映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

ジャノー・シュワーク 監督「ある日どこかで」3602本目

「ゴースト」とかのちょっと切ないラブストーリーよりも前、「バック・トゥ・ザ・フューチャー」でタイムリープものの形が世界的に固定されるよりも前。ファンタジーにテクニカルな整合性をやたら求めるようになる前なので、時間は一方向に流れるというより行ったり来たりする。逆に「メッセージ」とか「インターステラー」みたいな時空のねじれありきの最先端SFに近い時空観になってるのが面白い。人間はガチガチな枠を与えられないほうが自由に発想できるのだ。想像は科学を超え、やがて科学が追い付く。

クリストファー・リーヴは私が子どもの頃に見たスーパーマン。大きくて強くてカッコいいアイドル的なヒーローで、この映画の中でも輝くような若さがあふれています。そしてジェーン・シーモアの気品ある美しさ。一枚の白黒写真だけで人を好きになることって、あってもおかしくないんじゃないかな?この映画は、この二人の間の思いを本物に見せることができれば、もう9割は完成してたと思います。突っ込みどころがたくさんあると言う人もいるし、収拾しきれないまま終わる気もするけど、このときの二人の輝きだけで十分、今も見る価値のある作品だと思いました。

ある日どこかで (字幕版)

ある日どこかで (字幕版)

  • クリストファー・リーブ
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ホセ・ルイス・ロペス・リナーレ監督「エキストラ・バージン 世界一のオリーブオイル」3601本目

「エキストラ・バージン」(未精製)のオリーブオイルが正式に出荷されるようになってから実は歴史が浅いとか、オイルにするオリーブにいくつも種類があるとか、知らなかったことばかりでした。以前はフランス料理の影響を受けて、スペイン料理にはバターを多用していたけど、原点回帰・地産地消ブームでオリーブオイルは国内でも大人気。日本人は健康的な食生活への関心が高く、今はパンにこれでもかとオリーブオイルをたっぷりつけて食べる人が多い(私だ、とくに外食したとき)。

ツマミとして出るオリーブが美味しい店は、料理もおいしいと思う。でも「おいしい」以上のオリーブオイルの違いはちょっと私には難しい。説明はできないけど、でも確かに、私が買ってきたやつと、いただきもののオイルは風味がだいぶ違う。これを私は今日もパンでたっぷり拭って食べるのだ。

一時期、揚げ物ばかりしてたことがあった・・・。オリーブオイルで葉物を揚げるとすごく美味しいのだ。血中コレステロール値がアウトになってから油脂の摂取量を控えてるけど、いつかまた食べたい、いいオリーブオイルで揚げた長命草・・。

エキストラ・バージン -世界一のオリーブオイル-(字幕版)

エキストラ・バージン -世界一のオリーブオイル-(字幕版)

  • スペイン・アンダルシアのオリーブ農家たち
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石川梵監督「世界でいちばん美しい村」3600本目

マグニチュード7の地震のあと、まだ復興していないネパールの震源地近くの村の状況を撮った、報道写真みたいなドキュメンタリー映画でした。

最近、ネパールのことが身近でよく話題になる。ときどき大久保のネパール料理店で600円の「ダルバート」(豆のスープ、カレー、漬物、ご飯の簡単な定食)を食べる。日本語教師仲間から、ネパールから親に連れてこられた子どもに日本語を教えるのに苦労している話を聞く。数家族で狭いアパート一室で暮らしていると聞いて心配になる。

一方で「日本の中のインド・ネパール料理店」という本を読んだら、ネパールから日本に働きに来て定住し、自分の店を開き、親類をたくさん呼んで北海道でも沖縄でも商売を拡大していくたくましいネパールの人たちの話も知った。

日本に来た彼らを、この大地震と結びつけて考えたことはなかった。断片的な知識を自力で結び付けるのって難しい。ウクライナから日本に来た人なら、みんな戦争から逃げてきたと連想するのに。テレビ局や新聞社の人たちも、インドネパール料理店で流行のスパイスカレーを食べるのに、日本で暮らす彼らに本気で興味を持って調べる人がすごく少ないってことじゃないかと思う。大きな災害は報道されるけど、そのあとの復興のことを知ることは少ない。「誰も見ないから取材しない」と思ってるかもしれないけど、もうちょっとがんばってみてくれたらいいのに。

