映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

アッバス・キアロスタミ監督「そして人生はつづく」2604本目

こういう世界を垣間見られるのが、映画を見る醍醐味なんだよなぁ。

この監督の作品は地味でとっかかりが悪いので、仕事終わってから映画館で見るとウトウトしてる間に終わってしまいそうなんだけど、一語一句もらさずちゃんと聞いてると、だんだん、伝説の砂漠の賢者にでも出会ったような、不思議で荘厳な気持ちになってくる。

「監督の息子」が、幼い娘を亡くした母親に、「神様はそんなひどいことはしない。狂犬が食べてしまったんだ。神様はイブラヒムの息子を殺させようとしたけどそれを止めて羊を身代わりにした。そんな優しい神様はおばさんの娘を殺したりしない」と諭します。この小さい子、賢者すぎる…。

同じ町で撮影した3部作の2番目の作品らしい。1作目の撮影後に起こった大地震でその町は多くの建物と人々を失った。監督自身を模した主人公が息子を連れてその町を訪れるんだけど、前の映画に出た「老人」が「息子」に「映画より若いね」と言われて、「前の映画ではもっと年寄りに見せるために背中にこぶを入れたんだ」。「前の映画で住んでた家は映画用の家で、今住んでる家も映画用で自分の本当の家は地震で壊れてしまった」などとメタメタなことを言うんだけど、それが新人監督が肩ひじ張ってるのと全然違って、神の視点のように感じられるこの精神性って何だ。イランの監督という珍しさでバイアスがかかってるからそう感じるのか?いやむしろ、砂岩のなかで暮らす役者じゃない人たちの暮らしに神が宿るように感じられるからじゃないかな?(逆にいえば、遠いところの人から見れば、東京の下町の小さい家で暮らす人たちの映画のなかに神が宿るとキアロスタミ監督は小津作品を見て感じたのかもしれない)

終わり方がまた、ね。「友だちのうち」も「オリーブの林」も、とても遠い、もう神の視点みたいなカメラが、えっちらおっちら登ったり落ちそうになったりしながら進んでいく車を写して、そのまま終わるんだけど、甚大な被害のあった地震のあとに、日本の監督ならこういう引いた視点を持てるだろうか?って考えてしまう。もっと人や関係性に近い、地べたを這うような視点が魅力の作品を作るのが、日本や韓国の監督の得意とするところって印象があります。キアロスタミ監督って何者なんだろう。イランの人はみんなこれほど高みにいるんだろうか。内戦を経験した世代だから人の生死や愛憎を超えた何かを求めるようになったんだろうか。いつかイランに行って現地の人たちとお話をすることってあるかな…。

そして人生はつづく ニューマスター版 [DVD]

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