映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

テッド・コッチェフ 監督「荒野の千鳥足」3498本目

もう、日本の配給会社がマジメに宣伝する気がないのが明らかなこの邦題(笑)。「死霊の盆踊り」と双璧を成すといっても過言ではないな。

オーストラリア映画か・・・。「マッドマックス」だの「クロコダイル・ダンディ」だの、思い切るとドッカーン!とやらかすのが彼らの習性なのか。あ、監督はカナダ人か。1971年のオーストラリアといえば「ニトラム」の事件が起こった1990年代よりも前。1980年代に姉がこの国で買って帰ってきた「カンガルーの毛皮で作ったコアラのぬいぐるみ」に戦慄した記憶がある。可愛いけれど害獣でもある。おおざっぱでやけっぱちで乱暴な、外国に知られたくないオーストラリアの側面だけを切り取って見せたかのような作品。大陸内部は無法地帯か・・・。

※最後に「カンガルーが絶滅しかかってるので動物愛護団体と相談して殺戮シーンを残した」という注釈が出るけど、言い訳っぽいなぁ

ずぶずぶに堕ちていく主役の教師は、それまでの人生がわりといい子だったから壊れだすと歯止めがない、ということだったのかな。「嘆きの天使」だ、「ロリータ」だ。(相手は女性ではなく酒とギャンブルとカンガルー)

よく考えたら、恋人や家族に電話ひとつ入れるとか、何かやることくらいあるだろう。一見ごく普通の健康で賢そうな若い男なのに。というところが、普通の観客になんとなく共感を促すのかな。

うむ、確かにトラウマ系カルト映画の一種だったな。なんか面白かった。

荒野の千鳥足(字幕)

荒野の千鳥足(字幕)

  • ゲーリー・ボンド
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ジョン・バダム監督「サタデー・ナイト・フィーバー」3497本目

「グリース」の次にこっちも見直してみる。ジョン・トラボルタの髪型が妙につるんと整えてあって「普通の人々」のお母さんみたいだ。「グリース」よりさらに、ベトナム戦争後のエアポケットのように穏やかなアメリカを写してるような街角や人々がなんともじわじわ来ます。

そしてこの時代は幼い私が、洋楽のヒットチャートを追っかけていた時代。この映画のなかのビージーズの曲とか、好きだったわけでもないのに全部歌えてしまうのが怖いくらいだ。「運命’76」とかはこの映画のための曲ではないと思うけど、その後10年ほど経たないと自分で”ディスコ”足を踏み入れることもなかったのでした、

ディスコダンス大会のトラボルタ組は、3組しか見てないけど明らかに3位だ。プエルトリコのふたりも良かったけど最初に踊ったブラックカップルもうまかった。「地元を勝たせようとしたんだ、俺たちは2位なのに」と言ってもまだ不公平感あるなぁ。

カソリックの神父であることを棄てた兄、彼を(通じて神を)崇拝し、橋の上ではしゃいで危険を呼び寄せてしまう友人と、社会派の側面もある作品だけど、描き方がひとつひとつストレートでヒネリがない。兄とその友人とか、なんか結び付けて新しい運命の枝分かれを考えてみてもいいのに・・・。そういうストレートで素直な映画なのでした。

 

ランダル・クレイザー監督「グリース」3496本目

追悼オリビア・ニュートン・ジョン。これは未見でした。

マンガみたいに楽しいオープニング・・・これは当時日米あるいは世界中の若い子たちがウキウキしながら見ただろうなぁ。1978年もその後も、高校生のノリは基本的に変わってないように思える。ジョン・トラボルタとオリビアはどうもしっくりこないんだけど、そこが狙いなんだよね。

オリビアはジェーン・フォンダみたいな、アメリカのファッションモデルによくいるような、細面の典型的なブロンド美人。カントリー風味もあって、保守系の人たちに人気ありそうだけど、いろんなことに果敢に挑戦した人だった。このとき30歳かぁ・・・。初々しくて少女体形で、普通に高校生に見えるのがすごい。トラボルタのほうは、ダンスの場面で実際いい動きをしてます。私は彼の甲高い、すぐひっくり返るじっとりとしたボーカルが苦手なんだけど、いろいろ上手いひとです。

で、この映画にはシャ・ナ・ナが出ている。日本のクールスもキャロルもダウンタウンブギウギバンドもみんなが真似したあのロカビリーバンド。今も健在らしいよ!(今の写真を見たら、日本のセミプロおじさんロカビリーバンドみたいでちょっと微笑んでしまった)

まぁ、感動が一生胸に残るような映画ではないけどね。おじいさん、おばあさんの青春時代も熱くてバカで可愛かったね、というだけで十分じゃないかな?と思います。

ロバート・ゼメキス 監督「キャスト・アウェイ」3495本目

<結末にふれています>

ゼメキスといえばバック・トゥ・ザ・フューチャーにフォレスト・ガンプ。きっと楽しませてくれるに違いないと思ったら、辛い辛いお話だった。私はいつも人に「1日30時間あるんでしょ?」とか「いつ休むの」とか言われるほうで、何もしない時間がない人間なので、何もないところで何もできない、というのが心底恐怖だ。・・・(それはそれで、島を歩きつくして地図を作ったりなんだかんだして忙しくしてしまうんだろうか)いや、だから、この映画の主旨がわかるような気がする。彼にとって島での4年間は誰よりも長く苦痛で、それを耐える唯一の支えだった恋人に最後、救ってもらえないという結末が苦い。(いや自分のもとに来なかっただけで愛はあったからハッピーエンドだと考えるのか)

