映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

リン・ラムジー監督「少年は危険な弓を射る」4061本目

「怪物の作り方」ってタイトルにしたい。抱きしめるのが遅すぎた。

残虐な場面を極力避けているので、何が起こったのかわかりづらい場面が多いですね。だから邦題はタイトル落ちみたいにわかりやすくする必要があったのかもしれません。でも原題の「We need to talk about Kevin」もいいなぁ。彼の行状を、ではなくて、一つ一つの出来事の積み重ねで、どうやって彼が形作られてしまったかを、ちゃんと話す必要があった、これからでもいいから話す必要がある、のかもしれません。

悪って世の中からつまはじきにされたり、家族からさいなまれたり、いろんなことで醸成されていくこともあると思います。もっと言うと、まったく悪いことをしていない人を悪人扱いすることで、世間的にその人が悪人になってしまうこともあります。悪い子扱いをされつづけて、こんな少年に育ってしまったケヴィンはものすごく素直な人だったのかも。

ティルダ・スウィントン若い。といっても当時すでに50歳くらいにはなってたのかな。今も年齢不詳で若々しいです。この人とデヴィッド・ボウイはもしかしたら、半分くらい宇宙のどこかの血が入っていて超人類なんじゃないだろうか。この作品では彼女は(つめたい母という欠点が与えられているとはいえ)さいなまれる方の役なんだけど、どうしても「デッド・ドント・ダイ」とかの、キーとなる異世界の人・感がぬぐえません。

ケヴィンは大きくなってエズラ・ミラーになってからは、目つきが本当の極悪のようで、なにかを秘めたような子ども時代からだいぶグレてしまった感じ。どうしてもっと早く手を打たなかったんだ、と言いたくなります。でも徹頭徹尾彼の味方だった父と妹は…。激しく憎む相手のことを、人は一番強く意識して、もしかしたら一番愛しているのかもしれません…。

橋本忍監督「幻の湖」4060本目

犬殺しはそれなりに重い犯罪だと思うけど、恨みに人生を焼き尽くされてしまうのはよくない、こうなってしまうよ。という映画なんだろうか。

脚本家が撮った映画といわれても、人間性が浮かび上がってくるような気がしないし、ストーリーがむちゃくちゃだし、荒唐無稽で…っていうと映画を専攻した学生の卒業制作みたいなんだけど、それにしては他の部分の完成度が高すぎます。

こういう荒唐無稽なストーリーは、シリアスに作ろうとすると難しいのかな。アニメだけど時や場所を超える共通点のある「千年女優」は素晴らしいと感じました。もっとテンポよく、壮大なフィクションをドライブする気概で作れば…なんて、素人が想像するような簡単なものだとも思えませんが。(しかも、やっぱりカルトムービーと呼ばれるだろうと思う)

Hikari監督「レンタル・ファミリー」4059本目

テーマはテレビドラマみたいだけど、話題になってるので見てきました。

じわっときたり、くすっと笑ったりする場面がいくつかあってよかったけど、全体的には、セリフが硬いところがあったり、日本の悪しき習慣からくる過剰反応(何としてもお受験に成功するためのレンタル父にしても偽の不倫相手にしても)がただ悪弊として平べったい描き方をされてたりするところに、愛とか人間味がいまひとつ足りない感じはありました。私も反発を感じるけど、もしかしたらあんな彼らにももう少しは、やむにやまれない事情や背景があったりすることもあるのかな、と。その辺が、ヨクワカラナイ日本人、というひとくくりになっているようで、映画全体の感動が冷笑で薄められているような気がします。

(Xでずっとフォローしている「レンタルなんもしない人」はレンタル・ファミリーの類似業種だと思うんだけど、依頼者の事情の深刻さにはいつも驚いています)

でもブレンダン・フレイザーの情緒あふれる表情や、柄本明や平岳大ののアクの強さ、ゴーマン・シャノン・真陽の演技の深さが、この映画を見る意義を大いに高めていると感じました。

