映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

山口淳太監督「リバー、流れないでよ」3764本目

何これ面白い!タイトルから内容がまったく想像できなかったけど、それよりさらに意外な内容でした。連休ひまだし、なんとなくU-NEXTで作品を見繕ってみて、コメディということで気楽に見始めたけど、すんごく普通の温泉旅館の日常もののように始まり、ひたすら普通の旅館の人々が異常事態にあたふたするのがなんとも可笑しい。藤谷理子、いいですね。マンガの主人公みたいに普通っぽくてちょっと子どもっぽくて可愛い。なんと、このロケ地の旅館、この人の本物の実家なんですね!ずいぶん階段を上り下りさせられたけど、いちばん走り慣れてるのが彼女か・・・。というより、彼女の実家が旅館である、ということをヒントにして、当て書きした脚本なのかな??

タイムループっていう設定を、昔ながらの日本映画やドラマの舞台になっていた温泉旅館でまったりと繰り広げた、ミスマッチの傑作でしたね。オチのつけ方は、まぁしょうがないのかな。永遠にループし続けるわけにはいかないから、何かSF的な結末をつけるしかない。でも結局のところ、「もしxxだったら」人間はどんなふうに本性をあらわにするのか?という原始的な命題がおおもとにあると思うので、老若男女、古今東西、誰が見ても楽しめそうな作品ができたと思います。

 

ボニー・コーエン監督「不都合な真実2:放置された地球」3763本目

堂々としていて、公明正大そうなこの雰囲気、加山雄三とか杉良太郎みたいだな。などと、本筋でないことを考えながら見ていました。

前作を見たときは、ここまで環境問題っていう一つのテーマを追求しつづける政治家がいるのか、すごいな、という驚きがあったけど、今回は驚きというより、継続は力なり、と思います。この人もう一度大統領選に出ればいいのに、バイデンよりだいぶ若いでしょ、と思って調べたら、現在バイデン81歳アルゴア76歳、いうほど大差はなかった。

前作が2006年、これが2017年か。3作目が作られるのは2028年頃だろうか。今は2006年よりも地球温暖化の影響が目に見えて明らかになってきて、日本でも問題のことを知らない人はいないと思うけど、新しい事実や現象はどんどん生じてると思うので、作り続けてほしいな。継続は力なり、だから。

セルジュ・ゲンズブール監督「ジュ・テーム・モワ・ノン・プリュ」3762本目

パリの街角で、ゲンズブールがジェーン・バーキンとひたすら絡むような、都会的で密室内で繰り広げられるイヤらしい映画かと思った。全然違いました。みょうに牧歌的な音楽、これフランス?と思うような地方のゴミ捨て場やドライブイン。ホテルの室内にいても部屋は広く外光が入って明るい。そもそもゲンズブールは出てないし、ジェーン・バーキン(ジョニー)は好きな人ができるけど相手はゲイカップルの片割れだ。彼女の少年のような魅力を、男が好きな男はどう感じるんだろう?という疑問から1本映画を撮ってみた、という感じでしょうか。

さまざまな感想を読ませていただくと、「汚い」という人が多いですね。先にそれを読んで構えていたからか、私は全然汚いとは感じなかったなぁ。娘シャーロット・ゲンズブールの出演作品なら「二ンフォマニアック」みたいな激しいのもあるし・・・。

性的魅力って胸の大きさに比例するわけじゃないんだな、(比例する種類の魅力もあるだろうけど)と改めて認識しました。ジェーン・バーキンやっぱり可愛い。

 

荒井晴彦監督「花腐し」3761本目

そうか「火口の二人」の監督の作品か。主役の女性がすごくさっぱりした雰囲気なのと、”濡れ場”が映画全体に占める割合の多さが共通している。…えっこの女優、さとうほなみって、「ゲスの極み乙女」のドラマー!だいぶ前にフェスで見たけどすごく上手かった。天は二物を与えた。脇役として、赤座美代子や、山崎ハコが出てるのも、なんか昭和の新宿感が出てて良いです。そもそもこの監督の作品には、作り物じゃない裏新宿感、みたいなのがあって好きだな。

