映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

オリヴィエ・ダアン 監督「エディット・ピアフ 愛の賛歌」2665本目

「ピアフ」ってスズメのことだったんだ。もしかして、美空ひばりの「ひばり」はこれを真似たんだろうか。と思って調べたら、命名者や命名時期は諸説あるそうですが関係はなさそうですね。時期的にありうるかなと思ったけど。

この映画はとにかくマリオン・コティヤールがいつもと別人で、マリオン・ピアフだ!歌声は本物を流しているらしいけど、しゃべる声すら似てる気がしてきます。街角に立って歌う娼婦の母からまともに世話もしてもらえなかったり、大道芸人に連れまわされたり、みごとに恵まれない幼少期を過ごすエディット。その頃と、晩年近い彼女の場面が交互に映し出されるのは、極端な富と名声とを対比しようとしたのかな。あるいは、モルヒネらしきものを注射して横になっている晩年のエディットが、もうろうとした意識の中で繰り返し回想しているのか。彼女の生涯はフランスの人たちにはおおかた知られていて、説明的な映画なんて求められてないからこうなるんだろうけど。

パリは第二次大戦の前も後も美しい都会、諸外国の人たちがみんなあこがれる街、というイメージが強くて、彼女のような生い立ちの歌手が国民的歌手として愛され続けているという事実を飲み込む前に少し時間がかかってしまう。どんな町にも、輝きの裏に階層があって地味な労働や人知れず闇で働く人たちに支えられてるなんて、考えなくても当然のことなのに。 

マリオン・コティヤールのほかに、エマニュエル・セニエが彼女を大事に育てる娼婦、彼女を見出して名付け親となる支配人にジェラール・ドパルデュー(以上、私でも知ってるフランス人俳優)。回想部分の彼女は大人の女性になり、いつものマリオン・コティヤールにいちばん近い。街角でも高級クラブでも、エディットの歌声はすごく庶民的だ。悪く言えば「下品」かもしれない彼女の歌を嫌ったフランス人もいたんじゃないだろうか。逆に、生の感情そのままに恋をして人生を楽しみ歌を歌う彼女をうらやましく思ったり憧れたりした人も多かっただろう。

歌姫にも娼婦の幼い娘にも、貴族にも軍人にも、人生の喜びってあるんだろう。いま自分が持っているものを喜び、悲しみ、生きるっていうことに集中する。そういうことに立ち返って、ぼろぼろになるまで愛して傷つく。

マルセルの乗った飛行機が落ちた朝の場面には胸が痛みました。こんな恋愛ができた人は幸せだとうらやみたくなるけど、本当はどんな人もみんな、胸を痛める恋愛を同じようにしてきてるんじゃないかという気もする。自分の感情と向き合うかどうか。

たった47歳で亡くなったはずのエディットが晩年は70代のおばあさんに見える。なんか泣けてくるんだけど、彼女が可哀想というのではなくて、あまりに痛切で正直で美しい人生だなぁと思えるから。

それにつけてもマリオン・コティヤール。ここまでエディットになりきれる役者魂に、アカデミー主演女優賞も納得でした。いっしょに波乱万丈の一生を生きたみたいに、見終わったら疲れてしまった…。

エディット・ピアフ~愛の讃歌~(字幕版)

エディット・ピアフ~愛の讃歌~(字幕版)

  • 発売日: 2017/07/25
  • メディア: Prime Video