映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

石川慶 監督「ある男」3636本目

アイデアは既視感がある。でも安藤サクラ、窪田正孝、妻夫木聡をはじめとする役者さんたちの演技がよくて、ぐいぐいと見せてくれました。出自を偽りたい事情のある人はたぶんたくさんいて、それぞれに深くて暗い物語があるから、まだまだ映画はこのテーマを語りつくせてないと思います。

葬式にやってきた夫の兄(眞島秀和)と、妻(安藤サクラ)とのやりとりとか最高。「写真がないですね」(最初はスルー)「写真とか置かないんですか」「ありますけど」「え、これ弟じゃないですよね」「夫ですけど」「違いますよ」「夫ですよ」「いや全く別人です」「え、そんなに変わりました?」「変わったとかじゃないですよ、違う人です」・・・みたいな、いかにもありそうな、お互いの信じていることのすれ違いが、自然で引き込まれます。

柄本明の癖のカタマリみたいな演技にも持っていかれますね。

ただ・・・一番最後の、妻夫木聡がどこかのバーで他の客と話す場面。あれをどう捉えるか。「蛇足」じゃないか?という気もします。みんなどう思ったんだろう。これから他の方々の感想も読んでみようと思います。

サイモン・アバウド 監督「マイ ビューティフル ガーデン」3635本目

これは那覇から戻ってくるANAの機内で見た。機内で映画を見る時代が戻ってきたのね、としみじみ・・・。那覇や石垣行きでもなければ、国内線でちゃんと映画一本見切れないもんね。

この作品はとにかく、ヒロインのベラを演じるジェシカ・ブラウン・フィンドレイの姿の印象が強い。なんて強い、ブレない表情の人なんでしょう。日本でいえば石橋静河をちょっと思い出す存在感。鉛みたいな土星みたいな重力感。そこにいたら絶対じっと見てしまいそう。彼女は「イングランド・イズ・マイン」でモリッシーを導いた女性であり、「ガーンジー島の読書会の秘密」でかつて活動した意志の強い女性でもありました。ダウントン・アビーとかのTVシリーズは見てないけど、目立ってたんじゃないかなぁ・・・。

偏屈だけど優しいアルフィー老人は愛すべき人だし、アンドリュー・スコット演じるモリアーティじゃなくてヴァーノンはいい奴だし、ベラが好きになる不器用でちょっと変わったジェレミー・アーヴァインは可愛い。英国がこうありたいと望んでいる英国のあり方だ。リアリティじゃなくてファンタジーの世界。ファンタジーの世界にこんなに重いヒロインか。興味深い。

特筆すべき点を見つけづらい作品だけど、美しい庭園のなかのヒロインの映像が妙に頭に残る、不思議と心地いい作品でした。

マイビューティフルガーデン(字幕版)

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  • ジェシカ・ブランウン・フィンドレイ
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三上智恵監督「沖縄スパイ戦史」3634本目

せっかくGWに沖縄で羽根を伸ばそうというときに、ついこういう作品を選んでしまう。やんばるの森で2泊する前の夜に、那覇で街歩きしたあと、ホテルの無料VODで見ました。本土のVODでこの作品を見かけたことはありません。今は世界遺産になった森を舞台に行われたかつての戦争。

しばらく感想を書くエネルギーが出なかったくらい辛い、小さいかわいい男の子のむくろたち。痛くて哀しくて切なくて。

思うのは、彼らに戦禍をもたらした軍部ってこの時点に至る前からすでに「カルト」だということ。なんの大義名分があろうと、捧げるのが彼ら本人であろうと他の民衆であろうと、死をもって何かを達成しようという考えが起こった時点で自分たちを疑ってほしい。

敵と味方という二項対立は、極悪人が自分以外の人たちを争わせて自分をその上に置くための戦略だということを、だまされやすい日本人のわたしたちも、みんな気づかないといけないと思う。カルトは悪い、だまされるやつも悪い。でも、カルトを始めた者はもっと悪い。私たちは、強い立場で間違ったことを言う人たちにちゃんと反論できないといけないのです。

こういう映画を見てショックを受けたら、ばくぜんと彼らを傷つけた誰かを憎むだけじゃなくて、誰が何をしたからこんなことが起こったのかを追求する気持ちを持ち続けなきゃ、と思います。

