映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

エマ・クーパー監督「知られざるマリリン・モンロー 残されたテープ」3628本目<KINENOTE未掲載>

マリリン・モンローの伝記を書いた作家が、残されていたインタビューテープを元に、彼女の人生と死に至った経緯をさぐるドキュメンタリー。

こんなに可愛い、誰もが愛さずにいられなかった女性が、どうして10回も里親を変えられたりするのか、どうして幸せじゃなかったのか・・・。こんなに愛くるしい人まで不幸では、夢が持てないよ・・・。

ケネディ大統領(兄弟)との関係とFBIの陰謀を疑う説は前にも見たことがあって、まさかそんなこと→いや、さもありなん→どちらにしても、一触即発のところまで彼女が追いつめられていたのは、その時点で確実だった と私の考えは変遷してきています。

直接の死因だけがその人の人生を語るわけではない、とも思う。

ハリウッドでじゅうりんされていたのが彼女だけとも思えない。弱さや優しさはすぐに利用される。せめて今とこれからの女性たちがみんなリスペクトをもって接してもらえるよう、彼女たちの意志が尊重されるよう、強く祈ります。

園子温監督「愛なき森で叫べ」3627本目

最初のほうはみんな、演技がかたいなぁと感じました。監督の初期の自主制作作品みたい。

椎名桔平が演じてるのは、面白い男だなぁと思うけど、「冷たい熱帯魚」のでんでんや「凶悪」のリリー・フランキーみたいな背中が鳥肌立つようなうすら寒さはなかった。怖くなかった。計算づくでちょっと抜けてる善人のように振舞う”人たらし”なら、もっとゾッとする人が身近にだって何人もいた気がする。映画制作倫理が厳しくなって、監督が以前ほど俳優を追い込まなくなったんだろうか?

園子温監督作品の、徹底的に追い込まれる感じがどこか快感で、最新作はいつも劇場ですぐに見てたけど、どこからか、物足りなくなってきた。監督がエスカレートしていったのは、そうやって期待値をどんどん高くしていった観客の私たちのせいなのかとも思う。

終盤になって、「熱帯魚」みたいな解体の場面とかは以前の作品のそういう場面と同等の気持ち悪さだったけど、終わり方もどことなくスッキリしない。悪が圧勝するのか、それとも裁きを受けるのか、あるいはさらに大きな何かがやってくるのか。過去の作品のエッセンスを全部混ぜたような映画で、各場面は迫力があるけど、全体がひとつになって大きな波みたいに圧倒してはこない。「ヒミズ」や「愛のむきだし」のような感動をいつかまた見せてくれたらなぁ。それとも、私の感覚のほうが慣れてしまって鈍ってるのかな・・・。

リン=マニュエル・ミランダ監督「tick,tick・・・BOOM!:チック、チック・・・ブーン!」3626本目

<ストーリーに触れています>

「イン・ザ・ハイツ」と同じ監督なんですね。で、原作となった戯曲を書いたジョナサン・ラーソンは「RENT」の作者。彼はこの戯曲とRENTを書いてすぐに亡くなってしまった。

この映画のなかで、主役のジョン(ジョナサンの略「Jon」)はジョナサン・ラーソンと同じように「SUPERBIA」という戯曲を書いてやがて認められます。ジョンの幼馴染のマイケルは、役者を諦めてマーケティングの仕事について成功。ジョンが焦って「僕にはもう時間がないんだ!」とマイケルに怒鳴る場面で、マイケルは「時間がないのは自分のほうだ」と自分がHIV陽性であることを告げます。ジョンは深く後悔して彼に詫びるのですが、SUPERBIAが認められたあと、この映画の最後ではジョナサン・ラーソンの急逝が語られます。時間がなかったのは彼の方。。。無意識の焦りには無意識の理由があったんでしょうか。

そもそもタイトルが、日本語にすると時限爆弾の「チッチッチ・・・ドカーン!」になるわけで、テーマ自体が「焦り」だと思うのですが、この「BOOM」は彼の大ブレイクでもあり、突然の終わりと取ることもできます。若いころって、自分が何者にもなれないまま時間だけ過ぎていくように思えて焦るもので、ジョンに共感してやきもきしてしまいます。

ちゃんと中年になるまで生き延びている私や同年代の人たちは、懐かしく甘辛くこの映画を見るのかな。それとも、ジョナサンのあるべきだった未来を思って泣くのかな。

とても切なくなるけど、キラキラ輝いて、希望で胸いっぱいだった瞬間が美しく、まぶしく感じられるのでした。

アンドリュー・ドミニク監督「ブロンド」3625本目<KINENOTE未登録>

これもNetflixでしか見られないやつ。マリリン・モンローに対する性暴力の実際の有無や表現に対する疑義がさかんに語られた問題作ということで、見るかどうかも迷ったけど見てみました。

アナ・デ・アルマスは適任だと思う。マリリン・モンローに似ているかどうかより、彼女の魅力は「赤ちゃんみたいな可愛いらしさ」がセクシーさより先に来ると思っているので、童顔で無垢なイメージがあるアナは理想的なキャスティングに思えます。

