映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

ジャン・ピエール・メルヴィル 監督「サムライ」4070本目

この監督の作品は「恐るべき子供たち」しか見たことない。(「リスボン特急」はマイリストに入れっぱなしだ)この作品は、映画館で近日上映のポスターを見たんだけど、U-NEXTに入ってたので早速見てしまいました。

感想をいうと、アラン・ドロンが大変美しく、イメージ通りのトレンチコートと帽子、女たちとのかかわりは当然あるけどクール。孤高の殺し屋なので誰ともつるまない。きっとちょっと悲劇的。…と、すごく予想通りではありました。それほどストーリーに起伏はなく、パリの街角や美しい人たちをうっとりと眺めていました…。

服装にしても、驚きや意外性はなく、本当に予想と同じ。むしろこの映画がオリジナルで、その後の作品はこれをみんな踏襲したと言われたら納得しそう。

「恐るべき子供たち」は萩尾望都のマンガからのつながりで5年前に見てました。あっちの方が癖があって、かつ衣装が特に美麗で(クリスチャン・ディオールがデザイン!)印象が強かったです。

サムライ(字幕版)

サムライ(字幕版)

  • アラン・ドロン
Amazon

ヨアキム・トリアー監督「わたしは最悪。」4069本目

タイトルだけ見て「フランシス・ハ」みたいな作品かな、面白いだろうけどもっと時間ができたら見よう…みたいな気持ちで後回しにしてました。が、「センチメンタル・バリューがとても良かったので、優先順位を上げて鑑賞。

まず訂正。「センチメンタル・バリュー」までヨアキム・トリアーはラース・フォン・トリアーの息子だと思ってたけど、Wikipediaによると”遠縁”だそうです。失礼しました。(娘たちに悪い映画ばかり見せる父親像は、ラース・フォン・トリアーっぽいなと勝手に思ってた)

この作品がヨアキム監督と主演のレナーテ・レインスヴェの最初の作品だそうで、「センチメンタル」より5年分ほど若いレナーテがなんとも可愛く魅力的で、初々しさも感じさせます。…ただ、(と条件を付けてしまうのは年齢のせいか)夢見るお年頃はすでに過ぎてるんじゃ?とも思ってしまい、身を固めることへの恐れ、マリッジブルーとも言えそうな大きな不安から逃れるようにプチ冒険と新しい出会い、新しい相手だからきらめく瞳、ときめく心…そういう流れは、自分自身が枯れておばあさんになるまでずっと、相手が誰であっても同じことの繰り返しになるんでは…。出会いと別れを繰り返す人は転職を繰り返す人にも似て、その原因は外ではなく内側にあるのでは…と。

などと思いながら見ていたら、案の定。もし自分が彼女の立場だったら、周囲の人(つまり現恋人と旧恋人)の心を思いやって、言動に注意すると思うけど、あくまでも自分に忠実な彼女に羨望のような憎しみのような感情がふつふつと沸いてきますね…。この女、最低(おっと心の声が)

でも、男はきれいな嘘をつく女より、バカ正直な女のほうが楽なのだ。(単に、異性だから、という寛容さはあるかも)

もやもやしながら、それでも最後まで見てみようと思えたのは、タイトルがすでに「わたしは最悪(原題はThe Worst Person in the Worldらしい)」だから。

結末の、大人になって一人でいる彼女を見ていると、(それが人生だよ)というような気持ちになってきます。結局いい人でいても悪い人でいても、みんなだんだん枯れていって、悪いこともいいこともできなくなっていつか死ぬんだ。彼女は自分が世界一最低な人間だということをよく認識して、そのうえで、できることを粛々とやって生きている。一生、若い頃自分が傷つけた人たちのことを痛みとして胸に刻んでいる。取り返しがつかないこともわかっている。それが彼女の人生だ。…という演技ができるのってすごい、と思う。なんかラストで、一瞬、自分の心が彼女に憑依してしまったような気持ちで涙ぐんでしまった。

ほんとにダメな女なんだと思う。完全な人間関係を構築することが、彼女にはたぶんこの先もできない。仕事では成功をおさめているようにも見えるけど、多分自分では全然そうは思ってないんじゃないだろうか。比較するのは不適切かもしれないけど、一時期ぶいぶい言わせてたけど何かにつまづいて、今はホームレスになっているおじさん、に似た哀愁を感じます。(「ブルー・ジャスミン」のケイト・ブランシェットや「トラスト・ミー」のエイドリアン・シェリー、「ワンダ」のバーバラ・ローデンも思い出した)

別の生き方を、選べる人はたぶん選ぶんだけど、彼女はこうしか生きられない。なんか似た感じの女友達がいたなぁという気がしてきた。彼女はいろいろめちゃくちゃなんだけど、自分にうそをつかないし、人の上に立とうとか自分はえらいとか思ってないし、ただ自分らしくいようと一生懸命生きている。

彼女たち彼らは、生まれたときからネジが一本足りてない性格傾向で、現代的にいうと何か病名がつくのかもしれない。周囲に迷惑もいっぱいかけるけど、はたから見るよりずっと深く傷ついてもいる。「センチメンタル・バリュー」の映画監督の父も、一本足りてない人だと思えば、自分勝手な言動もしかたなく思えて…きませんか?

