映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

ラズロ・ベネデク 監督「セールスマンの死」2700本目

終身雇用ってものに縁がないアメリカのセールスマン。たいがいの人が、年を取れば商売のカンも鈍る。息子たちが一人前にならないうちは、それでも自分が真剣に稼がなければならない。妻の性格が良すぎて、そんな夫に明るくやさしい。

だんだん見ているうちに、セールスマンが売上が落ちているだけではなく、幻覚や妄想に取りつかれていることがわかってくる。妻の明るさは演技だった。…セールスマンの世界には、様々な悪い思い出が染みついていて、家の中でもどこにいても過去の人物が現れて一番いやな場面を何度も何度も繰り返す…。この画面の変遷がよくできていて、家の中にあるはずのない部屋が広がって行ったり、電車の中の場面が徐々に変わっていたりするのにまったく違和感がないのです。不自然の自然さが、ますます彼の異常さを強調します。

悪夢をみながら精神に異常をきたしていく人間の映画、という意味で、「マルホランド・ドライブ」とか、日本の1960年代以降のノワールもこういう映画の影響を受けたんじゃないかな。「黒い画集 あるサラリーマンの証言」とか。

サスペンスとホラーの違いは、恐怖の性質が精神的か身体的かっていう点なんだろうか?ヒッチコックの追い詰められるような恐怖とも違う、見ている自分の正気にも自信を持てなくなるような恐怖。それは、セールスマンのことを「おかしな人だ」で一蹴できずにどこか共感している部分があるから。自分も、一番思い出したくないことが頭から離れず、妙な独り言を言ったり、猫に当たったり(ゴメン)することがあるからだ。ほんと怖い映画です。

彼をうとみながら若干の金を渡してやる旧友に、仕事を紹介すると言われているのに断り、「妬むがいい」って言われる場面ってキツイな。半沢直樹なら鼻水たらして仁王立ちで泣くな。

などいろいろ考えてしまうほど、完成度の高い作品でした。