映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

木下恵介監督「笛吹川」2549本目

白黒フィルムを鮮やかに彩色した画面。1960年の作品。

面白いですね、なんか怖いですね。賽の河原かと思ったら合戦場のあと、累々と死体が横たわっているフィルムを紅色に染めています。今なら、元の色をもう少しうまく着色できるんだろうな。1960年っていったら1939年の総天然色「オズの魔法使」の21年もあとだ。監督が彩色を施した意図はなんだったんだろう。本当は彼らの生活にはちゃんとカラフルな部分があったてことか。それとも、ダークグレイの彼らの世界にときに鮮烈な災いが降ってきたことを強調したかったのか?

映画全体は、百年の孤独か千年の愉楽かというくらい、代替わりが次々に進んでいく大河ドラマです。冗談みたいに簡単に武士に切り捨てられる農民たち。(武士どうしもだけど)捨てられた動物たちの命に多くの人が胸をいためる現代に、この命の軽さは比較対象もないし想像するのも難しいです。テレンス・マリック「シン・レッド・ライン」を見たときに、アリの群れみたいに集団の一部として戦って死ぬ兵士の気持ちをはじめて想像したけど、この映画の農民たちはそんなふうに犬死にするくせに、本人たちは功労をあげて一旗揚げるくらいの大きな気持ちで戦地に向かっていたようです。死ぬとすぐどこかで赤ん坊が生まれる。輪廻転生を信じていれば死んでも悲しくない?というより、犬死にが悔しくないんだろうか。一生楽をして綺麗な服を着ておなかいっぱい食べて、家族に看取られて死ぬという普通の理想をそもそも想定してなければ、生きて死ぬ人生になんの不満があるか…ってことなんでしょうかね。人生60年で人は老いて死に、避妊もせずに子どもがどんどん生まれる世界。

川にかかったけっこう長い木造の橋がすごいです。かなりのリアリティ。これ映画のために作ったんだろうか。高峰秀子と田村高広が夫婦なんだけど、「張込み」ですでにちょっとくたびれた妻を演じた後の高峰秀子、汚れ役も堂に入っています。といってもこの老婆、今の私より若かったりして(絶句)。息子の名前を呼んで兵列を追いかける母の姿は、誰かも書いてたけど「陸軍」の田中絹代だなぁ。木下監督は戦後だいぶたってから時代設定を変えて、どんな気持ちでこの映画を撮ったんだろう。

合戦の場面は膨大な人数のエキストラですね。1000人はいるんじゃないか?…怖いな、当時は宗教めいた領主への従順で農村からこれくらいの若者が駆り出されて大勢が死んでしまったんだから。うまく使われてるなんて全然思わないまま、何かとんでもなく大きなことを成し遂げようとしているくらいの気持ちだったのかな。

見る者の胸をむなしさでいっぱいにする、挑戦的な作品でした。

笛吹川

笛吹川

  • 発売日: 2013/11/26
  • メディア: Prime Video