映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

ペドロ・アルモドバル監督「ペイン・アンド・グローリー」2593本目

今やこの監督の作品はさかのぼってほとんどもれなく見てるのに、劇場で新作を見るのは初めて。なぜなら、私が見るようになってから彼はほとんど新作を撮ってないからです。その間彼はどうしていたのか。いろんな、今までの映画に散らばっていたヒントがこの映画で一つに収束したような映画でした。

まず、全体のトーンがすごく枯れてる。最近初期の祝祭的ににぎやかな映画ばかり見てるからそう感じるのかもしれないけど。最近デビューの頃の作品ばかり見てたアントニオ・バンデラスが、その頃の彼の父親くらいの貫禄で、アルモドバル監督のアルター・エゴとなってこの映画を引っ張ります。

映画の中に現れる映画監督像がそのままアルモドバル監督というわけではないにしろ、映画のなかの監督、ここではサルバドール監督と呼びましょう、彼は神学校で性的虐待を受けて同性愛者になったのか(「バッド・エデュケーション」)と思ってたら、家に来る素敵な青年にときめいたのが「最初の欲望」だったことが今回明かされました。女性には興味がないのか、それとも女性にも惹かれるのか、やたらと女性を賞賛する映画が多いのはなぜか、と思ってたんだけど、一人の男性を愛し続ける人で、女性に対する思いは異性愛というよりマザコンなんだな、とも思いました。

それにしても、枯れたこの映画の中の色彩の鮮やかさ、美しさには目を見張りました。サルバドールの部屋の色合い。赤が基調のキッチン、紅茶を飲むカップのさまざまな模様。ヘロインを隠している赤と白の円を重ねたデザインのキャビネット、私も欲しい、コンラン・ショップにあるかしら。若かりし頃のママがいつも着てる濃いピンク系の小花もようのドレスもすごく可愛い。職人の青年が中庭に貼ってくれたタイルも素敵すぎる。絵を描くサルバドールの赤いシャツと青いパンツも可愛い。でも何より美しかったのは、独り舞台のときの、白い幕をバックにしたアルベルトの青いシャツと紫のパンツ。赤い幕をバックにしたときの紫のシャツと、ポケットのふちの青いライニング。監督の頭の中には、目もくらむような美しい毎日が、何十年分も詰まってるんだな。

この映画の中に、サルバドールが椅子に座った状態でプールに沈んでいる映像が出てきます。彼の背中には一本すーっと手術跡。「デビルズ・バックボーン」はギレルモ・デル・トロが脚本と監督でアルモドバルは製作だけだけど、この監督の背骨も、ガラス瓶に入った胎児みたいな悪魔の背骨といえるのかもしれません。

映画の最後に、成長しすぎて食道を圧迫している背骨の手術が始まりますが、麻酔のなかで監督は自伝を撮影する幻をみています。ということは、これまでの作品は自伝ではなく創作性がたかく、今回初めて自分のことをあからさまに語る気になったということか。アルモドバル作品の祝祭的なところがとても好きなのに、枯れたこの作品も、帰宅してからじわじわと大きくなってくるような魅力のある作品でした。

でも、アルベルトのモデルっているのかな。伝説の名作って1作には絞れないと思うけど…。