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トム・ジョージ監督「ウエスト・エンド殺人事件」3633本目<KINENOTE未登録>

立派な20世紀FOX映画だけど、日本で劇場公開されなかったのでKINENOTEには載ってません。(Netflix作品を1日でも公開すれば「映画」扱いだったりする、この扱いの不均一・・・。)

実は一度VODで課金したのに、ちゃんと見ないうちに期限切れにしてしまいました。これがJAL国内線で見られたので、改めて見直した次第。

主役がサム・ロックウェル警部とシアーシャ・ローナン巡査、エイドリアン・ブロディがイヤミな役で登場するサスペンス・コメディなんて面白いに決まってる・・・でも若干演出が大げさで、日本のテレビドラマっぽい気もします。

その一方で、ネタとして登場するアガサ・クリスティ「マウストラップ」って、元が小説じゃなくて戯曲で、クリスティ作品のなかでは、日本では有名じゃないほうだ。この戯曲を背景として知ってる前提で作られた映画なので、その点では日本では「ツウ向け」か。

楽しく見られる作品なんだけど、もうひとつ筋のヒネリとかトリックとかあってもよかったかな。

 

イ・ジュンイク 監督「金子文子と朴烈(パクヨル)」3632本目

見るのが辛いかな、と心配しながら見たけど、金子文子を演じたチェ・ヒソとパクヨルを演じたイ・ジェフンがあまりにもチャーミングで、普遍的な物語として見ることができました。映画の冒頭に、パクヨルの「日本の民衆には親しみを感じている」というセリフを置いてくれたおかげもあると思います。あと、当時の朝鮮人と同様に少し癖のある日本語とはいえ、日本を舞台に日本語を多用して制作してくれたことで、韓国映画で見る感情をもっと身近に共感できたかもしれません。

私は各国の王室や皇室は、自分たちで選んで生まれてきたわけじゃないのでニュートラルな立場をとっていて、この映画のなかの扱いで感情的にひっかかる部分はなかったけど、普段から強い愛着を持っている人には辛い内容かもしれません。

そもそもこの映画を探して見てみた理由は、ブレイディみかこの「両手にトカレフ」という小説を読んでみたら、金子文子の自伝をイギリス人の少女が読んで自分の境遇と重ね合わせるという内容だったから。金子文子って誰だ?というところからでした。生まれてからずっと、凄まじい境遇の中で生き延びてきた女性で、その中で助けてくれたり、自分らしく生きられる場に一緒いにてくれたわずかな人たちと過ごし、彼らのために戦うことは、彼女にとってそれこそが生きることだったんだろうなと思います。小説は金子文子の末期については書かれていなかったので、この映画を見てやっと全部つながりました。

カッコいいなぁ。どんな生まれ育ちでも、ここまで誇り高く、自分らしく生き抜くことができるんだ。今も、世界各国にも日本国内にも、信じられないくらい虐待されたり苦境に置かれたままの少年少女が、信じたくないくらいたくさんいる。いじめをなくそう、とか言ってるやつが被害者のリベンジでもするような気分で、自分より弱いものを虐げてる。虐げられたままの人たちに、「いじめをなくそう、理解しあおう」は絵空事だし、「信じられる大人に頼ろう」も簡単じゃないけど、こんな風に生き抜いた例を見せるのは、勇気を持たせることがあるかもしれない。革命活動をやって死ねとは言わない、自分なりの戦いをして、勝て。

自分ってまあまあ不幸だなと思うことがあっても、ウツウツとして日記を書くくらいで、文子みたいに外に出て自己主張したり、信じる人たちのために戦おうとはしてこなかった。残りの人生で、私にも何かできるだろうか・・・とか考えてしまうのでした。

文子の自伝を私も読んでみなければ。

 

吉野竜平 監督「君は永遠にそいつらより若い」3631本目

久しぶりにこういう映画を見た気がする。こういう、というのは、非力な傷ついた者たちの静かな諦念が、リアリティをもって伝わってくる映画、ということ。

現実の犯罪サバイバーのその後は、人の数だけ違うパターンを描くんだろうけど、物語のなかで描かれる彼ら彼女たちには、傷と一緒に静かに暮らす、傷を見せながら克服しようとする、傷にとらわれて苦しみ続ける、といったパターンが多いと思う。世間は加害者だけでなく、被害者のことも忘れてくれないし赦してもくれない。