ただ、そうやって彼の苦痛をあおっておいて、救いを得られなかった彼がちっとも憔悴していないことで、映画はどっちつかずになってしまったのは事実。「それでも夜は明ける」や「レ・ミゼラブル」のようには彼の内面の苦渋に迫れず、逆に最後のカタルシスがないまま何気なく終わってしまったように思います。

トム・フォード監督「シングルマン」3494本目

RCサクセションの大昔の名盤と同じタイトルだな。あれも孤独を感じさせる名作だったけど、これもまた全く違う観点で素晴らしい。

どう素晴らしいかというと、トム・フォードの作品って「ノクターナル・アニマルズ」もそうだけど、徹頭徹尾が彼の妄想によるもので、想像力が果てしなく膨らんで、それを妥協のない美意識で映画という形に完成させたものなんだ。コリン・ファースの英国紳士の佇まいやブリティッシュ・アクセント、彼が象徴する英国的なすべてのもの。ジュリアン・ムーアの崩れた母性のような豊かさとはかなさ。マシュー・グードの秘めた太陽みたいな情熱。ニコラス・ホルトの少年のような知性。(サリンジャーを演じたのが彼だったね)監督が愛する、彼らのなかの美を、自分の好きな時代、好きな設定で妄想する世界のなかであそばせる。なんか昔の貴族のあそびのような映画だと思う。

監督の自分の体験をそのまま映画化したとは思えない。愛する者に去られたとき、彼が愛の絶頂期に事故死したとしたら?命を絶とうと決意したときに、もう一人の素晴らしい少年が現れて「先生、泳ぎに行こう」と誘う。・・・みたいな妄想。

タバコをうっかり濡らしてしまう事件も、教え子が家の近所まで追いかけてくる事件も、これが男女間だとなんかイヤらしくなりそう。この学生はゲイではない(少なくともその自覚のない)少年だし、二人は結ばれたりしないから、最後まで少女マンガみたいに清潔なんですよ。なんというか、遺伝子上は男性の人による麗しきBL映画でした。

私は一つの美意識が徹底しているものが好きだし尊敬する。トム・フォードの徹底ぶり、素晴らしかったです。

スティーヴン・スピルバーグ監督「宇宙戦争」3493本目

2005年というと今から17年前でダコタ・ファニングがまだこんなに小さい。でもトム・クルーズは「トップ・ガン」(1986年)の20年後で落ち着いた父親役。

家族ドラマのようなはじまりが、突然の巨大ロボットのようなものの出現で、世界はパニックに襲われる。逃げ惑う車に乗ろうと取り囲む人々はまるでゾンビ映画のよう。

同様のパニックがフェリー乗り場と、フェリーが海の怪物に襲われる場面でも生じて、こんどは「タイタニック」を思い出す。

・・・ほかにも、都度みたことのある映画を思い出しながら見てしまう。この作品のあと17年の間に作られた映画も多いかもしれないけど、既視感の連続で終わってしまう。

スピルバーグは、「ET」や「未知との遭遇」の後に、完全に敵としてやってくる「宇宙」を描く必要があったんだろうか。オチは理解できるけど、あまりにあっけない。

17年前の世界にはこの映画で何か訴えたいことがあったのかな。微妙に時間が経ちすぎてしまって、時代感覚を思い出せないのがちょっと残念です。

宇宙戦争 (吹替版)

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  • トム・クルーズ
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ピーター・メダック 監督「チェンジリング」3492本目

<結末にふれています>

カナダ映画だし、アンジーが出てるほうの「チェンジリング」がなかなかの秀作だったので、この作品はどうも、マイナー感があります。

1980年作品にしては、あの頃のアメリカ映画のどこか賑やかな風合いがなくて、同じ頃のドイツ映画かしらという雰囲気。(好きですこの感じ)

Changelingという言葉の意味は「取り換え子」なので内容もアンジー版(イーストウッド監督版って言えよって?)と似てるんだろうか。

ストーリーはどうやら、他の子を身代わりに立てられて殺されたその家の少年が自分を探してほしくて、新住人に訴えかけるというもので、過去に起こったことは陰惨だけど、主人公は無傷だしいいい人のまま。ホラーというより「世にも不思議な物語」とか「世界の超常現象」的。可哀そうな子どものホラーということで、ギレルモ・デル・トロが監督あるいはプロデュースした南米映画も連想します。

何一つ珍しいことは起こらないけど、主役のジョージ・C・スコットの誠実な強さがすがすがしいし、恨みを抱いて死んだ子どもが、無闇に殺戮を繰り返すのではなくて、「取り換え子」への道を阻むものだけを攻撃するところが健気にも思えて、とても清潔感のある作品です。意外な佳作。

そしてなぜか、ツイン・ピークスを最初から通しで見てみたい気持ちになるのでした。なんでだろう。

チェンジリング [DVD]

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  • ジョージ・C・スコット ,
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