映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

佐々木昭一郎監督「さすらい」799本目

1971年の、NHKのドラマ。
この監督はNHKの職員だった人だけど、独特のユニークなドラマを作り続けた人で、その作品はのちの日本の映画監督の数々に影響を与えたそうな。
河瀬直美の映画の作り方とか、この通りだと思った。
監督は映画を構想し、脚本を用意するけれど、出演者には素人を起用し、選んだ人の個性に応じて映画そのものを演出していく。喋り方も普段どおり、音楽は最小限かつ効果的に使い、自然の音を大事にする。結果は一見ドキュメンタリー。…テーマ以外はほとんど同じに思える。

このドラマもドキュメンタリーのように見えます。たまたま出会った前衛劇団を取り入れてみたり、ドキュメンタリーというより”アポなしバラエティ番組”にも通じる作り方です。台本を全部書き込んで予定調和的に作るものが多い今の"NHK的”というイメージとは遠い。

方法論は結局、私みたいな楽しみたいだけの観客にはどうでもいいことなんだけど、出来上がったもののことをいうと、この主役のナイーブな青年のあやうい魅力や、周囲の人たちのほんのりとした暖かさに引き込まれていきました。この素人の青年、長すぎる前髪を払う仕草がふしぎと不快ではないし、寂しげなのに誰にでもちょっと甘えたようにすぐに心を開くあたり、周囲のにいたらつい親切にしたくなりそうな、ふしぎな魅力があります。通りすがりの人たちはみな親切だけど、彼はどこに行ってもなじめず、周囲の人たちも彼を引き止めるでもなく、流れにまかせてみんな流れていきます。

無常感があるんだけど、ネガティブとか暗いとかではなく、懐かしいようなやさしさが薄く漂っているかんじ。
誰も否定されない。

童顔の遠藤賢司少年が日比谷野音のようなところで歌う「カレーライス」、友川かずきが歌う「どうでもいい歌」、13歳の美少女の栗田裕美。などというシーンの一つ一つにはっとしつつ。

43年前の日本では、ふつうのひとが演技とかしないで自然な無表情のまま暮らせてたんだなぁ、とか思ったりもします。

なんか、もっと見たいなと思わせる作品でした。なかなか見る機会がないけど、再放送できるだけ見てみよう。