現実の世界にはもうひとつ、何事もなかったように装って、強く明るく生きて幸せになろうとする、というパターンの人が多いと思う。過去の傷のことは一生誰にも言わずに墓場まで持っていく。唯一、遺書で告白するパターンなら物語にもある。夏目漱石「こころ」とかね。でも、人間、知らないことは再現できないので、ピカピカでキズひとつない幸せを手に入れるのは簡単じゃない。

そう、この映画のいいところは、無理に幸せになろうとか克服しようとか、誰もしないところだな。生も死もしずかでゆるやかだ。そして、若さゆえにみんなちょっと変に勢いづいてたり、手探りだったり、無知だったりするのも自然。

人間社会のなかで何があっても、生き続けてほしいと思う。会社や家族や恋人とかの恩恵がない人でも、生きててよかったと思えることはたくさんあるのだ。一人でもそれほど健康でも賢くもなくても、お日様は平等に降り注ぐし、そこそこ美味しい新鮮なごはんが食べられるし、美しい風景を見ることも、可愛い動物を抱きしめることもできる。変わらない恩恵は、そういう変わらないものからしか得られないし。変化し続けるものには期待せず、ときどき降ってくるものをありがたくいただけばいいのだ。

この原作者の本は読んだことがなかったので、さっそく読んでみたいな。攻撃するみたいに幸せを連呼する作品ばかりだと疲れるしね・・・。

 

ジョルジオ・グルニエ 監督「ブリティッシュ・ロック誕生の地下室」3630本目

タイトルは間違いではないけど、地下室っていうと密閉された倉庫か何か、少なくとも客を入れたりしない録音スタジオかなと思う。これはイーリング・クラブという、かつてロンドン郊外で一部のコアなブルースマニアたちを熱狂させたライブハウスのお話。

ブルースクラブだった時期は1950~60年代の一時期だけで、その後ディスコになったりしたけど今は存在しないようです。・・・って書いてるそばから、高まるテンションを抑えるのが大変。だってローリング・ストーンズやフーやクリームやジミヘンがこの店から生まれたんですよ!それほど当時の若者はアメリカのブルースに夢中で、初めてブルースの店ができたとたんに、猛者たちが結集して夢のようなコミュニティが生まれていった・・・。

なにが悔しいって、90年代に私はロンドンに半年も滞在して、このクラブがあったEaling Broadway駅も何度も乗り降りしてたんですよ。マーク・ボランのお墓は探したけど(※結局到達できなかった)、こんなクラブ(当時はもう跡地)が目の前にあったなんて、なんで知らなかったんだろう。アンプのマーシャルもこの辺にあったなんて。あの地味な駅へと、彼らがロンドン中心部から下りのセントラルラインに乗ってはるばる通ってたなんて。

Time Outとか買って、Mean Fiddlerでウィルコ・ジョンソン・バンド、Town &Country Clubでニナ・シモン、Earls Courtでダイヤーストレイツを見たり、そういえばマッドネス主催のMadstockっていうフェスにも行ったけど、少し昔のレジェンドの歴史のことは、私が情報を入手できる範囲を超えてました。ああ、あの頃のロンドン。こんなに音楽から遠ざかる日が来るなんて想像できなかった。。

また自分語りになってしまった。すみません。

アレクシス・コーナーは名前を聞いたことがあったけど、シリル・デイヴィスは知らなかった。パワーあふれるボーカル、なんて普通のルックス(失礼)。惜しい、なんというボーカリストがいたんだ。惜しすぎる。

私みたいに何かに夢中になるのに時間がかかる者は、大概の同時代のシーンに乗り切れず、すこし前の音楽ばかり聴きがち。しばらく行かなかった間に、ロンドンはきっとスポーツバーの多い、昔とは全然違う街並みになっただろうし、私は「住んでいる人」から「住んでた人」、「住んだことがある人」、いやもう何も関係のない通りすがりの観光客だ。身内だと思っている人たちや、故郷だと思っている場所には、おっくうがらずに会いに行きつづけないとダメだな・・・。

今年こそ久々に行けるかな、ロンドン。