映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

エイドリアン・シェリー監督「ウェイトレス おいしい人生のつくりかた」3539本目

最近バラエティ番組の「衝撃事件」のコーナーで、この映画の監督・出演者のエイドリアン・シェリーのことを取り上げていて、見てみたくなりました。今すぐ見られるのはAmazonプライムの吹替版だけなので、それを見てみます。

感想としては、みんな書いてるように「パイが全部まずそうに見える(笑)」のはともかく、「アリスの恋」みたいな、よりどころのない女性が自立しようとしてもがく物語でした。こういう映画を見るとアメリカが好きになりそうになってしまいます。(嫌いなのか、私は)

パイがまずそうなのは着色料がすごいからだけでなく、チョコレートクリームにベリー類をぶち込んでぐちゃぐちゃに混ぜる、みたいなのが多いからかもな・・・。でもそれが彼女たちのソウルフードなのだ、きっと。初めて見るもんじゃ焼きに比べれば、世界中の誰から見ても食べ物に見えると思うし。

女性監督が作ると、キッチンでパイを作ることも、診察台の上で検査を受けることも、手術室で分娩することも、同じ目線でフラットに描かれるのが小気味いいんですよね。同僚も暴力夫も不倫相手も不倫相手の妻も。何に対しても幻想がなくて、すべてが日常。(パイコンテスト以降はファンタジー感満載だけど)

彼女の最高にハッピーな瞬間や、映画にこめた温かい思いはじゅうぶん伝わってきたと思います。

「衝撃事件」の後で、U-NEXTでHBOのドキュメンタリーも見ました。バラエティでははなはだしい誤認捜査が長期にわたって続いたようにまとめてたけど、彼女の夫が全編に出演してたドキュメンタリーでは、この映画や家庭生活、犯人が逮捕されてからのことを取り上げてました。お母さんによく似ためちゃくちゃ可愛い娘の成長も。幸せの絶頂で亡くなった彼女は、不幸だったのか幸せだったのか。立派な一生だったよ、という気がするのでした。

 

ダニエル・マイリック監督「ビリーバーズ」3538本目

KINENOTEに感想を書いた人がまだ一人もいないのは、この作品がVODで提供されていなくて、TSUTAYAで借りたDVDもハードディスクレコーダーで再生できなかったりするからかな。(最後の砦の携帯用DVDプレイヤーで再生できました。画面ちいさい)

救急隊員が連絡を受けて意識のない女性を救助に行ったら、カルト集団に囲まれて、同僚と彼女の小さな娘とともに拉致監禁されてしまいます。映画の冒頭に、そのカルトのスポークスパーソンがテレビのインタビュー番組でほがらかな司会者からインタビューを受けている映像があるのですが、カルトの人が無表情で、これだけでこの作品の空気がわかります。

今のところの評価も低いし、見た人もわずかだけど、なかなかカルトらしい雰囲気が出ていて良くできてるんじゃないかなぁ。。。これは今話題になっている団体よりも、1990年代に大きな問題になったあの団体のほうに似ているような。怖さは「サスペリア」(初代)くらいで、「ミッドサマー」「ウィッカーマン」には負ける。

結末が思わせぶりだったりして、それほど深刻にならずに見られるカルトの映画、としてはいいんじゃないですかねぇ。

ダニエル・アービッド 監督「シンプルな情熱」3537本目

原作者のアニー・エルノーがノーベル文学賞を受賞したと聞いて、すぐにこの原作を読んだ。なんて面白いことを書く人なんだろう、って思った。ある女性が年下の既婚男性と恋をして、バカみたいに溺れて、やがて恋が終わる、その間の自分の心の動きや行動を客体的に観察して冷徹に書く、その筆致といったら、論文を読んでるかのようでした。

原作が書かれたのは1991年。この映画はつい最近、2020年の制作。ここ数年、原作者のブームとか再評価とかが起こっていて、それが受賞やノミネートにつながったのかな。

彼女がおぼれた男を演じるのは、世界一美しく踊る男、セルゲイ・ポルーニンだ!小説の中では、かなり堅い仕事をしてる男だったので、こんな刺青だらけの”野獣系ダンサー”が演じるのはかなり異色だけど、中年にさしかかった女が溺れる相手としてはふさわしい。そういえば原作でも相手の男は旧ソビエトのどこかの出身だった。あまりロマンチックでもなく、趣味がいいわけでもない男だった。

「女」エレーヌを演じるレティシア・ドッシュ、透明感があってきれいです。でもなんとなく、論理より感性の人に見えてしまう。アニー・エルノーは眼光鋭い人だからちょっとイメージが違うけど、原作者に似てる必要はないかもね。一人の女の物語、だから。

劇中映画として「二十四時間の情事」が使われててロマンチック・・・とか思ってたら、情事の描き方は即物的だ。女の独白は冒頭にあるだけで、あとはすべて映像として見せる。この映像から、あの微に入り細に入った描写を感じ取るのは難しい。だから「大学教授が年下男性との不倫に溺れていくさまを赤裸々に綴った官能ドラマ」って紹介文を書かれてしまう。原作は「大学教授が年下男性との不倫に苦しみ、苦しむ自分を客体として観察し、綴ったエロい論文のような小説」なのだ。

 

