映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

フー・ボー監督「象は静かに座っている」2746本目

(ネタバレあり)

レジェンドであるタル・ベーラからメッセージ届いてるのに、彼より先に死んじゃうなんて。せっかく傑作ができたんだから、せめて褒められてから行けばよかったのに。…なんて生き残った者たちが何を言っても無駄。そういう繊細な神経、「海炭市叙景」原作の佐藤泰志みたいだな。とっくに長寿を全うしたレジェンドの作品を後追いで見るのと違って、生木を裂かれるような辛さがありますね。

最初から真面目に見てたのですが、話が見えてこなくて、いったん止めて予告編を見たり他の人の感想を見たりしてから再開。これでやっと「4人」が誰で、それぞれざっくりどういう問題を抱えてるかが見えてきました。…リンが不倫してるとか、あたまがよくないと一度見ただけではわからないんじゃないか…というくらい、内容はトゲトゲしてるけど、表現はオブラートに包まれていてまろやかです。画面が暗い、何が起こっているかわかりにくい。これから「サタン・タンゴ」も見ようと思ってるんだけど(配信開始したので)、ついていけるかなぁ?

なんと、3時間半たったけど、まだみんな町を出ていません。町を追われた4人が「満州里(内モンゴル自治区らしい)へと向かう道々のロードムービーかと思ってたので、閉塞感が増します。

暗い。確かに暗いし希望がないし登場する人たち全員すさんでるけど、この4人はかなり生命力を感じさせるのが救いですね。4人とは、友達をかばうつもりでいじめっこを階段から突き落として死なせてしまった少年。彼が思いを寄せる少女…実は教師と不倫していて動画が流出。死なせたいじめっこの兄…親友の妻と不倫してるところを親友に見つかり、彼は思いあまって自殺。いじめっこを死なせた少年の祖父…愛犬を殺されて加害「犬」に復讐した。引っ越しの足手まといになるので老人ホームに入れられそうになっている。(切符を買うのは「兄」を除き、いじめっこの幼い妹=老人の孫を加えた4人だ)

座る象がいるサーカスのある、彼らの目的地は内モンゴル自治区。外国でもなく海も見えないそんな町に向かうのか。調べたら実はモンゴルとの国境にも近いけど、ロシアとの国境に面した町でした。広告が出てるくらいだから、彼らの町はそこから割と近い設定なんだろうか。

1日のうちにやたらと人が死ぬ。この映画の中で特に”終わっている”感じがあるのは、やっぱり、死んでいった人たちなんだよな。親友に妻を寝取られた男。悪さばかりしていたら誤って突き落とされて死んでしまった少年。友達に嘘を言って助けてもらったけど、思い余って、死んだ少年の兄を撃ってしまって、最後は自分を撃つ少年。…座っている象はバスより大きかっただろうか。多分明るくなったらロシア風のお菓子の家みたいな教会も見えてくるだろう。

何もない町で生まれて生きて死ぬ人たちは、決して生きててしょうがないわけじゃなくてちゃんと生きてた。監督は自分の映画の情熱を、きっと全部この作品につぎこんだんだと思います。

象は静かに座っている(字幕版)

象は静かに座っている(字幕版)

  • 発売日: 2020/10/07
  • メディア: Prime Video