映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

ジャン・ヴィゴ監督「アタラント号」2409本目

何度も見逃したけど、結局近所の図書館のAVコーナーでレーザーディスク(!)でやっと視聴(注:今は令和2年)。さすがLD、映像きれいでしたよ(棒読み)冒頭にメイキングも入ってたし。

で内容ですが、ぼんやりと評判を見聞きしてたときは、猫の出てくる若いカップルの船旅の映画だと思っていたので、こんなに小さい船でしかもハネムーンというのにびっくり。パリやルアーブルを通るってどういうルートだろう、水の中で目を開けたりするけど海水でやられないのかな、と思って地図を見たら、これってセーヌ川に沿って航行する貨物船だったんですね。どこに荷物を積むんだろうというくらいちっちゃく見えるけど、貨物室や荷揚げはほとんど映らないだけかも。乗組員は夫(船長)のほかに、ずっと船室に住んでるおっさんと小僧だけ。水上家屋でもあり、貨物船でもあるわけですね。

小さいころ、山奥の母の実家から列車で帰るとき、私がジュース飲みたいと騒いだので母が一時下車して駅のホームでジュースを買ってくれた…のはいいけど、乗り過ごしてしまって分かれ分かれになってしまったことがあります。私は幼児だったので、母はジュース代しか持たずコートも着ないまま、駅で凍死してしまうんじゃないかとか、もう二度と会えない、などと絶望の一夜を過ごしたトラウマがあります(子どもたちが寝入った頃に母ちゃんと家に戻ってきました)。

だから、港に妻を置いてけぼりにする夫の仕打ちに驚愕し、妻の絶望に共感し、なんだか落ち着かないまま再会を奇跡のように待ってしまいましたが、この船をたとえば隅田川の遊覧船だと思えば悲壮感ゼロです。妻が列車の切符を買おうとしたコルベイユはパリよりも川上。セーヌ川はめちゃくちゃ蛇行に蛇行を繰り返して、河口のルアーブルへと流れつきます。今はもうこんな時間のかかりそうなルートで貨物運送はしてないだろうな、陸路なら最短距離で行けそうだから。

そんな他愛ないストーリーだったのですが、「おっさんの部屋」のオルゴールや蓄音機、アコーディオンに“死んだ友達の手のホルマリン漬け(!)”、適当に描いた下手なイラストみたいな入れ墨の数々、まずこれが面白すぎる。妻のいう「水に顔をつけて目を開けると好きな人が見える」という伝説が裏テーマのようになっていて、妻の姿を見ることで愛を確かめようとしつづける、ちょっと乱暴だけど純情な夫の思い。あこがれのパリの手品師・兼・物売りの調子のよさ、したたかさ。可憐で初々しいけど、やがて強いおばちゃんになりそうな片りんもうかがわせる妻。そういう、映画の楽しさやマジックのヒントがたくさん詰まった、宝箱みたいな映画でした。子どもの頃に見たらきっとみんな好きになって忘れられなくなる。そうやってフランス映画の巨匠たちは、この映画を想いながら作品を作り続けてきたんだな、と実感しました。

アタラント号 4Kレストア版 ジャン・ヴィゴ DVD

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  • 出版社/メーカー: IVC,Ltd.(VC)(D)
  • 発売日: 2017/12/30
  • メディア: DVD