映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

ベン・スティラー監督「トロピック・サンダー/史上最低の作戦」3502本目

どこかでこれこそが史上最低の映画だと聞いて、わくわくしながら見てみました。

感想:まったくその通りだ・・・想像を超える最低さ・・・見なきゃ良かった・・・。豪華すぎるキャストが嬉々として演じるバカどもに、むかっ腹が立ってきます。膨大な命が失われた戦争をネタに、ここまでやるのは悪趣味でしかありません。(←割と冷静に言っている)というのを踏まえて、改めてコメントすると、みんなくそバカ映画好きなんだなぁ(豪華キャストたちに)。中学生くらいの頃の自分に戻って、善悪もマナーも忘れて、両親や先生に怒られることも、彼女に振られることも、明日着ていく服がなくなることも忘れて、泥の海に体ごと飛び込んだやつが勝ちだ!みたいな。

最近だとあれみたいだな、フー・ファイターズが作っちゃったスプラッター映画「スタジオ666」。一流俳優と同様、一流ミュージシャンもときにくそバカやりたくなるらしい。男ってやつは・・・。

若干フォローしてるっぽい書き方になりましたが、ベン・スティラーのことは少しだけ前より嫌いになったかも(笑)

 

フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク 監督「ある画家の数奇な運命」3501本目

ゲルハルト・リヒターのことは全然知らないんだけど、今初の日本での展覧会が行われていて、明日にでも行ってみようと思ってるというので予習のために見てみます。

感想。映画としてすごく面白い良作でした。主役のトム・シリング、ティモシー・シャラメのような繊細な美少年っぽい容貌で、少しだけ線が太を併せ持つくて知性的です。この人の出てる映画をもっと見てみたい、と思える。セバスチャン・コッホはドイツ語圏の画家の油絵みたいな目鼻立ちで、非人間的な理性と人間的な感情をあわせ持つ怪物を巧みに演じました。画家の妻のパウラ・ベーアは”婚約者の友人”か。彼女もうまいです。というか演技が非常にうまい人しか出てないですね。西ドイツに行ってからの同郷の絵画仲間も、すごくいい脇役。

数年前に絵を習いに通ってた時期があって、最初のデッサンは誰でも描けば描くだけ上達するので楽しかったけど、だんだん「本当に描きたいものは何か」とか先生が聞いてくるようになったりして、よくわからず辛くなって辞めてしまった。でもこの映画を見ていたら、今いるのと別の憧れの世界を描くんじゃなくて、心の中に居座り続けている何かを恐れずにしっかり見つめて描けばよかったのかな、と気づいてしまった。この映画のなかのクルトが、幼い頃の叔母との写真や、彼女をほうむりさった(と疑われる)人々をまっすぐ見つめて描けたのは、いちいち恐れおののいたりしないくらい、長年心の中に巣食ってきたものだから、と思ったりしました。

どこが事実でどこが創造なのか、確かに知らないほうが作品として楽しめる。私の予想では、かなりの部分が創造じゃないかと思う・・・。

それも展覧会で確かめてこようと思います。(わかるのか?)

 

ミハイル・カラトーゾフ監督「鶴は翔んでいく(戦争と貞操)」3500本目

<結末にふれています>

「怒りのキューバ」を見たら、これもモスフィルムの公式動画がYouTubeに載ってたので見てみました。カメラは「キューバ」と同じセルゲイ・ウルセフスキーだけど「キューバ」より7年前、1957年の作品。冒頭からなんだか重苦しいヨーロッパ北部の雰囲気です。(南米ではコンドルが飛ぶけどソ連では鶴が飛ぶのか?)

こちらはロシア語で作られていて英語字幕が乗っているだけなので、「キューバ」よりすっきりと見られます。ただ、あちらは言葉少ない作品なのでよかったけど、こちらはしっかり英語字幕を読まないとついていけなくなりそう。・・・でもセルゲイ・ウルセフスキーの映像を見るのが主目的なので、あまり気にせずどんどん見ましょう。

そんなに昔だと思えないクリアな白黒映像。主役たちの若い肌のツヤツヤまでよくわかります。タチアナ・サモイロワという主演女優、鼻っ柱が強そうな大柄な美女です。ちょっと丸くて上向きの鼻がチャーミング。この人や他の俳優さんたちは、どんなふうに生まれてどんなふうに生きたんだろうな・・・

