映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

デビッド・ロウリー 監督「A GHOST STORY/ア・ゴースト・ストーリー」3571本目

<結末にふれています>

これはきっと、「幽霊自身はどんな気持ちなんだろう」というのを想像して作ってみた作品なんだな。

愛する妻がいて、これからの人生を想像している男が突然命を絶たれた。彼女への思いが強すぎて、現世から魂が離れられない。彼女を追っていきたいけど魂なので家についてしまった。家には前から住んでる別の幽霊もいる。会話してみたりする。スペイン語を話す家族が住むようになって、かんしゃくを起こしてしまう。(それを生きている人間たちはポルターガイストと呼んだりする)ふとしたことで、妻が残して行ったメッセージを発見して、その瞬間、”成仏”する。

幽霊になってしまった後は、子どものハロウィンの仮装みたいなシーツを被っただけの姿。あんなにガタイがよかったのに。でも「マンチェスター・バイ・ザ・シー」のときも書いたけど、ケイシー・アフレックって心に弱さを持つ、負担に耐えられない男の役が、はまる。彼なら突然の死を受け止められず、何世代も家のまわりをさまよってしまうかもしれない、と思える。

彼が最後に何を見たかも語られないし、そもそも、最初から最後までなんの説明もない。これは「彼」というひとりの幽霊の孤独を描いた作品なんだな、と思ったのでした。

 

 

ウィル・グラック監督「ピーター・ラビット」3570本目

ビアトリクスの両親がこの映画を見たら何て言うか・・・(「ミス・ポター」を見たばかりなので)

というより私はどう思うのか。ピーター・ラビットのキャラクターが描かれたグッズを1つ2つは持っていたことがあり、英国的なものが大好きな一般日本人の私は納得できるのか。いや全然まったくできない。ストーリーは原作もこんな感じだと思うけど、情緒が。美的感覚が。全く全然違う。うさぎは笑わないのだ。嬉しくても怒っていても、目を大きく見開いて、鼻をふんふんしているだけなのだ。もふもふ感はあるけど、うさぎじゃないのだ、この子たちは。

続編まで作られたということは、ヒットしたんだろうなぁ。KINENOTEの平均評点も70点を超えている。でも・・・これじゃない・・・これじゃないよ・・・(涙)

気を取り直して出演者を見ていくと、なんとなく悪い役が多い気がするドーナル・グリーソン、はまり役です。ローズ・バーンも合ってる。ピーターはともかく、フロプシー・モプシー・コットンテールの三姉妹がデイジー・リドレー、マーゴット・ロビーに、TENETでビッチっぷりを見せつけてくれたエリザベス・デビッキっていうキャスティングは愉快です。実写でやればよかったのに、舞台のCatsみたいに耳だけつけて・・・。

 

クリス・ヌーナン 監督「ミス・ポター」3569本目

見る前から「トーベ」「リンドグレーン」を思い出しますね。彼女たち二人と違ってビアトリクス・ポターは19世紀生まれで、英国のかなり高い階級の生まれということもあって、今見ると異常なほど格式ばった家庭で育ったようです。彼女の本を出版してくれた人とひそかに婚約したのは史実のようだけど、彼女の親友になった彼の妹はフィクションみたいですね。彼女の哀しみは孤独ではなかった、という、見やすくやさしい修正が加えられている作品なんだな。

その妹を演じてるのはエミリー・ワトソン。彼女でもビアトリクスを演じられそうだけど、ゼルウィガーのほうが感情表現が柔らかくて共感しやすい気がする。この二人が思いっきり上流気取りの英語をしゃべるのが、英国好きの私としては気持ちいいです。

ユアン・マグレガーがレニー・ゼルウィガーに求婚しても、(ブリジット・ジョーンズの新しい彼氏)とは感じないところが、この英国俳優たちの変幻自在な演技力だな、とあらためて思うのでした。

(ミートパイが衝撃すぎて見てなかったピーター・ラビットのアニメ映画も見てみるか)

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ウディ・アレン監督「インテリア」3568本目

U-NEXTの紹介ページに、ウディ・アレンがイングマール・ベルイマン監督にオマージュを捧げた作品って書いてあったけど本当?

そう言われてみれば、そんな気がしないこともない。出演者がリヴ・ウルマンじゃなくてダイアン・キートンというだけのことか?でも私が思い出したのは、極端に強い母の出てくるペドロ・アルモドバルやグザヴィエ・ドランの映画とか、アガサ・クリスティが変名で書いた非ミステリー小説とか。

クリスティの「春にして君を離れ」という小説では、仕切りたがりの、自分は尊敬される家長だと思っている母親が、ある日昔の記憶をたどるうちに自分が間違っていたと気づいていく。これ読んでてすごく怖いんですよ。でもこの映画では、家長のような母親は、最後まで自分で認知を深めることはありません。ちょっと極端ですよね。女性なら誰でも、突然絶望する前に自己憐憫とか他人への押し付けとかの段階がある気がする。

ウディ・アレン作品には必ず監督自身が出ていると思うんだけど、この作品では母親と父親のどちらだろう。長年抑圧されてやっと自由を得た父親のつもりで作ったのかな。でも監督っていうのは何でも自分の思うように完璧を求める、この母親のような仕事だ。最近の作品みたいに、極端な性格の人物たちの可笑しさを描き始めていない分、シリアスだけど青臭い感じもするのでした。

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ロバート・グリーンウォルド 監督「ザナドゥ」3567本目

オリヴィア・ニュートン・ジョンが亡くなったときこの作品もVODで探したけど見つからなかった。これがU-NEXTに新入荷してたので早速見てみます。

アイドル的な映画に往年の大スター、ジーン・ケリー。こんな人が出てたのか・・・。で、ELOが音楽をやってたんだっけ。ここまでですでになかなかのミスマッチです。

主役の男性は「レコードジャケットの写真を模写する仕事」をしている。そんなのがあったのか。昔の映画館の看板描きみたいなものかな?

