映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

川島雄三監督「とんかつ大将」231本目

1952年作品。
こういう名前のとんかつ屋ってありそうだなぁ。と思ってググったらいっぱいあった。

下町の“相談役”と慕われている、“とんかつ大将”。実は大臣の息子で医師だけど、横丁に下宿して原稿書きなどして暮らし、町の人たちに混じって好物のとんかつを食ったり、ちょっとしたもめごとの相談にのったりして暮らしている。町の病院の院長はお金持ちのお嬢さんが務めている。善意の人だが、町の人たちの気持ちに寄りそうことができない。とんかつ大将は彼女のこともためらいなく諌めるが、病院の増築のことでトラブルが起こり・・・。

男気のある「大将」を演じるのは佐野周二、このとき40歳。繊細なハンサムではなく、正義感あふれる男らしい男、というたくましいキャラクターです。ちょっと口がきつかったり、権力に強く刃向うあたりがリアル。でまたこの周りを固める人たちがとっても良い。バイオリンで流しをやっている「吟月」のちょっとわびしく、どこか熱い感じが素晴らしいのは三井弘次という役者さんです。このとき42歳。軽妙で腰の据わった演技が光ります。もっとこの人の演技を見てみたいなぁ。
吟月が憧れる飲み屋のおかみに角梨枝子。現代ふうの華やかな美人ですね。明るくて人情あふれる感じがよいです。病院長のお譲さんは津島恵子。美しく勝気で一本気なところがステキ。

そして、大将が出征前に言い交わしていた女性を演じるのは幾野道子。純粋でウェットで情緒的な女性です。彼女を“寝取った”大将の友人を演じたのは徳大寺伸。すねてひねくれた男をいやらしく演じ切りました。

・・・市井の人々の情緒を、重くならず明るさのある表現で描き、大将が大阪の父親の病気で町を去るところで映画は終わります。切ないけどがんばらなくちゃ、という気持ちが見る者に残ります。この、ちょっと心にぽっかりと穴があいたような・・・最高に幸せだった日々が終わってしまって、ありがとうさようならみたいな・・・この独特のどこか刹那的な感じが、監督の持ち味なんでしょうか。これ以外は「幕末太陽伝」しか見てないけど、もっと見てみたいです。

普通だけど素晴らしい映画でした。以上。