映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

小林政広 監督「春との旅」727本目

祖父と孫娘が、引取先を探しまわるロードムービー
こんなおじいちゃんと孫娘がいたら切ないだろうな、という空想で紡ぎ上げられたおとぎ話です。

途中まではよかった。仲代達矢はもちろん、徳永えりがまだこの頃はだっさくて不器用な田舎の子そのものに見えて、すごい存在感。行く先々で出会う人たちの迷惑そうな感じも、よかった。亡くなった母が、回想シーンでも出てこないし語られないのも、よかった。
でも…徳永えり演じる「春」が父親の住む農場にたどり着いた。やけにキレイで立派な農場。出て来たのは若くて美人な、父親の新しい妻。父親は香川照之だ。娘や義父と並ぶと違和感があるくらい都会的。
だけど春は、母の亡くなったときの気持ちを知り尽くして、母の側にいるのに、彼女を捨てた父が再婚するだろうということを考えなかったんだろうか?一番最初に考える可能性なんじゃない?どんなに鈍感そうに見えたとしても。
純朴な田舎の子として1時間50分通してきて、急に知り尽くした娘の表情になる?
こうだったらいいなと他人は思うだろうけど、本当にこの立場の女の子がいたとしたら、こんな心の動きはないんじゃないか?ハタから見ればそんなもんかもしれないけど、もっと複雑で胸を痛めて生きて来たんじゃないかな?

彼女が母について慟哭した瞬間、ウッときてしまったけど、次の瞬間に冷めてしまった。
傷心、自殺、というようなモチーフの使い方が安易に感じられると、人間を本当には大事にしてない映画のように思えてきてしまいます。飛び道具を使った大どんでん返しなんかしないで、人の心の、かすかなゆらぎにだけ注目して、最後まで通してほしかったなぁ。