それにしても綾野剛は、ネイティブ日本語話者の私にもほぼ聴き取り不能。一度見てもあらすじしかわからなかったので、二度目はテレビの前に座り込んでじっくり見ました。・・・なんかね、若いきれいな女のハダカが多すぎて、まるで「女囚さそり」か!と思うほど不適切にもほどがあるのが違和感だったけど、エネルギーが枯渇してしまったおじちゃんたちには彼女たちのあふれる生命力が必要だったのかな、としみじみ思いました。おばちゃんたちが韓流にときめくのと本質的には同じことなのかもしれない。ましてや、この映画のテーマは、いい女の喪失ですから。絶望して自分も後を追いたい、というところから、最後に綾野剛は立ち上がれるのか。・・・だから結末は荒業です。「アンダーグラウンド」の最後みたいに踊りだすとか、歌いだすとか、夢をみるしかない。

一方で若くて美しい女がどうして死んでしまうのか。借金したばかりの映画監督がどうして死ぬのか。・・・なんか何度も失敗して最後に成就した太宰治の道行みたいですね。あれはとにかく死にたい男がいて、一人では死ねなくて、割と知り合って間もない、心に闇を抱えた女と何度も心中を試みたのだと思います。こっちは、二人とも死ぬことばかり考えていたようには見えないけど、どちらも本当は絶望を抱えていて、呼応し合ってしまったのかな。とか、映画で語られなかった部分を勝手に補っています。

まぁ、欠落とか暗闇とか、誰にでもあるわな。それをずっと持ち続けることは、持病となんとかうまくやっていく、みたいなことだ。

それにしても、歌う祥子に見とれていた監督が、栩谷が立ち上がってデュエットを始めると目を逸らして、やがて画面から消えてしまうのがなんか切ないですね。そこからの心中と考えると、いつも笑顔だった彼の胸の内を思っていたたまれない気持ちになります。

いい映画でした。人間愛というか・・・女性全般への(欲望もありつつ)リスペクトと、男全般への「俺たちってダメだよな!」という温かさが伝わってきて、最後なんか泣けてしまった。

花腐し

花腐し

  • 綾野剛
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エドワード・ヤン監督「エドワード・ヤンの恋愛時代」3760本目

機会を見つけては少しずつ見てきたエドワード・ヤン監督の作品。これは見た記録がないんだけど、なんか既視感がある。1994年の作品だから、社会人になったばかりの頃にVHSでレンタルして見たのかも。いつかテレビで放送したこともあったかもしれない。

今日早稲田松竹に行ったのは、小説「月の満ち欠け」を読み直していて、劇場も気になるしその周辺の神田川や駅までの道を歩かずにいられなくなったから。何で今まで行かなかったんだろう、馬場でしばらく仕事もしてたのに。で、思い立った翌日にちょうど朝からこれを上映してたので行ってみたわけです。上映開始15分前に着いたら長蛇の列。チケットが買えてよかったけど、開始が少し遅れました。

この作品、1994年の台北といえば、私が初めて出張で行ったのがその少しあとだ。スタバができたり、女性の髪形が若い人からおばちゃんパーマでなくなって、町を歩く日本女性と地元女性の区別がつきにくくなっていったりした頃。この映画の中の女性たちは当時の最先端の美女たちだったのかな、スタイリッシュで美しいですね。シシド・カフカか菅原小春を思わせる「モーリー」ニー・シューチュン、オードリー・ヘップバーンまんまの可憐な「チチ」チェン・シァンチー。その恋人ミンはどこにでもいそうな普通の好青年。モーリーの裕福な恋人アキン、彼に取り入ったり、いい女に片っ端から手を出すメガネのラリー。モーリー、チチ、ミンの同級生だった、芸術家気取りの映画監督バーディーは盗作騒ぎ。盗作された小説家はモーリーの姉の別居中の夫。モーリーがクビにした女優志望のフォン、ミンの離婚した両親のそれぞれのパートナー。人間関係がめちゃくちゃややこしくて、だいたいみんなステディなパートナーの他の誰かに心が動かされたり手を出したり出されたりして、混迷を極めています。ついていくのがやっとで、常に「えーっとこの人は誰の何だっけ」と考えながら見ていきます。でも、「モラル」をとっぱらってみたら人間の心の動きってこんなものかも。とっぱらったように見えるモラルに、彼ら自身はがんじがらめになっていると意識していて、高度成長期の台北で何を大切にすればいいのかわからずに戸惑っています。

彼らの心の動きに、なんともいえず共感してしまうんですよね。説明が難しいけど。翻弄されながらも、心がまだやわらかい。ウォール街のエリートビジネスマン、みたいな冷たく乾いた欲望じゃなくて、最先端の場所ではあるけど、完璧に着飾っているけど、中身はまだ少年少女たちで、多感な彼らが、昔の台湾と今の世界のはざまでがんばっていて。