でこぼこの、どこか足りない私たちがひしめいてるのが世界で、凹凸がぴったり合う人に出会えるわけでもなく、一生でこぼこをぶつけ合ってるんだろうな。

なんか妙にたくさん書いてしまった…。

わたしは最悪。(字幕版)

わたしは最悪。(字幕版)

  • レナーテ・レインスヴェ
Amazon

ペトラ・フォルペ 監督「ナースコール」4068本目

とても評判がいいので見てきました。スイス映画で言語はおおかたドイツ語ですが、フランス語も混じってます。スイスでは両方の言語が使われているので、ナースは2言語できる必要があるのかもしれません。(移民の話すトルコ語は、わかる人を待たなければならなかったけど)

主役のフロリア・リンド看護師を演じたレオニー・ペオシュは、ミヒャエル・ハネケ「白いリボン」で若い教師が好意を持つベビーシッター、「セプテンバー5」ではテレビクルーを演じていました。大きな黒目がちの目が印象的で、だいたいどの役でも窮地にいるんだけど、場を暗くしない女優さんです。

それも関係してると思うんだけど、彼女は窮地でもおおむね冷静で、ミスをしても暴発しても、そんな自分を把握しています。自分を少し高いところから見ている自分がいる、という感じ。すごく緊張感の強い映画なんだけど、彼女のこのキャラクターに救われて最後まで見ていられます。

医師や看護師って本当に大変なんだよ!という映画やドラマって世界中にたくさんあるけど、ドラマチックな急病人とか大事故とかが起こりがち。この作品みたいに、比較的おとなしい患者や、急を争わない患者がほとんどの病院の平日でも、これほどの緊張と負担が日常的にあるんだよ、という静かな主張がじんわりと伝わってきます。

まったく同じ処置を同じ数、同じ重篤度の患者たちに行っていても、日本ではもっと笑顔ややさしさが求められるかも。休み時間に外でタバコとか吸ってたら(※何の問題もない)SNSに悪口を書かれたりしそうだし、人材不足はもっと深刻なのかもしれません。自分に多少でも余裕があるときは、できるだけ寛容でいたいものです。(そして、切れそうな自分を自分でゆるせる余裕も必要)

ラストはちょっと切ないような、やさしいような気持ちになりますね。言葉が通じなくても、なにか共有できるものがあるんだろうな。疲れている今だけ、見えるのかもしれません。この終わり方、女性監督だなぁと感じました。(男女の区別をするつもりもないけど、ゆるやかな傾向くらいはあるかもと思っています)

ヴィナイ・シュクラ監督「あなたが見ている限り真実は生き残る」4067本目〈KINENOTE未掲載〉

「アジアンドキュメンタリーズ」にとうとう加入してしまいました。半年以上前からXをフォローして、もう少しU-NEXTの作品を見終わったら…など思っていましたが。

インドの内政問題は、今も”カースト制度”が残ってるのかな、いや、そういえば「インド三大カーン」の一人、超スター俳優アーミル・カーンが主演した「PK」では現実にはムスリムの彼が、ヒンドゥー教とイスラム教の対立を仲介する宇宙人を演じてたな、ていどの知識しかなかったです。たくさんインド人の生徒さんを教えてるのに。

放送で真実を流すことが、禁止されてるわけじゃないけどできなくなっていく。日本も同じだと思ってる人も多そう。分断をあおり、自分たちに有利な世論へ導こうとする与党。それも聞いたような話です。

この作品の中心人物であるラヴィシュの所属するNDTVではヒンディー語でしょうか、インド国内の言葉が使われていますが、別の局のニュースは英語だったりします。インドは多民族国家で、同じ言語を解しない人たちがたくさんいるので、英語を共通言語として使っている、ということでしょうかね。ならなぜNDTVは、ラヴィシュは、英語を使わないのかな。その辺が、英語圏を味方につけてイスラムと自分たちを分断しようとする人たちに、有利に働いてしまっているのかな。

「PK」はすごく友好を志向するあたたかい作品だったけど、作られたのは2013年。このドキュメンタリーの公開は2022年9月(Wikipediaによると、撮影は2018年から2020年)なのでそれより5年以上あと。公開後の2022年11月にラヴィシュ氏はNDTVを辞めたとのこと(これもWiki情報)。理由は局が政府に近い大企業グループに買収されたからだそうです。「PK」後のインドは、分断の度合いを深めているということなのかな。

今はYouTubeチャンネルで自分の主張を公開していて、チャンネル登録者が今日の時点で1450万人です。(でも話し言葉も字幕もヒンディー語なので、映像から想像するしかないです)

大企業グループが分断をあおるのは、戦争はもうかるから、という理由が避けて通れないんじゃないかと思います。最近少しずつ半藤一利「B面昭和史」という本を読んでいて、第二次大戦に至るまでの日本、戦争中の日本、戦争が終わったときの日本、の普通の人々の生活について学ぶところが大きいのですが、実際のところ、世論操作をしようとする大本営があったとはいっても、戦争へと盛り上がっていった大衆の存在感はものすごく大きくて、人間ってよほど気を引き締めて暮らしていかなければ、あっという間に悪に飲み込まれてしまうと切実に感じています。

