映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

ジュリアス・オナー 監督「ルース・エドガー」2815本目

私の大好きなナオミ・ワッツとティム・ロスが出てる。というだけで絶対見ようと思ってました。ナオミ・ワッツは息子と先生の間でゆらゆら揺れる養母、ティム・ロスは厳格でいようとする養父。息子は内戦の激しい国で苛酷な状況から逃れてきた少年で、学校では優等生。彼が作文の題材に革命家を選んだり、危険な花火をロッカーに隠し持っていたり、独立記念日が好きだと言ってみたり…危険思想の典型じゃないかと疑われるようなことが続き、それを危険視したオクタヴィア・スペンサー教師が母を呼び出す。

…この教師の行動は、相手が良い子でも悪い子でも、いい方向には向かない気がするな。というか危険だ。この人は今までの人生で、いい人のように振舞いながら人を陥れようとする人に出会ったことがないんだろうか。

ルースの出身地とされるエリトリアは実在するアフリカの小国で、実際に政治難民が大勢出ているらしい。ここはフィクションでも良かったんじゃないかと思うけど、どうなんだろう?

ルースが先生に向かって、模範的な彼とそうでない彼の友人を差別する彼女の気持ちを代弁する場面。彼女はお手本になる黒人学生が必要だった。ルースは優遇されることで周囲との壁を作られることに迷惑していた。…彼は賢くて裏表のある”ばけもの”なのかもしれないけど、彼が私たちと同じような人間だったら?と考えると、全く同じ人物を主役にして違う映画が撮れたかもしれない。学校では優等生だけど内紛のトラウマに今も悩まされていて、自分をアメリカ人にしてしまったこの国で、機関銃を撃ちまくりたい衝動に駆られることがある、とか。先鋭的な祖国の独立運動に走ったけど本当はずっと孤独だった…とか。監督のジュリアス・オナーはナイジェリア生まれの外交官の息子で、フィリピンやトーゴを転々としたあとアメリカに落ち着いたとのこと。彼自身は難民とは程遠い育ちのようだけど、自分の影で劣等生扱いを受けるほかの黒人少年たちをずっと見ていたのかもしれない。

ルースがスピーチで言う「アメリカ人になれて、なんてラッキーなんだろうと思った」…アメリカ人ってこういうことを言わせたがるんだよな。アメリカの会社にいたとき、サプラ~イズ!とか言って激甘のクリスピー・クリームの山とか持ってこられて、びっくりして嬉しそうな顔をしなきゃって困ったこととか「ケイコ泣き出しちゃうんじゃない?」とか言われて全然泣きたくないよ、嬉しいけど、って思ったこととか、思い出すなぁ。アメリカの中でも、正直なところ、優等生びいきをする杓子定規な先生よりルースのほうに共感する人ってけっこういるんじゃないだろうか。

障害のあるローズマリーが学校で叫びだしたとき、(彼女を学校に連れてきたのはルースなんだけど)服を脱いでも見ているだけ、「誰か着せてやって」と叫ぶだけで、抱きしめるでも服を着せてやるでもないハリエットは、ルールを守るために彼女の面倒をみているけど、心の底から暖かい人ではない、という設定なんじゃないかと思う。

奨学金が受けられなくなったデショーンに「状況を変えたい」とルースが語り掛ける場面や、ステファニーに「Dランナーも同意したよ、準備しなきゃ」とメッセージを送る場面があるので、”共犯者”は彼らなのかな。(この「Dランナー」というのは誰か、という疑問も多くの人が書いてました。デショーンのDとは限らないのか)

最後にルースが母に「クリスマスプレゼントの隠し場所」(そこに花火を隠してあった)と自分の演技のうまさについて告白するとき、その紙袋に入っている金魚鉢を見せて「デニス覚えてる?」っていうんだけど、デニスって誰だっけ?その後母は「もちろん」「あなたには将来があるわ」、そしてルースは「やり直したい」と言って泣く。すごく重要な場面なんだけど、デニスって人は出てこないのだ。ググっても情報なし。なにこれ??(Dランナーと関係あったりして?)

ナオミ・ワッツ母は「もっと自分らしさを出していいのよ」と冒頭で彼に語りかけます。それで自分を出しちゃったらこんなことになっちゃった、と見ることもできます。

ルースはかなり知能が高くて、その分憎まれると思うけど、どんな人にも破壊的な部分はあるし。ぶっちゃけ、最悪の結末は「彼が先生または養母を犯す」とかもありえたので、彼のために嘘をついた母性の塊である養母にわざと自分のあとをつけさせて、帰宅後に種明かしをする場面。あれは怖い場面だけど、共犯者となった養母に手の内を明かすというのは、彼の人間的な部分なのかもしれません。

みんな多かれ少なかれ、ずるい。全然ずるくないのは障害のあるローズマリーだけで、そういう人は間違いなく煙たがられるのだ。

一番怖いのはこの後だよな。「自分を出す」ことを始めてしまった彼は自分を止められなくなるかもしれない。 エリトリアの革命の士となるのか。彼はどこへ走っていくのか。

ルース・エドガー(字幕版)

ルース・エドガー(字幕版)

  • 発売日: 2020/09/06
  • メディア: Prime Video