ストーリーは、若くて初々しいカップルが戦争で引き裂かれ、男は戦死してしまいます。彼が撃たれてから死ぬまでの走馬灯の思い出の大げさなこと・・・。大雪原のように壮大で深刻な、このロシア的な情感がなんか素敵です。もしかしたら、歌舞伎にも近いかも。演出は大きいけど人は割と無表情。すぐ隣のフィンランド映画の人々のマネキンのような無表情を思い出すけど、あっちは演出も極めてシンプルなんだよな。興味深い。

その後女は言い寄ってくる別の男と結婚しますが、そいつはチャラ男で結局別れます。女はとうとう戦争へ行った彼の訃報を知り、自分がもらった花束を抱いて泣くんだけど、その花束をバラして、戦勝に湧く人々に1本1本渡していきます。どうして配るのかは語られないんだけど、達観したような女の表情が美しくて、彼女が最後に父親と見上げる空に、きれいなV字型で鶴が飛んでいくのもすがすがしい。勝ったのに戦争の悲惨さを描いた映画、ソビエト国営モスフィルムもなかなか大胆な作品を作るんだなぁ。

カメラワークについていうと、「キューバ」のような度肝を抜くショットはまだこの映画にはありません。でも俯瞰する映像や、女が列車を追って走る映像など、なかなかダイナミックでしたよ。

(このリンクから公式動画の全編が見られます)


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ミハイル・カラトーゾフ 監督「怒りのキューバ」3499本目

Twitterでこの作品のハイライトシーンがなぜか何度も流れてくるのを見て、まるで実現不可能にしか見えないそのカメラワークに驚愕したのは私だけではないはず。YouTubeで公式動画が見つかったので見てみました。

キューバは憧れの国。ツアーで見て回れたのはごくごく一部だけど、ストリートミュージシャンやストリートダンサーのスキルがあまりにも高いのと、素朴で明るい人たち、南国のさわやかな気候に魅せられました。老後に移住するためにスペイン語勉強しようと思ったくらい。(一瞬だけ)

でこの映画。音声はスペイン語(キューバだから)にロシア語のボイスオーバー、英語字幕。英語はYouTubeユーザー用につけたんでしょうね。このボイスオーバーのめちゃくちゃ邪魔な感じ、・・・ウズベキスタン航空の機内映画と同じだ。出演者が何人いても男女二人だけがボイスオーバーする。吹き替えじゃなくて、元の音声を残しておいて、少し遅れてロシア語が重なるという、同時通訳方式。ウズベキスタンも旧ソ連だから、この文化を受け継いでしまったのかな。機内で「ジョージアは映画の国だけど、ウズベキスタンの映画文化はあまり盛り上がってないんだろう」と感じたけど、旧ソビエト圏みんな同じなんだろうか。

内容は、戦意発揚というには、キューバ人がやられっぱなしだった。革命で彼らは勝ったのにそういう良い場面がない。冒頭は高級リゾートホテルで水着ファッションショーをやっているところを俯瞰~プールの中にまで降りていくショットが見どころ。悪い外国人は英語を話す。クラブの音楽は「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」みたいなのじゃなくて、この頃全盛期だったアフロ・キューバン・ジャズってやつだな。オチがないんだけど高揚感があってクールなのだ。マチートというアーティストのCDを持ってるんだけど、彼は亡命して欧米で成功したみたい。この音楽は革命のときにキューバから出て行ったのかな。そして今のキューバ音楽に通じる市民の音楽が残った。

Twitterで見た、パレードを追っていたカメラが壁に沿ってビルを上り、葉巻工場の中を通って、彼らが掲げた旗を通り越して、空中からパレードをまた見下ろす映像。ドローンを使っても操作が難しそうな圧巻の映像は、開始から1時間45分頃です。

解説テキストがYouTube動画のところに載ってるので、それも読むと手持ちカメラを受け渡しながら撮影したとか、多少は情報が載ってます。撮影技術に興味のある人には必見の作品です。