設定だけぱっと見ると、当時の”トレンディドラマ”のようで、だから邦題が「恋愛時代」なんだろうな。当時の日本のドラマも、もっと今よりは泥臭かったと思う。

今は、誰かを好きになること自体が「怖いこと」になってしまってないか?本当に好きだと、好きじゃない振りができないから。お行儀よく、カッコ悪く見られない自分を保つには、心を動かさないほうがいい、というように。

最後の場面、完全に気持ちをもっていかれましたね・・・。もしや、そうなるといいな、と思っていたらそうなった、という終わり方。その後もチチとミンは一緒にいながらも、心が離れそうになったり、それぞれ誰か他の人にふらふらと行ってしまうこともあるだろうけど、ずっと大事にしていくものを確かめられた、という気がします。

大切なものって何だろう、と、自分を見まわしてみた観客も多かったんじゃないかな。心がじわっと温かくなる、さすがの名作でした。

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  • ニー・シューチュン(倪淑君),チェン・シァンチー(陳湘琪),ワン・ウェイミン(王維明),ワン・ポーセン(王柏森)
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片岡翔監督「この子は邪悪」3759本目

<ネタバレあります>

TSUTAYAの企画コンペ入賞、と聞いて、誰が企画してどのように映画化されたのか?と思ってTSUTAYAのサイトを見てみたら、片岡監督自身の企画で、彼自身が脚本と監督をやったんですね。監督としては初めての作品だけど、商業映画の脚本を多数書いた経験がすでにあります。それでなんとなく納得しました・・・サスペンスホラーものって、だいたい相当の無理があるもんだ。A24の高く評価されてる作品だって、筋を要約したものだけ読んだらたぶん、無理無理すぎて白けてしまうかもしれない。それをベースにどう観客を引き込むかは、演出の部分にかかってるのだ。つまり、無理無理とはいえアイデアは面白くなりうるものだと私は感じました。

もっと面白くなりえたポイントは他に、見た目に既視感があって従来の日本の家庭ホラーの舞台を踏襲しすぎてる気がするのとか、玉木宏のインパクトというか圧がありすぎて、画面を支配しがちなので、これがめちゃくちゃ地味でやさしげなおっさんだったらもっと怖かったかもとか。

「母」のホクロに気づいて顔に触ったら目玉がぐるぐる回るのとか、この映画では不要だと思うけど、プロデューサーか誰かが「もっと派手な演出を混ぜなきゃ」みたいなアドバイスをしてしまったんだろうか。あの部分ちょっと浮いてましたよね。

タイトルの「この子」って誰だろう?がラストでわかるんだけど、もう少しなにか・・・なんだろう。感動するほどの驚きがあったらいいのにな。企画のときのタイトルは「ザ・ドールハウス・ファミリー」だったらしい。何か違う味付けをしたこの作品を、たとえばどこか外国でリメイクしたのとか、すごく見てみたい気がしています。

 

武内英樹 監督「翔んで埼玉 琵琶湖より愛をこめて」3758本目

国内便のフライトでも、羽田那覇便くらい距離があると映画1本見てしまえる。・・・はずだったけど、疲れた帰路だし空港でオリオンビールを飲んだとなれば、途中で寝てしまうのは当然・・・最初は「今回も超おもしろ!」と盛り上がってたのに気を失っていたようで、巻き戻して見直して、最後は飛ばし飛ばしなんとか結末まで見ました。

振り切った演技や演出、極端な美術など、魔夜峰央的な世界をとことん(勝手に)作り上げていてアッパレですね。ネタも、埼玉がこうなら関西ならこうだという、日本人の誰もが潜在意識下に持っている、偏見?と考えだすと二度ともう口に出せない絶妙なイメージを「ほーらこれだろう」と見せてくれて、なんとも気持ちいいです。飛び出し坊やとか・・・。

GACKTと杏はりりしくてカッコよく、堀田真由や朝日奈央、和久井映見は天然っぽい可愛さがフルに出てるし、アキラ100%はしばらく「この人知ってるけど誰だっけ」と考えてしまうほど普通に埼玉のお父さんだし。・・・でも、ネイティブ関西弁の愛之助&紀香の夫婦+川崎麻世も最高でしたね。(藤原紀香や沢口靖子は、関西弁で話してると演技がうまく感じられる。いつもだいぶ無理して標準語を話してるんだろうか)

さあこれで終わりなのか次があるのか。これ九州ネタでも作れるけど、埼玉や滋賀ほど面白く作るのは難しそうだな。大分vs佐賀なんて誰が見る?(←自虐)