映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

黒澤明監督「乱」696本目

1985年作品。
始まって少しのところで、父と息子3人と側近達が座っている場面があります。「影武者」の冒頭と同じような配置です。が、あれほどカメラが引きではなくて、その後も映画全体を通じて、人物に寄った構図が多く出て来ます。「影武者」はモスフィルムと撮ったロシア映画デルス・ウザーラ」の次の作品で、前作の特徴のある引きのカメラや、妙に古くさいような色合いの影響をすごく受けているという印象だったのですが、「乱」ではだいぶ日本らしい映画の世界に戻って来て、いい具合に消化されている…なんて思いました。

仲代達矢演じる武将のルックスの怖さも、こっちは若干マイルド。息子達の着物が超わかりやすく黄、赤、青と色分けされているのも、見る人に親切です。仲代以外の者が全滅する戦いの場面は、リアリティのない白みがかった血のりが大量に流れるけど、クラシカルで重厚な音楽のおかげで幻想的な美しさも感じさせます。

それにしても生命力の強い仲代達矢(演じる武将)。いくら殺そうとしても死にません。

キャスティングで印象的なのは、寺尾聡や原田美枝子のような、いつも「大善人」を演じる人たちがずいぶんワルい役をあてがわれているという意外性。予想はしてたけどピーター(池畑慎之介と名乗り始めるのは、この映画の後らしい)の身のこなしの無駄のない美しさ。プロの狂言師野村萬斎(当時まだ本名、まだ19歳)も後半で出てくるのに、それを差し置いての狂言回し役を、みごとにこなしています。

野性的な馬を駆って草原を駆け抜ける鎧兜たち、この場面の馬、侍もさることながら、果てしないような草原の緑が素晴らしい。城の門、焼け落ちる天守閣、あらゆる場面で建物の”大きさ”が絶妙です。大きすぎず小さすぎない。たとえば天守閣は、面積は意外と小さいけど高さが十分高いので、塔のような印象があります。

MOA美術館みたいな日本画の古典的名作だらけの美術館にいるような、日本美術のひとつの極み、という気がします。変な着物〜と思うものもたくさんあるけど、奇抜な衣装も演出のひとつでしょう。

うーん、黒澤の映画って、好き嫌いを超えて本当に面白いですね。海外の映画からこれほど新しいものを取り入れようとした監督も、観客のことをこれほど意識した監督も、ほかにいないんじゃないでしょうか?