌朝登場する新しい教官。・・・既視感(こっちが先だってば)、でもマーヴェリックがまるで少年だ。「卒業白書」と変わらない。彼も青いけど全体的にこの映画も青い。イケてるけど名画ではない、っていうイメージ。敵は「ミグ」と指定されてるし、戦闘シーンも、いいけどもう一度見たいほどではない。ロマンスの設定もちょっと背伸びしてる。マーヴェリックと彼の父親との関係も、私たちは初耳なので胸にくるほどではない。この世代が親になった今はじめて、同じ物語を息子の世代で語らせることに感動が生まれるのかも。

つまり、あれはトム・クルーズによる「シン・トップガン」?

なんで日米で、”リバイバル”でもなく、関係者たちによる作り直しをやってるんだろう。日本の一連の「シン」は、当時こどもだった世代に夢を取り戻させ、若い世代に祖父の世代の偉大さに気づかせる、つまり、”弱ってる日本を元気づける映画”だと思う。アメリカもあの映画が必要なほど、意外と弱ってるってことなんだろうか?

この映画のヒロイン像は、セクシーで知的な年上の金髪女性。マーヴェリックでは8歳年下の黒髪でミステリアスで強気な女性。ジェニファー・コネリーにはロシア、ポーランド、アイルランド、ノルウェーにユダヤという豊かなダイバーシティを備えている。今のアメリカの敵は単純にロシアではなくて、アメリカの中でさまざまな違いを攻撃し合うこと自体が最大の敵かもしれない。エンタメ映画の基本設定は世の中の動きに合わせて、時代によって変わっていく。

全体的に、構成は「マーヴェリック」と相似だけど、戦闘シーンが簡潔なぶん、不慣れな私にはポイントがつかみにくい。この映画を語りなおしたい、もっと完全な「トップガン」を作りたい、っていう気持ちも「マーヴェリック」の製作意図の中にあったのかな。

こっちを先に見直すべきだと思ってたけど、いきなり「マーヴェリック」を見たから先入観なく楽しめたのかも。大昔に見た記憶をたどるだけなら、「マーヴェリック先」もありだな。

最後に、音楽について。ベルリンのサウンドはまさにジョルジオ・モロダーだけど、全体的にあまりにアメリカン・ロックっぽくてアップテンポなので、モロダー流のユーロビート的ディスコとは違う感じのサウンドトラックですね。エンディングテーマはチープ・トリックだったんだなぁ。

トップガン (字幕版)

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  • トム・クルーズ
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