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テッド・コッチェフ 監督「荒野の千鳥足」3498本目

もう、日本の配給会社がマジメに宣伝する気がないのが明らかなこの邦題(笑)。「死霊の盆踊り」と双璧を成すといっても過言ではないな。

オーストラリア映画か・・・。「マッドマックス」だの「クロコダイル・ダンディ」だの、思い切るとドッカーン!とやらかすのが彼らの習性なのか。あ、監督はカナダ人か。1971年のオーストラリアといえば「ニトラム」の事件が起こった1990年代よりも前。1980年代に姉がこの国で買って帰ってきた「カンガルーの毛皮で作ったコアラのぬいぐるみ」に戦慄した記憶がある。可愛いけれど害獣でもある。おおざっぱでやけっぱちで乱暴な、外国に知られたくないオーストラリアの側面だけを切り取って見せたかのような作品。大陸内部は無法地帯か・・・。

※最後に「カンガルーが絶滅しかかってるので動物愛護団体と相談して殺戮シーンを残した」という注釈が出るけど、言い訳っぽいなぁ

ずぶずぶに堕ちていく主役の教師は、それまでの人生がわりといい子だったから壊れだすと歯止めがない、ということだったのかな。「嘆きの天使」だ、「ロリータ」だ。(相手は女性ではなく酒とギャンブルとカンガルー)

よく考えたら、恋人や家族に電話ひとつ入れるとか、何かやることくらいあるだろう。一見ごく普通の健康で賢そうな若い男なのに。というところが、普通の観客になんとなく共感を促すのかな。

うむ、確かにトラウマ系カルト映画の一種だったな。なんか面白かった。

荒野の千鳥足(字幕)

荒野の千鳥足(字幕)

  • ゲーリー・ボンド
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ジョン・バダム監督「サタデー・ナイト・フィーバー」3497本目

「グリース」の次にこっちも見直してみる。ジョン・トラボルタの髪型が妙につるんと整えてあって「普通の人々」のお母さんみたいだ。「グリース」よりさらに、ベトナム戦争後のエアポケットのように穏やかなアメリカを写してるような街角や人々がなんともじわじわ来ます。

そしてこの時代は幼い私が、洋楽のヒットチャートを追っかけていた時代。この映画のなかのビージーズの曲とか、好きだったわけでもないのに全部歌えてしまうのが怖いくらいだ。「運命’76」とかはこの映画のための曲ではないと思うけど、その後10年ほど経たないと自分で”ディスコ”足を踏み入れることもなかったのでした、

ディスコダンス大会のトラボルタ組は、3組しか見てないけど明らかに3位だ。プエルトリコのふたりも良かったけど最初に踊ったブラックカップルもうまかった。「地元を勝たせようとしたんだ、俺たちは2位なのに」と言ってもまだ不公平感あるなぁ。

カソリックの神父であることを棄てた兄、彼を(通じて神を)崇拝し、橋の上ではしゃいで危険を呼び寄せてしまう友人と、社会派の側面もある作品だけど、描き方がひとつひとつストレートでヒネリがない。兄とその友人とか、なんか結び付けて新しい運命の枝分かれを考えてみてもいいのに・・・。そういうストレートで素直な映画なのでした。

 

ランダル・クレイザー監督「グリース」3496本目

追悼オリビア・ニュートン・ジョン。これは未見でした。

マンガみたいに楽しいオープニング・・・これは当時日米あるいは世界中の若い子たちがウキウキしながら見ただろうなぁ。1978年もその後も、高校生のノリは基本的に変わってないように思える。ジョン・トラボルタとオリビアはどうもしっくりこないんだけど、そこが狙いなんだよね。

オリビアはジェーン・フォンダみたいな、アメリカのファッションモデルによくいるような、細面の典型的なブロンド美人。カントリー風味もあって、保守系の人たちに人気ありそうだけど、いろんなことに果敢に挑戦した人だった。このとき30歳かぁ・・・。初々しくて少女体形で、普通に高校生に見えるのがすごい。トラボルタのほうは、ダンスの場面で実際いい動きをしてます。私は彼の甲高い、すぐひっくり返るじっとりとしたボーカルが苦手なんだけど、いろいろ上手いひとです。

で、この映画にはシャ・ナ・ナが出ている。日本のクールスもキャロルもダウンタウンブギウギバンドもみんなが真似したあのロカビリーバンド。今も健在らしいよ!(今の写真を見たら、日本のセミプロおじさんロカビリーバンドみたいでちょっと微笑んでしまった)

まぁ、感動が一生胸に残るような映画ではないけどね。おじいさん、おばあさんの青春時代も熱くてバカで可愛かったね、というだけで十分じゃないかな?と思います。