数家族で暮らすことは、もしかしたら、別にすごく嫌なことじゃないのかもしれない。「幸せって何?」「豊かさって何?」と根源から考えてみると、欧米の高級食材を食べることが豊かなわけじゃないし、家族で仲良く暮らす幸せは世界中、人間でも動物でも共通の大いなる幸せだと思う。

・・・ということを踏まえても、この村だけが世界で「いちばん」美しいのかどうかはわからないなぁ。ブータンの子どもたちもマレーシアの子どもたちも、とても美しかった。石川さんは本当にそこが「世界でいちばん美しい」ことをタイトルにする必要があったんだろうか。その土地に住む人にとっては、そこが世界でいちばん美しいってことかな・・・。

 

高橋伴明監督「夜明けまでバス停で」3599本目

「PLAN75」と同様、これも誰かが作らなければいけなかった映画なんだろうな。最初に聞いたときは、おおげさだったり感傷的だったりしないといいなとちょっと心配になったけど、いい映画でした。実際に起こったシャロン・テート事件に対してタランティーノが「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」を作ったように、この製作者たちは、問題提起をしながら「こうあるべきだった姿」を作って見せてくれました。おかげで少し救われたような気がします。

実際の事件が起こったバス停は私の家から徒歩20分くらいのよく知っている場所。コロナで中止になるまで区の福祉施設にボランティアで通っていて、区の人たちが野外で暮らす人たちのことにも気を配っていると思ってたけど、あの時期はみんな屋内にこもっていて誰にも助けられなかった。気づいてあげられなかった。何もしてあげられなかった。・・・私がちょこちょこボランティア活動に参加したりしているのは、贖罪みたいな気持ちからかもしれません。

映画で撮影してるバス停は実際のバス停ではないし、被害者は60代だったし、「明日こそ目が覚めませんように」という言葉はある本に書かれたホームレスの人の言葉だし、いろんな事実やフィクションを組み合わせて映画は作られています。でも本当に、コロナで住み込みの飲食店の職を失った人って、私が会った人は、私たちと同じ、なんなら私よりよっぽど真面目そうな方でした。都庁下で食糧の列に並んでいる人たちは、ボランティアと一見、見分けがつかない人も多いです。(今は毎週700人も並んでます)この作品では、誰かを逆恨みするのでなく、自己責任?で爆弾テロを試みるのが痛快ですね。(「腹腹時計」という怪しく昔なつかしいタイトルの手作り冊子が、アナログというより”アナクロ”で素敵)

板谷由夏、片岡礼子、柄本明、根岸季衣もだけど、おばちゃんになったルビー・モレノも、嫌ったらしい上司になりきった三浦貴大も、覚悟した演技を見せてくれてとても良かったです。真面目な店長を演じた大西礼芳もいい。

目触りだといって殴打した人も、公判前に自分で命を絶ったんですよね、実際の事件では。そこまで周囲の変化を受容できない状態に病名をつけようとすればついたかもしれない。

怒りは強いけど、誰か特定の人たちに対する憎しみではなくて、むしろなんとなく大きな人間愛の感じられる作品でした。

 

早川千絵監督「PLAN75」3598本目

このテーマの作品はいつか誰かが作ることが決まっていたような気がするし、それが超高齢化社会を突き進んでいながら少子化対策も高齢者の政策も全然整っていない日本で作られたのは、必然なんじゃないかと思います。

映画好きな大勢の人たちに愛されてきた倍賞千恵子や演劇業界を引っ張ってきた串田和美が高齢者たちを演じるのもふさわしいし、彼らが演じる高齢者たちの置かれた環境も、こうであるだろうと想像できる。「PLAN75」のシステムは妙にかっちりしていて、政府が宣伝に力を入れていて、現場の人たちによるケアが行き届いているというのも、ありそうに思える。・・・それが残酷なんですよね。

安楽死の制度は高齢者に限らないし、超高齢化社会をもたらしたのは生まれて年を取っただけの市民たちじゃなくて、けっこうな税金を徴収しておきながらこんな社会にしてしまった政府なのに、被害者意識を持ってしまった人たちは真剣に政治を変えようとするより、年を取った人たちをどうするかばかり考えてるように見える。これ以上人口を減らしてどうする。問題のすり替えも甚だしくて、ものごとをよく、深く、考えることをなぜしないんだろうかと思ってしまう。

