映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

新藤兼人監督「狼」49

1955年作品。

戦後さまざまな理由で失職して、まったく仕事が見つからない中年男女が生命保険の勧誘の仕事を始める。ノルマは6ヶ月の間に500万円分の契約を取ってくること。6ヶ月目に差しかかり、いよいよ食い詰めた5人は思い余って強盗を計画する・・・

新藤兼人作品を見たのは久しぶりです。派手な作品を立て続けに見た後だと、この地味な作品の重みがずっしりと胸にきますね。この人たちはこんなにまじめで立派なのにどうしてこう貧しいんだろう。どうして何もかも裏目に出てしまってうまくいかないんだろう。と感情移入をしてずるずるとはまり込んでいきます。このどうしようもない人たちに対する監督の目の優しいこと。

「うまくいかない奴はがんばりが足りないんだ」と平気で言う人は世の中にたくさんいます。励ましのつもりで「がんばればできるよ!」と言う人もいます。でもそうじゃないんだよね。逆上がりができなかったり、食べるのが一番遅かったり、何も言えなくてずっと黙っていたりした、小さい頃の自分を思い出してやりきれない気持ちになります。

「金は天下の回りもの」なのかな。この人たちが食い詰めている間に誰かがクジャクの団扇であおいでもらいながら昼寝してたんだろうか。・・・そんなに世の中単純じゃないか。

新藤監督の映画の中の人たちは、苦労して耐えて、耐えて、耐えて、耐えて、一瞬ぶち切れそうになるけどまた耐えて、耐えて、耐えることに慣れていきます。この映画の人たちは、はじけてかなり思い切ったことをしている、ように見えます。が、強盗したお金をそれぞれの貧しい家に持ち帰って、「牛肉買ってきたから久しぶりにすき焼きだ」「スイカ食べようか」なんて言うのが、切なくていけねぇ。もう、ビヨークの出てた「ダンサー・イン・ザ・ダーク」の世界です。後日談の部分が、長い、長い。むしろ決行後のことを描いていることがすごく興味深いです。そして、新藤作品の中でも群を抜いて、この映画は後味が悪い。一時的に大金を手にしたところで、すぐになくなる。貧しさにさらに後ろめたさが重なる。やっぱり犯罪はいけないのです。決してそれで幸せにはなれません。ああ、やっぱり新藤監督は道徳の人でした。でもとても面白い映画でした。常に実験的で、徹底的に真摯で、この人はアリのように生きることしかできない日本の私たちのことを本当によく知っている監督なんです。こういう映画を撮り続ける新藤監督の根性は、他のどの監督にも真似のできないものだと、あらためて思い知りました。以上。