映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

エーリク・ポッペ 監督「おやすみなさいを言いたくて」1057本目

妻であり、母でもある戦場カメラマンが、家族の理解の限界や自分自身の良心と、報道という使命(あるいは極限状態に対する中毒的渇望)と戦う映画。

この過程はやや左寄りで、自分の妻が戦地に向かうことに耐えられない夫も、地元ダブリンでは対岸にあるセラフィールド原発の廃棄物による海洋生物の生態の変化を調査、追及しています。
娘ステフも、母に反発しながらもアフリカでの欧米企業のふるまいを糾弾する活動を学校でしています。つまりそういう家庭であっても、母が紛争地域で死線すれすれの活動をしていることには耐えられなくなってくる、ということを伝えてるのですね。

自爆テロへ向かう女性の儀式の一部始終を撮影するのは、ありのままの報道という意義があるにしても、「そこでお前は何もしなかったのか(止めようとしなかったのか、逃げようとしなかったのか)」という疑問がもやもやと残ってしまいます。

ジュリエット・ビノシュがすごく良いです。若かりし頃の不思議ちゃん的かわいさがもはや思い出せないほど、しっかりと自分の人生を生きてきた、確立された大人の強さを演じきっています。彼女が家族を愛することも、戦地へ行かずにいられないことも、必然だと思えてきます。…というほど入り込めるおかげで、海辺で家族で過ごす束の間の静かな時間が、あまりに美しくはかなく感じられて、胸が詰まります。

報道という目的のためにどこまで危険を冒しても良いか、という線引きについては私は多分わりと保守的なので、「もういいんじゃない?」と声をかけたくなるし、それでもなお行きたいというのは中毒的に思えます。それは、報道したところで何も変わらないという自国の残念な状況によるのかもしれないけど…。