映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

ミヒャエル・ハネケ監督「愛、アムール」331本目

この映画が退屈だと思う人がいたら、まだ愛を知らないか、苦悩を知らない人なんじゃないだろうか?
老々介護の映画はたくさんあるし、ストーリーに新しいところは何もないけど、それをどう描くかというところでこの監督は天才だと思いました。これは介護の映画じゃなくて、「愛って何?」と聞かれたときの答がこれなんだ、と思います。

感情を抑えきった演出のおかげで、エンドロールが流れはじめて映画から解放されたときに、観客の意識が自分自身に戻って来て、そこで自分が心を打たれたことに気づく。この瞬間が大きな賞を決意させたんだと思います。この終わり方、こんなふうに観客の感情を一挙に放出させるという演出は今まで経験したことがありません。

原題は「Amour」なので「愛、アムール」は馬から落ちて落馬するような邦題で、監督が単に「愛」とは何かを描き、それをタイトルにしたのをできれば生かしてあげてほしかった気がします。

二人や彼らを取り巻く人たちの演技も秀逸でした。夫はあの後、妻と二人でどこへ出かけたんだろうな。みんな生き生きと生きていて、好きだった人を失ったような気持ちになって、思い出して涙ぐんでしまいます。映画って見ながら、あるいは終わってすぐにウワッと感情があふれることがあるけど、こんなふうに残るのはすごい。

新藤兼人監督が「午後の遺言状」で描いた老々介護も素晴らしかったけど、それをさらに突き詰めて「愛」を中心に作りあげた感じです。監督自身の経験も何かあるんじゃないかな?あまりにも真に迫るものがありました。みんな同じ感動をするかどうかわからないけど、自分にとっては大切にしたい時間でした。