でもマリリンを滅ぼしたのがその可愛いらしさなんだろうな。とても悲しいけど、この作品は彼女に対してなんらか存在したはずの性暴力をやや増幅してみせて、一人の女性がどう追いつめられていくかを描いたのかなと思います。

あるいは、増幅ではなくて矮小なのかもしれないよね、もうすべてを語る人はいないだろうから、本当のことはわからない。美しく微笑む女性の心のなかに、どんな痛みがあったか。ここ数年のあいだにも、映画界の大物が長年行ってきた性暴力が明るみに出たりしているくらいだから・・・。

彼女が撮影現場などさまざまなところで常態を保てなくなる場面は、制作者の想像と誇張だし、むしろ平静を保っていても心の中はボロボロだったんだよ、ということだったんじゃないかと思います。見てて辛くなる映画だけど、妊娠して子どもを失うことに関連する女性の気持ちってこのくらい辛い(あるいはもっと)のではないかと想像します。ありえたかもしれない、誰もが目を背けていた世界を、マリリン・モンローという誰からも愛された存在を通して描いた、意味のある作品だと思います。

ジェーン・カンピオン監督「パワー・オブ・ザ・ドッグ」3624本目

<結末にふれています>

これは見ごたえあったなぁ。見る前にいくつか他の方の感想を読ませていただいたのですが、かなり違う印象を受けた気がします。面白いなぁ、多分もともとの興味の方向性とかで違ってくるんでしょうね。

最初は、カンバーバッチ演じるフィルが気味悪くて、キルスティン・ダンスト(年取らないなぁ!)演じるローズとジェシー・プレモンス演じるジョージの無垢さがひたすら傷つけられていくように思えたし、ローズの息子ピーターを演じたコディ・スミット=マクフィーは弱弱しくて印象があまりありませんでした。まんまと監督の意図にひっかかった! 

前半では、ピーターの”女々しさ”が荒野の男たちのなかで見下されているようで息苦しかったのですが、徐々にさまざまなことが明らかになっていきます。フィルが語る故ブロンコ・ビリーは男らしさの象徴というより、最愛の男の思い出だったのか?ピーターが花を飾ったり、フィルの水浴びを覗いたときの叱咤は、世間をあざむくための過剰な演出だったのか?・・・初めて人間らしい優しさを見せるようになったフィル。こうなると、彼のローズに対する意地悪の数々が、異常というより、同性に対する嫉妬のような、わりと見慣れたものに思えてきます。ここまでくると、フィルが集めていた動物の皮を売り払ってしまった場面で、ローズではなくフィルの心の痛みのほうに共感している自分に気づきます。

登場人物の心の動きの表現が非常に繊細で、クラシックな油絵みたいな作り込まれた映像もあって、途中からぐいぐいと引き込まれていきます。最後に悲劇が訪れるのですが、運命の鉄槌のように静かで、ピーターが読む聖書の「犬の力に支配されるな」という言葉だけで彼の痛みが語られます。深い・・・。

派手さや将来に続く希望はまったくないので、2022年のアカデミー作品賞には届かなかったのかな。でも監督賞はなるほどです。次回作も楽しみだなぁ。

バズ・ラーマン監督「エルヴィス」3623本目

この映画は、ショービズのきれいな部分を一枚めくったら見えるお金と欲を描いているけど、プレスリーの妖しい美しさは感じられなかったし、ワイドショーみたいにテレビっぽく思えて、あまり感動できなかったなぁ・・・。映画のタイトルは「エルヴィス」ではなくて「パーカー大佐」のほうが合ってる。オースティン・バトラーは熱演だけど、プレスリーの感情が私にはあまりつかめなくて、トム・ハンクスが彼だけでなく映画全体も支配してしまってるように感じられて。

感受性の問題かもしれません。スミマセン・・・。

エルヴィス(字幕版)

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リー・アイザック・チョン監督「ミナリ」3622本目

これもまだ見てなかった。1980年代に韓国からアメリカへ移住して農業に従事した人々の物語。1980年代なんてつい最近だ。Windowsだってバージョン1と2は1980年代の発売だ。私が中学~高校~大学と通学してた時期の話。「ジャパン・アズ・ナンバー1」が売れて高度成長期の日本が調子に乗ってた頃だ。

アメリカは韓国のことをどう見てるんだろう。同じキリスト教徒どうしならコミュニティに入りやすい、というわけでもなさそう。父親が熱く抱えていた希望と欲で成功へ突っ走ろうとしているけど、どうも順調とはいえない。穏やかだけど見ていて悪い予感がする。(「大草原の小さな家」を思い出すと、あの家でも長女が視力を失ったり、辛いことがたくさん起こってショックだったんだよなぁ)

人はどれくらい、何度くらい、絶望に耐えられるのかな。家族が寄り添って心を一つにしていれば、かなりがんばれる、のかな。がんばるしかないから、がんばれるのかな。

とっても切なくて辛いけど、それでも頑張り続けるしかない。それが家族の愛情だし、それが生きるってことなのかも。彼らと、彼らのような家族すべてに幸あれ。と思います。

ミナリ(字幕版)

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  • スティーヴン・ユァン
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