映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

ニルス・タヴェルニエ 監督「シュヴァルの理想宮 ある郵便配達員の夢」2518本目

ここ数年のうちにSNSに流れてきたネタのうち、二大背筋が寒くなったのが、ヘンリー・ダーガーによる「ヴィヴィアン・ガールズ」と、このシュヴァルの理想宮の2つのアウトサイダー・アートでした。建築物好きなので、一人でコツコツとんでもないものを建てたって話は大好物なのですが、シュヴァルさんに勝る人はなかなかいないと思います。

あまり自己主張が強くなさそうな彼の二番目の妻、を演じてるのはレティシア・カスタ。「パリの恋人たち」では、ゴダール的な優柔不断男を翻弄する大人の女でしたね!彼女にしろエマニュエル・セニエにしろ、フランスの女優さんの幅の広さ、すばらしいです。

冒頭でシュヴァルがアンコールワットの写真が載った本に見入ってる場面があります。この時期フランスがカンボジアを保護あるいは占領してたからかな。といっても郵便配達人のシュヴァルにとっては、カンボジアがどのくらい遠いかを想像することすら難しかったでしょう。彼は一生パリにを訪れることもなかったろう。すべては妄想力の産物ですよね。浮世絵に描かれた象とか、ロシア人が想像した南海の奇獣チェブラーシカとか…(関係ないか)関係はないけど、こういう憧れが高じた珍品ってほんとにロマンがあって人間って素晴らしい力を秘めてるんだなと思います。どう転んでも偉人ではなく奇人だけど。

と、彼について語るのはこれくらいにして、この映画そのものについてですが、奇人というより寡黙で何を考えてるかわかりにくい男という感じですね。奥さんが二人も来てくれたし、子どもたちは普通に育ってるみたいなので、ぱっと見まともで普通に生活できる常識も持っていたのでしょう。石を積んではモルタルで固めることばかりやってたようだけど、実際のところ、日曜大工のお父さんみたいな感じだったのかな。所ジョージが秘密基地を作っても奇人とは言われないけど、郵便配達人だからキテレツなのか。

彼が不思議な形の石と出会ってから、ほぼ完成形の宮殿ができあがるまでの間、10年以上がすっぽり抜けてるんだけど、これはおそらく、実際のシュヴァルの宮殿で撮影を行ったという事情によるものだろうな。これセットで組むには難易度が高すぎてコストが想像もつかない。

唯一気になったのは、日本のテレビドラマみたいに、フランスの田舎のノスタルジックな名画みたいに、感傷的な気持ちをうながす音楽のつけ方かな…。シュヴァルを何が何でも「奇妙キテレツ」ではない、ちょっと変わった普通の人。この映画を感動的な物語、と位置づけようとする方向性が目立ちすぎてるように感じられました。

シュヴァルの理想宮 ある郵便配達員の夢(字幕版)

シュヴァルの理想宮 ある郵便配達員の夢(字幕版)

  • 発売日: 2020/04/22
  • メディア: Prime Video