映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

篠田正浩監督「心中天綱島」80

1969年作品。

近松門左衛門人形浄瑠璃(今は歌舞伎の定番的な演目)の映画化。タイトルを見て誰もが、不倫の果てに男女が心中していく様子を楽しみ?に見るわけで、心中する方もする方だけど喜んで見る方も見る方です。いまでいう、ケータイ小説のようなものでしょうか。世をすねた男女が切ない恋に落ちて、どちらかが不慮の事故か病気で死ぬ、みたいな。

おもしろい作品でした。
外国人が外から見たような日本的な美を、日本人たちが作った異色作、という感じです。人間ってのはあきれるほど愚かでせつな的だなぁと思う一方、常に画面のどこかにいる奇妙な黒子が場面に客観的な視点をもたらしていて、この美を自分たち以外の“観客”に向けて演出しているのは治兵衛と小春自身、という感覚を見る人にもたせています。

遊女小春の純情、義理でがんじがらめになっている紙屋治兵衛の弱さ。どうしてもこの人でなければと思いつめる、愛情というか執着というか性欲のものすごさ。夜中に墓場で髪を切り落とし、振り乱してもつれあう…というあさましさが、人の性というものなんでしょう。生命をつないでいくための営みは、父母たる男女の死につながっている。

紙屋治兵衛を演じるのは歌舞伎そのままに中村吉右衛門。優しくて情にもろい若旦那にぴったりはまっています。遊女小春と女房おさんの二役を岩下志麻。両方とも激情の女で、違うのは立場だけといっても過言ではない…と思います。

墨で書いた文字を拡大して壁や床に貼り付けた派手な舞台とか、“前衛的”な舞台美術なのですが、歌舞伎を見に行っていると思えばすぐにお芝居の中身に入っていけます。吉右衛門岩下志麻の演技が端正だし、ストーリーも歌舞伎通りだし、むしろクラシックな印象もあります。

歌舞伎に数回だけ行ったことがあるけど、最初はシアターに感動し、着物やメイク、その他しつらえに驚き…と一通り儀式のようなのが済んだらやっと中身に入っていって、誰誰が可哀想だとかあれはあんまりだとか、最後は筋に夢中になっていきます。この映画も、異端的な趣向を用いていても普遍的なストーリーの作品で、美術を楽しみながらも自然と、人間というものに思いをはせてしまう正統派の名作だと思います。

以上。