ケネス・ブラナー監督「魔笛」3536本目

この映画の世界に入っていくのにすごく苦労してしまった。最初はオペラだからイタリア語かしら、などと思いながら見たし、解説を読んでから見直しても、歌のメロディに耳ばかり捕られてセリフ(字幕)が入ってこない。

たまたま女神たちに見出された普通の青年が、魔王に拉致監禁された姫を従者とともに救い出して姫と結婚するのだ・・・というストーリーは、あらゆるすべてのロールプレイングゲームに共通する、耳慣れたストーリーだなと思ったけど、そうなるとやっぱり、戦争の最前線で生き残った男たちが中世ふうの女神たちや姫のいる異世界へ飛ぶのが、ちょっと唐突で自然な気持ちで移行できないです。

「ファンタジア」、あのディズニーの名作と言われる作品が、私はまったくピンとこなかったんだけど、それに近い。音楽をどう聴いて頭の中で何を想像するかは、それぞれの自由だけど、断片的なイメージをそのまま見せるより、観客を大いに意識したエンタメ性を持たせてほしいなぁと思う。(ファンタジアで足りない私は貪欲すぎるんだろうか)

ケネス・ブラナーってシェイクスピア演劇出身だから、古典をいかに現代の人たちに「自分たちの物語だ」と思ってもらうか、長年苦心惨憺なのかもしれない。私はわりと、古いものは古いまま見て、最初違和感があってもだんだん入り込んでしまうマジックをじっくり味わいたいほうなので、ここまでサービスしてくれるとお腹いっぱいになってしまう。

でもいいのだ。私はモーツァルトが映画「アマデウス」で、死の床で書き続けていたのがどんな音楽か知りたかったし、ソプラノの人が「ア~アッハッハッハッハッハッハ~~~」って歌う不可思議な曲がどういう場面なのかも知りたかったのだ。初心者の私はむしろ正統から離れて混乱してる気もするけど、クラシック音楽の高~い敷居をちょこっとだけまたいだような気もします。

ジョー・ダンテ監督「マチネー 土曜の午後はキッスで始まる」3535本目

冒頭にオーソンウェルズふうに登場するジョン・グッドマン。映画館の子どもたちが彼が紹介する恐怖映画の予告編に戦慄する・・・。さっき見た「ラスト・アクション・ヒーロー」の続きみたいだ。この劇中映画「MANT!」(アリ人間)が「ザ・フライ」ばりの、この時代のSFっぽくてすごくいいのです。DVD借りたら特典映像としてこの「MANT」だけ通しで見られてすごく満足感ありました。

本編のほうは、そんな映画ばかり撮っている監督と、そんな映画ばかり見ている少年や「MANT」の上映館の人々のものがたりで、終始にぎやかで楽しく、ずっと何か事件が起こっては大騒ぎしてる映画でした。いい時代だなーってしみじみできる明るさがあるけど、終わってみるとあっさりしてる気もする。

一方、私は映画館に通ってた時期がとても短くて、小さい頃からこんな風に映画館の友だちだったわけじゃないので、懐かしいんじゃなくて憧れるような気持ちだな。だって映画高いんだもん・・・こんなに昔の映画が見られるようになったのは、大人になってお金をかせげるようになったのと、DVDやVODのおかげというしかない。今更だけどお礼申し上げます。最近は、どんな映画でも見られて当たり前くらいな気持ちになってた。業界のあらゆるチャンネルにいる方々に感謝だわ・・・。

 

秋原正俊 監督「春の居場所」3534本目

なんでレンタルしたか思い出せない。堀北真希に関心を持ったことがあったっけ。

この作品は59分という小品で、この監督はかなりの数の作品を監督しているのに、不思議と私は今までに1本も見てない。

原作は、昭和から平成にかけて話題になった鷺沢萠のもの。ロングのソバージュの華やかで若い作家に、憧れたりうらやんだりした記憶があります。行き急いでいる、と本人がエッセイか何かに書いていて、実際35歳で亡くなってしまった。それでもどこか、若くして注目を浴びて愛されてフッと消えてしまった生き様がかっこよすぎて、羨望を感じた自分がセコい凡人だと思い知らされた記憶も。

DVDに出演者インタビューが収録されてて、堀北真希の透明な美しさがまぶしいです。

 

ジョン・マクティアナン 監督「シュワルツェネッガー ラスト・アクション・ヒーロー」3533本目

シュワルツェネッガーが映画の中の世界を生きる本物のアクション・ヒーローで、大ファンの少年が魔法のチケットで映画館から映画の中へと転生?するというアクション・コメディ。1993年がどういう時代だったか簡単には言えないけど、これからどんどん良くなっていきそうな明るさがこの映画にはあります。

<以下ネタバレあり>

少年がF・マーリー・エイブラハムを見て「モーツァルトを殺した人だ!」っていうのとか、魔法のチケットを奪った悪人が現実世界の映画館で「ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド」の中からゾンビを連れだしたり・・・。(1993年のゾンビ像は咬みついて伝染させるんじゃなくて普通の殺し屋みたいですね)「カイロの紫のバラ」アクション版なんだけど、比較的マニアックじゃない小ネタをたくさん仕込んであって楽しい。ジュブナイル映画らしい、冒険の果ての結末も爽快。楽しかった~。

(第七の封印の死神が出てきてスッと立ち去る場面まで、マニアックじゃないとは言わないけど)