日々の生活にどんな問題があっても、大声をあげることがどんなに気持ちよくても、あおられた分断に乗っかって誰かを傷つけたらそれは自分の責任だ。と、一人一人が気を引き締めていなければ、おもいのほか簡単に戦争が始まってしまうのかもしれません。

本当に、もっともっと、勉強しよう。たいがいのことのヒントは歴史の中にあると思う。

ヨアキム・トリアー監督「センチメンタル・バリュー」4066本目

実にいい映画でした。沁みた。

ヨアキム・トリアーは、こんなにいい作品を作るようになってたのか。過去に「テルマ」「母の残像」を見たけど、ここまで打たれなかったので、それほど期待してなかったけど、深い円熟の境地って感じました。

長年映画を撮っていなかった監督の久々の作品。過去の作品に登場した女の子(次女)。自伝的作品。…で、国は違うけどビクトル・エリセ監督「瞳をとじて」を思い出しますよね?映画の中の女の子をずっと撮影して、その表情のわずかな変化を追っかけ続けるのも。

父と娘の葛藤を描いた作品はたっくさんあると思うけど、長女と同じ丸顔のハリウッドスター女優の登場、彼女の葛藤を通じて、他に逃げずに家族どうしで向き合う方向へ…という流れの中で、それぞれの人物の心情が痛切に伝わってきます。

最後にみんなのことが愛しく思えてくるんですよね。後回しにしていた自分の大切な誰かのことを、忘れてないだろうか、と考えたくなります。

若い人にもお年寄りにも、忙しく働く人にも、どんな人にも勧められる作品だと思います。

堀貴秀 監督(他いろいろ)「JUNK WORLD」4065本目

アマプラで見ました。前作「JUNK HEAD」より時空がめちゃくちゃ広がってるけど、ちゃんと統制がとれてる感じ。ちょっと可愛いくて、ちょっとグロいけど、今回もエンドロールの「堀貴秀」の行列をあぜんとして眺めながら、よくやったなぁと大拍手です。前作ではキャラクターの一部が幼すぎるなーと思ったのが、今回はいい具合の憎たらしさに感じられました。

全部で3部作なのかな。この作品自体も3幕に分かれていて、「別の視点」もあるのが面白い。こういう作り方だと、同じ場面を何度も使えて少しは楽にできるんだろうか。楽してほしい。

子ロビンの頭のカップと虫みたいなやつのキーホルダーが、監督のショップで売ってて、すごくいいけどちょっと怖かったです。

JUNK WORLD

JUNK WORLD

  • 松岡草子
Amazon

ヴァヒド・アルヴァンディファー監督「進化するアジアンコーヒー」4064本目〈KINENOTE未掲載〉

ドキュメンタリー上映会で鑑賞してきました。イラン制作の映画で、まずコーヒー発祥の話(カルディのコーヒーの袋とかにいつも書いてるやつ、アフリカ大陸でヤギが食べて元気になる赤い実を人間も摂取してみた…とかっていう)から、トルコからイギリスを経てイランに渡った主にアラビカ種のコーヒー、ベトナムで多く栽培されているロブスタ種のコーヒーなどを紹介してから、いわゆるサード・ウェイブ・コーヒー(ファーストはインスタントや安い豆の量産型→セカンドはスタバに代表されるエスプレッソ/ラテ→サードはシングルオリジンのスペシャルティコーヒー)の次に来るのは何か?ロブスタ種の品種改良に期待している…という流れでした。

コーヒーや喫茶文化についてはこの本に詳しかったなぁ。(増永菜生「カフェの世界史」

全体としては、イランで作られた映画なので、ベトナムの様子もペルシャ語で語られているのですが、アラビカ種とロブスタ種のコーヒー畑からの収穫、豆の精製の様子をちゃんと映像で見たのは多分初めてで、世界中のインターネットに今はもう、どんな映像でも載ってると思っていても、こういう嬉しい映像との出会いがまだまだあるんだなと思いました。

製作年度は2021年。ブラジルの大規模な不作のために豆の価格が高騰し始める前じゃないかと思います。不作もあるけど、国によっては、豆より収入がいい別のものに土地を転用しつつあると聞いたこともあります。カフェの豆の値段はもうびっくりするくらい高くなってるけど、この先安くなる日がくる気がしません…。

といっても日本の事情を追加すれば、サードウェイブどころか、日本にはファーストウェイブと同時くらいからスペシャルティコーヒーを出す店もたくさん出展されていて、ある日やってきたエスプレッソブームを経て、昔ながらの喫茶店がカフェに様変わりしただけ、とも言えます。昔から、何にでも凝りたがる日本人。今も昔ながらの形態を続けるみなさんにはリスペクトしかありません。(昨日も行って豆を爆買いしてきた)

コーヒーはずっと私の趣味のトップ(近く?)にありつづける予定。生産者のみなさん、カフェのみなさん、今後とも応援してます。