「死を選ぶ自由」を実現するシステムの問題と、高齢化対策は同列に考えちゃいけない。この映画が、それらを一連のものとして表現したものだと思い込むと、さらにおかしな議論が始まりそうで、考えない人たちの大きな声が怖いです。

磯村優斗の演じる感情の揺れもいいし、河合優実(2年前の「由宇子の天秤」では中学生役!)のいまどきの若い女性の感情の動きもよかった。だけど高齢化問題は、”誰かが死ぬと悲しい”みたいな感情で語っちゃダメです。死を選ぶかどうかという二択問題に矮小化するのもダメ。改善のための選択肢は、今まだ誰も気づいてないものも含めて無限にあるはずなのです・・・。

 

PLAN75

PLAN75

  • 倍賞千恵子
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オリヴィア・ワイルド監督「ドント・ウォーリー・ダーリン」3597本目

どうもオリヴィア・ワイルドとトニ・コレットを混同してしまいがちな私ですが、ワイルド監督の第二作がこんなサスペンス・スリラーだったりすると、ますますトニ・コレットの驚愕した顔が浮かんできてしまいます・・・

にしても、良い。映像のセンスがとてもいいし、懐かしげなアメリカのオールディーズ音楽のチョイスもいい。存在感があって、すべての虚構をリアルに感じさせるフローレンス・ピューはこの映画でもとても良いし彼女をこの作品の主役に選ぶのも大賛成。ここで主役をもっと弱弱しい不思議っぽい女性にしたら「ローズマリーの赤ちゃん」のミア・ファローとなって、観客が(どっちを信じたらいいかわからない)と思い始める効果があるけど、ここにフローレンス・ピューをあてると、賢くて強くてまっすぐな彼女に、観客(とくに女性)の多くが自分のこととして共感しながら進むはず。

この舞台はいつ、どこなんだろう。クラシックカーが走る時代、アメリカの砂漠近く、謎の兵器の開発が行われている地域の研究者の妻の物語なんだろうか。そういう前情報も、なにも与えられないのがまたいい。かなり周到に構築された世界に、いきなり放り込まれる。お前も一緒に体験しろ、と。この映画の真骨頂はここですよね。

<以下ネタバレともいえそう>

マトリックスなのかアバターなのか、”肉体”ではなく意識のなかで展開する理想郷、というテーマが使い古しだと思う人もいるだろうけど、ワイルド監督の視点は「ブックスマート」でもこの作品でも、怒れる現代女性。男の仕事の都合のために、キツくてやりがいのある仕事を勝手に奪って優しげに「君を幸せにしたい」と鳥かごに閉じ込める、だと?そんな男たちは、気づいてしまった女たちに刺されればいいのです(※あくまでも、監督を代弁しているつもり)。ここまでなら合わせてあげてもいい。でも私たちは私たちの道を行きます(←これは監督自身が演じている役柄の立場)。

ジェンダーって本当に不自由で、長年にわたって感じてきた違和感は異性にはピンとこないかもしれない。という意味で、この作品は結婚してもしなくても、仕事を続けてきた女性にこそ監督の熱い胸の内がわかるんじゃないかと思う・・・というのも私自身のいろんな偏見によるものかもしれないけど。

オリヴィア・ワイルド監督、いい。次作も大いに期待してます。

ジャン・リュック・ゴダール監督「アルファヴィル」3596本目

この作品、最近やっとVODで提供されたのかな?ふしぎとあちこちでタイトルを見ます。ゴダールは苦手分野だけどSF映画も撮るんだ・・・と思って見てみたら、そこが別の星だという設定になっているだけで、映像も演出もふつうにフランス映画でした。アルファヴィルという自由のない国の物語。しかしおおげさな音楽も、低すぎて芝居がかったナレーションも、やっぱり苦手だったなぁ。それでもなんとなく、テーマやストーリーを読むと見たくなっちゃうんだけど・・・。ううむ。

アルファヴィル

アルファヴィル

  • エディ・コンスタンティーヌ
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