オリビアは音楽とダンスの妖精という設定。作りが小さくて整ってるので、確かに彼女の容貌は妖精っぽい気がする。空を飛ぶでもなく、ローラースケートをすいすいと乗りこなしてるのが、青春映画っぽくもあって、これも不思議なミスマッチ。

肝心のジーン・ケリーとのタップダンスは、そもそもジーン・ケリーやフレッド・アステアと共演してきた女性たちは、彼らに匹敵するほど超偉大なダンサーではなかったと思うので、これでもいいのかもしれません。美しいし。

ザナドゥを夢見る男二人が夢見るステージは40年代と80年代の音楽を組み合わせるミスマッチ。いろいろ荒唐無稽で、盛り沢山で、ものすごくカラフルで甘いアメリカのケーキの上にマーブルチョコや粉砂糖やサンタの砂糖菓子、いろんな甘いものを全部のっけたような感じ。でも作ってる人の純真さが伝わってくるような無邪気さがあって、悪趣味に感じません。「チャーリーとチョコレート工場」みたいな映画だと思って童心で楽しむのがいいんじゃないかな。

映画は酷評され、その後だいぶたってから制作された舞台版は大好評だったとのこと。これ実際舞台で見たら楽しいだろうな。1980年より今の方が、ダンスの多様性が広がっていて、SNSでよく「xx年代から現在までのダンスの系譜」みたいなまとめ動画が回ってきたりする時代だし。

ラストに流れる、あのヒット曲「ザナドゥ」、どっから聞いてもELO+オリヴィアじゃないか。そんなことも忘れてたのか。

バブル前の、まだ不安の影も何もないハッピーなハリウッドの映画だ・・・。点数はつけづらいけど、私この映画わりと好きかも。見てみて良かったです。

ザナドゥ (字幕版)

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ウォルター・サレス 監督「セントラル・ステーション」3566本目

だいぶ前に録画したのをやっと見ました。いい映画だなぁこれ。「シティ・オブ・ゴッド」や「モーターサイクル・ダイアリーズ」の監督なんだ。都会の大きな駅に集まってくる、今日一日食いつなぐことに精一杯の人たちの、生きるパワーがあふれる作品です。

元教師のオバサンは、子どもに「口紅くらいつけろよ」と言われるくらい、身なりも気にせず、若干インチキな”代書屋”をやって生計を立てています。元教師なのに、投函を請け負った手紙をそのまま引き出しに貯めてあったり、子どもを養子縁組業者に売ろうとしたり、なんだか悪いことばかりやっています。こういう清濁併せ持った大人たちの存在って、自分たちが小さい頃の「お母さんだって電話しながらご飯食べてるじゃないかー!」とか「動物園連れてってくれるって言ったのに嘘つきー!」みたいな、理不尽で理解できない大人の世界を見ているようで、新鮮です。こういう悪さのある大人が共感をもって描かれることって、ハリウッド映画でも日本映画でもあまりない気がします。

訪ねて行った彼らにすぐに声をかけて、しりとりやサッカーで仲良くなる青年たちの、人懐こさ。どこにいるかわからない父親の、帰ってくるという熱い手紙。人間と人間がみんな孤立しているようで、本当は心の中でがっしりと結びついている。人間ってほんとうは強いと思えて、なぜだか希望がもらえるような作品でした。

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ペドロ・アルモドバル監督「ヒューマン・ボイス」3565本目

「パラレル・マザーズ」と同時上映してた短編。(別料金だけど)

アルモドバル監督vsティルダ・スウィントン。(「デッド・ドント・ダイ」の、と言いたい。いつも印象強いけどあれは秀逸だった)

これも「パラレル・マザーズ」も、劇場で見るとアルモドバル監督の作品の色彩は強烈に感じられるなぁ。

この作品は、別れを受け入れられず男からの電話を待つ女が狂おしくなっていくという原作を、その場面だけを、作ってみたかったんだな。アルモドバル監督の女性たちはエキセントリックなのだ。普通の市井の人が多いけど感情が激しい。電話というシチュエーションがあって、声だけに縛られてどんどん視野が狭まって気持ちが高ぶっていく。

氷のような存在感のティルダ・スウィントンが、ここで自虐に走ったらなんとなく違う気がする。氷が炎を生み出すから、彼女の思いの強さが燃え上がる効果があるんじゃないかな。

そして、アルモドバル監督作品は、激情にかられた人々もどこかサラっとしている。重苦しくない。美しくドラマチックに狂った女性の短くてちょっと面白い作品でした。