映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

小津安二郎監督「麦秋」434本目

麦秋ってのは、実りの秋って意味なのかな、と思ってネットで調べてみると、麦の刈り入れ時期の、梅雨前の季節を指すらしい。

まるまると太った麦の穂がさわさわと風に揺れる情景。
早く刈り取ってほしいけど、刈り取られたあとの畑を想像するとさびしくて、ずっとこのまま麦の穂を見ていたい。…そんな意味合いなのでしょうか。
そんな麦畑が必要だったから、舞台は都心でなく鎌倉なのかもしれません。

この家族が住み、都心の会社に通うのは北鎌倉。鎌倉って今でも遠い印象があるけど、新橋まで小一時間。この頃はもっとかかっただろうに。

小津監督作品は、「娘の結婚」がテーマになってるものがやけに多いし、全作品が「家族」を中心としてますが、当時の結婚ってのは女性にとっては「就職」に近かったんじゃないかな、という気もします。お給料(夫の収入)がいいほうがいいけど、社風(夫の人柄)がよくて、雰囲気(姑との関係)のほうが大切かも、、、とか。

原節子は、職場の上司である佐野周二のことが好きだったんでしょう?(ダンディだけど、彼女の親友とじつは浮気してる、おそらく既婚者)でも、結婚できないし、おつきあいしたいわけでもない。いつかは思い切らなきゃとわかってはいたはずです。

原節子淡島千景(当時28歳)の独身二人、プラス既婚二人の仲良し娘たちのおしゃべりの場面は、楽しく美しくにぎやかです。家族団らんの場面よりもさらにリアル感がない。現実にはもっと下世話でうるさいもんです。小津監督、女の集まりを美化してくれてありがとう。彼は家庭の幸せに恵まれず、家庭に憧れた人だったのかな。

印象に残った場面:
息子の嫁に、と話したときに杉浦春子から原節子
「紀子さん、パン食べない?アンパン。」

家族団らんの場面で流れる、オルゴールのような音楽。赤ちゃんのベッドの上に取り付けて、ぐるぐる回るやつみたい。

それにしても。「東京物語」で原節子の父親役だった笠智衆が、こんどは兄なんだ!
妻だった東山千栄子は、彼の母です!
実際の年齢は、この映画の1951年に原節子31歳、笠智衆47歳、東山千栄子61歳。
この映画で原節子笠智衆の父=東山千栄子の夫を演じてる菅井一郎は44歳!
笠智衆の妻役の三宅邦子は35歳か。
…これがなにを物語るかというとたぶん、小津監督が、役者の数の少ない劇団がやりくりするように、お気に入りの役者さんたちを常に使おうとしてたってことでしょうか。この役にはこの年齢幅の役者さんの中から探す…というのでなく。

なんだか、小津監督の「家庭」観に思いをはせてしまった作品でした。じんわりとくる名作です。