映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

ジャン・ピエール&リュック・ダルデンヌ監督「その手に触れるまで」2773本目

<ネタバレというか、主に結末について語っています>

ベルギーに住むアラブ系(に見える)イスラム教徒のアメッド少年は、イスラム原理主義に傾倒しつつある。従兄はすでにジハードで死んでしまったらしい。彼はもともと識字障害があり、よく面倒をみてくれた先生もムスリムなのだが、原理主義のリーダーによると、本物のイスラム教を乱している。少年は単純にリーダーを信奉しているため、良い先生を刺し殺そうとして少年院に送られる。

アメッド君はヒジャブを被るのを辞めた自分の母を批判する場面があるけど、母に対して反抗することはない。母に対する不満もまとめて先生にぶつけてる、という感じがありますね。

彼は少年院で改心したふりをしながら歯ブラシの柄をとがらせて凶器を作り続けてる。更生活動の一環として通っている牧場の女の子にキスをされて汚されたと動揺し、帰りの車から隙を見て脱走。殺し損ねた先生のもとへたどり着いてみると、すべて鍵が締まっていて入れない。一階の屋根に上って窓伝いに部屋に入ろうとして転落。歩けないけど頭は働いているところを見ると、足から落ちて両脚を折ったか。アメッドは「ママ」とつぶやき、凶器にするつもりだった鉄棒で柵を叩いて助けを呼びます。そこに出て来た、殺すつもりだった先生に大丈夫?と駆け寄られて思わず彼女の手を握る。…この場面の解釈がいろいろなのですが、「改心したのに死んだ」と考えるには頭がしっかりしてるので、「一生車いす」とか「背骨も損傷して半身不随」ならありうるけどこのまま死ぬという想定はない気がします。自分が死を覚悟したときに初めて、「改心」というより本来の人間らしい感情が戻ってきたのかなと思いました。

彼は死とか罰とかを極端に恐れている。それらを遠ざけておくために、自分が純粋を保つことに精進している。でもジハードともいえない死が身近にやってきたとき、信仰だか猛進だか洗脳だかは一瞬のうちに解けてしまったようです。

日本のタイトルは「その手に触れるまで」というタイトル落ちですが、わかりにくい結末のヒントを最初から出してくれていて親切って気もします。

賢くて純粋すぎる人が陥る宗教の罠、という意味でオウム真理教の信者たちに似ています。 彼らの中にも、なにかのきっかけで戻ってきた人もいます。

ダルデンヌ兄弟の映画って考えさせられるんだけど、なんというか‥‥あまり好きじゃないかも‥‥。制作者自身はどういう立場なの?どういう考えなの?というのが見えてこないのと、微妙に事実関係とかがわかりづらいところが親切じゃない感じ。問題は提起だけすればいいものじゃないと思うんだよな…。なんとなく。

その手に触れるまで(字幕版)

その手に触れるまで(字幕版)

  • 発売日: 2020/12/25
  • メディア: Prime Video