血縁があろうがなかろうが、人と人の結びつきは時間と信頼によってはぐくまれるもので、逆に血縁だけが絆だと考えるほうがファンタジーなんじゃないかという気もしています。家族だから大切にする、のはいいと思うけど、その上にあぐらをかいては何も育たないし、他人でも長年大事にしあっていくうちにますます大事になっていくと思うので、思いと努力と時間を積み重ねていきたいものだと思います。

そういう意味で、”嘘から出た実”ってことで、偽ジャーナリストにはその筆名でハセガワキクオの伝記を本当に書いてほしいなぁと思ったのでした。

ルイ・マル監督「五月のミル」4058本目

これ、1989年の公開当時に劇場で岩波ホールかシネセゾンかどこかで見たんじゃないかな。「ゴーストバスターズ」くらいしか映画館では見なかった貧乏学生の私が、多分就職を意識して日経新聞を購読していた頃。日経の映画欄で毎回いい映画を紹介していて、確か星の数で評価してたんだけど、たまに満点の作品があって、そういうのは見に行くことにしてました。「バベットの晩餐」とかもそうやって見たかも。名作揃いで信頼を置いていました。

「五月のミル」は、当時それほど”わかった”とか”よかった”って思った記憶はないけど、今までに見たことのない不思議なフランスの田舎のろくでもない大人たちの世界が、ただ新鮮だったように思います。フランス版「お葬式」みたいな印象だったかも。

って書きながらなんだか「ブルジョワジーの秘かな愉しみ」とか連想します。ミシェル・ピコリは思ってたほどおじいさんじゃなかった(このとき65歳)。ミュウミュウがおしゃれで素敵、”薄情な実の娘”キャラはイザベル・ユペールでも互換性がある。(cf.愛、アムール ほか)

それでも、今でも「五月革命」のことはまったくわからず、今はWikipediaがあってよかった(数年後には「ChatGPTが、」って書くかな)。「五月革命のときのブルジョア独身中年ミル氏の数日間」ってことだったんですね。いまさらだけど、じつに大人の映画だなぁ。初見の際に(フランスの大人たちは親戚筋だろうが誰だろうが、すぐに手を出すし、死者を大事にする気持ちはないのかしら)と思ったのは覚えてるけど、革命で右往左往するだけのブルジョアや、ブルジョアの出でありながら革命ごっこをする若者、そういったものも含めて人間って愚かだよね、とカラッと笑う映画なんだな、と感じます。意外と細部まで覚えてました。こういうコミカルで皮肉たっぷりの、フランスの群像劇って好きだな。あざ笑うというほどの冷たさがなくて。

こういう映画を気軽に見直せるのもVODのありがたみですね。今日もありがとう、U-NEXT。(TV上のアプリが調子悪くなって今も映らないけど、コンテンツがよすぎるのでPCつなげてでも見ます)

タイ・ウェスト監督「MaXXXineマキシーン」4057本目

X、パール、マキシーンときて、ミア・ゴスの怖さがここで極まる!と予想(期待?)して、体調を整えて時間がゆっくり取れる今、やっと見てみました。

が、マキシーンわりと普通。ちょっとワルっぽいくらいで、この程度ならタランティーノの映画なら冒頭でやられてしまいそうなキャラです。あのどす黒さはどこへ行ったんだろう。逃げ惑うマキシーンじゃなくて、逃げるふりをして極悪のかぎりをつくす彼女が見たい…と思っていたら、結末は…そういうことなんですね。でも、悪魔祓い的なものはこのシリーズにはあまり持ち込まないでほしかったなぁ、特に加害者サイドには。

フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドの音楽はきらびやかなハリウッドの表と裏、にふさわしい。ベティ・デイヴィスの瞳も、なつメロだな~。

一つの映画として破綻はないんだけど、今まで盛り上げてきた期待とちがう、という気持ちはぬぐえないのでした。頭のどこかで、ミア・ゴス主演のもっと怖い映画がこの先いつかできるといいなと思っている…。

 

ローズ・グラス監督「愛はステロイド」4056本目

クリステン・スチュワートが、「トワイライト」やそれ以降の作品とは違ってナチュラルで素敵。男を相手にしなければならなかったときは違和感があったのかな、今のほうがいい。

