映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

ジュリアン・シュナーベル監督「潜水服は蝶の夢を見る」291本目

2007年のフランス映画。

記憶も失わず、考える能力も劣ることはないのに、左目以外の全身が自分で動かせない。脳溢血になる前、彼はパリで人気ファッション雑誌の編集長だった。左目のまばたきだけで文字を選んで、彼は自伝を書くことになる。

この映画は、最初からずっと、意識を取り戻したばかりの彼の視点で描かれます。なぜ言葉が出てこない?・・・まばたきでどうやって言葉を作るんだ?・・・まばたきをすると当然のように画面が暗転する。彼の全身が映し出されるのは、映画が始まってから40分も経った頃でしょうか。その辺りになると、彼はセンテンスを伝えることができ、映画は彼の言葉でストーリーが語られていきます。

しつこいほどに、粘着質なくらい丁寧に、その不自由さは再現されます。観客は否応なしに追体験をさせられます。ただ、彼の心の中で広がっていく想像(作家の妄想のような豊かなもの)の世界は、彼自身の感覚を生かして、豊かな広がりをみせます。それによって、この状態は苦しみの多いものだけど、ダサくはない、という不思議な感覚がもたらされます。これが日本映画でもハリウッド映画でもなく、フランス映画で本当によかった。

この俳優、見たことあるな〜と思ったら、「007慰めの報酬」で悪の総統グリーンをやった人でした。想像のなかの元気な彼は007のときの彼だけど、車いすの中の彼は、度の強い眼鏡の中の左目が拡大して見えて、子どものように無防備です。

私たちは、この人自身と言語療法士や忍耐強い編集者、それ以外にもたくさんの協力者のおかげで、この自伝に出会えてよかったと思います。映画にすることの意義が大きい作品で、さらに、映画で出会える人たちへの伝え方もよく考えてじっくり作ってあるいい作品だと思います。