映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

キム・ボラ監督「はちどり」2744本目

前評判が良すぎるくらい良かったけど、実際いい映画でした。でも私は騒ぎ立てない。特に女性の中には、「これは自分のことだ」と感じた人もけっこういたんじゃないかな。私も、忘れかけてた時代のことをじわじわ思い出しながら見たので、涙なんて出ませんでした。

グザヴィエ・ドランの映画はいつも母と息子の怒鳴り合いがうるさくていやだな(全作品見てるけど、新作は劇場で見てるけど)と思ってたのは、自分の経験を思い出すからだったのかな。強いストレスを抱えてる親たちの負荷は子どもに順々に転嫁されて、微細プラスチックみたいに、連鎖の最後にいる末っ子に溜まっていく。ウニみたいに叫びだしたこともあったっけ。私は漢文教室の先生のような「いい大人」には出会わなかったけど、どっちでもいいのだ。人生はとても長い。成長の過程で「xxがなければならない」なんて決まりきったルールはなくて、どうしても欲しければ、生き延びて自分で見つければいい。生命力が足りていれば生き延びる。大人になれば本当に嫌なことから逃げるチャンスも多い。

この映画自体はそれほど重くないのに、なんとなく重い気持ちになるのは、つい先日、在日韓国人の作家が書いた「ジニのパズル」っていう小説を読んだからだ。ウニとちょうど同年代の、韓国語が離せない在日の少女が、思い余って不運を引き寄せるような行動をとり続けて、トラウマになりそうな目に何度もあって、ひどく傷ついているのに心が硬くなりすぎていて涙も出ない…そんな小説で、大人としてはその子を抱きしめてあげられないかと思うだけでした。

多分、そうやって、なんとか身をかわしたり、気晴らしをしたり、たまにはいいこともあったりしながら、ある日気づいたら自分が漢文教室の先生の側になっていて、昔の自分のような女の子にそっと手を差し伸べる。そういう優しい連鎖もあるんじゃないかなと思います。

あと、ウニとか漢文の先生とか、みんなすっぴんなのに非常に美しく撮れていて、静けさが「退屈」に陥らない豊かな時間が感じられるのは、女性の監督でなければできない!と思いました。