映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

ミヒャエル・ハネケ監督「タイム・オブ・ザ・ウルフ」1278本目

ディストピアもの”と呼んで良いでしょうか、具体的に語られない事情で食料の供給がほとんど断たれていて、人々は生き延びるために日々の生活の糧を争っている、という世界。
冒頭は一見、私たちが暮らしている世界の一部のように見える形で始まります。家族が別荘を訪れたら占拠者がいて、夫が占拠者に撃たれて死んでしまう。そのことを訴えに行っても「こんな時代に何を言うんだ」と取り合ってもらえない・・・あたりで観客は、設定の理解が違っていたことに気付きます。なんとなく、これって映画じゃなくて現代劇の舞台とかでありそうな設定だなと思う。

ミヒャエル・ハネケの映画術」っていう分厚いインタビュー本を今読んでるんだけど、ハネケ監督は実際、映画の世界に入る前に舞台やテレビをかなりやっていたらしい。あからさまな描き方をしない、観客にすべてを見せない、といった演出法は、何もかも丸見えの生の舞台の経験から出てきたものなんじゃないかな?という気がします。役者の技量がかなり不揃いな状況で演出しなければならなかったので、細かく注文を出すようになった、というのもあるかも。

この映画自体は、冒頭の驚きのあとはわりあい淡々としている印象だけど、それは監督の意図を受け止められなかったからだということが、この本を読むとわかります。”少女の自殺の原因はその直前のレイプだけど、照明を暗くしすぎてわかるように写せなかった”とかね。伝わらない、これは。監督としても「事実として伝えたいこと」と「観客に解釈の余地を残したいこと」があって、事実のほうが伝えきれてないものを本人が満足できない出来だと語ってます。本読んどいてよかった。