この作品って、タイトルがコメディみたいだし、ケイティ・オブライエンの筋肉がすごすぎて、軽い感じで見始めそうになったけど、キネ旬9位なのでシリアスに味わうつもりで見ました。

ステロイドを打たなくても、女性でもこんなに筋肉が付くことがあるんだろうか。ステロイド打ってても、こういう大会は薬物チェックはナシで入賞するのかな。

姉の夫のことは、ほんとにクズだと思うけど、姉が泣き崩れるのを見ると、あんな男でも愛してたってことなのかな、と。このままいけば彼女、殺されてたかもしれないけど、それでも夫が生きてた方がよかったのかな。

ステロイド打ちすぎると狂暴化するのかな…。パパを襲う場面では「サブスタンス」を思い出したけど、これもまたひとつの女性怪獣映画なんだろうか。

最後の最後、エンドロールに続く部分の昔のシンセサイザーみたいなチープな電子音楽は「ナミビアの砂漠」を思い出して、また複雑な気分になってしまいました。

新しいのは確かなんだよな。シスターフッドというよりこれは強烈に惹かれあう恋愛関係の二人なんだけど、女と女が狂おしく、つまらない男たちを襲うという意味では「テルマ&ルイーズ」のをもっと破滅的かつ乱暴にした物語ともいえるかもしれません。

女がもっと肉体的に強くなったらどうなるんだろう?の初期の解答の一つ、という感じ。アマゾネス、とか架空の物語のように聞くことはあったけど、もっともっと強い女が多数現れる映画もこれから作られるのかな。ちょっと見てみたいです。

※最近、U-NEXTで吹替がついてる作品が増えたような。今まで一切吹替は見なかったけど、目が悪くなってきて…。これも吹替で見ましたが、違和感ないし、字幕より没入感が高まる気もします。しばらく、吹替があるものは吹替で見るかな…。

愛はステロイド

愛はステロイド

  • クリステン・スチュワート
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アレックス・ガーランド監督「シビル・ウォー アメリカ最後の日」4055本目

近未来のアメリカ内戦を想定した作品、か。わりと唐突に、”みんなもうすでに内戦に慣れている”状態で映画はスタートします。場面によって、スピーディに、あるいはあえてゆっくりと進む。やけにおしゃれな音楽、ときどきドキッとする残虐さ。…この感じ、「28年後」をほうふつとさせて、既視感すらちょっとあります。大人と子どもの二人が中心のこの構図も。だから、多くのレビュアーさんたちの驚きやガッカリは少ないかもしれません。

近代の戦争はアメリカが主導あるいは参加してるものが多数だと思うけど、戦地にならず安全なところからえらい人たちが指示を出すのがこの国の大きな特徴だから、国内で殺戮しあう戦争を映画で描くのは、今ないものを作って見せる映画ってメディアでは当然予想されたことだ、とも思います。ほら、自分とこでやられたら嫌でしょう?って。

逆にいうと、驚きポイントを逃してしまったので、それほど意外性のない映画体験になってしまったかもしれません。

キルスティン・ダンストがすっかり貫禄ありますね。ジュリエット・ビノシュも「おやすみなさいを言いたくて」ではプロのフォトグラファーに見えた。シャルロット・ゲンズブールもやってたっけ?

けっこう面白いんだけど、なんだろうこの感じ、と考えてみたら、テレビゲームみたいなんだ、この映画は。Haloみたいなアメリカ製のゲームタイトル。仲間がいて敵がいて、リラックスしてる場面があるけど敵に対してはかなり残虐。だけどどこかコミカルでリズミカル。エンディングはバッドもグッドもありうる。特徴的な命の軽さ。もしかしたら、大人が大真面目に見る映画じゃない、のかもしれない。「ファーゴ」を見たとき、コーエン兄弟って人が悪いな、と思ったけど、それよりもっと戦争が軽い。これがゲーム世代の感覚なのかもなぁ。その軽さが新しいという意味では、歴史上意味のある作品なのかもしれません。