映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

緒方明監督「いつか読書する日」2891本目

いい映画だったなぁ。

冒頭、少女の頃の場面のあとに、夜明け前の町をライトをつけた自転車がすーっと走っていくのを、かなり高い位置で町全体を俯瞰したカメラで追う。この映像ってあまり見たことがなくて素敵です。何のセットも組まず、実際に一人の人が自転車で走っていくだけ。

自転車をこいでいたのは、田中裕子が演じる、牛乳配達をやっている50歳の独身女性。生まれ育った町で一人でこの仕事を続けるという、地に足の着いた、着きすぎてるくらいおそらく変化に乏しい姿が、なんとなくすてきに思える。(…松下竜一「豆腐屋の四季」読み直したくなってしまった。借りてこよう)

入院して夫の看病を受けている女性を演じるのは仁科亜季子。この人の演技も素晴らしかったです。死を目前にして、ふたりを結び付けることに焦る気持ちも、少しは判る気がする。でも、促されても、50まで別々でいた、もう結ばれることはないと思いながら心の片隅に残っていただけの二人が付き合い始めるのは勇気が要るだろうな。

でも「今ひま?付き合ってくれる?」と自宅に行ったときから、二人の会話は35年前のままみたいに自然。ずーっと常に意識の中にあったんじゃないかー。中年の男女のはじめてのおつきあいが、ういういしすぎて泣けて笑える。暗い部屋の中、女の目に涙が光ってる。

幸薄い…かもしれないけど、思いを遂げる一瞬があって、これはこれでなかなかいい人生なのかもしれないじゃない?

最後に男が笑ってたっていうのが、最高。(このあたりは「横道世之介」を思い出すなぁ)

牛乳配達って今はもう減っただろうな(この映画のとき、すでに雪印はメグミルクになってるけど)。

坂が多い町で、寒くはなさそうだし、ロケ地は長崎かなーと思ったら当たりでした。

地味な作品で、一度見逃したらあえて見ようという人は少なそうだけど、「見たいリスト」に入れておいて、見られてよかったです。

不倫してた親たちは鈴木砂羽と杉本哲太(こんな小さな町で自転車二人乗りしたら目立つでしょ!)。子どもをネグレクトしてる若い母親役が江口のりこだなぁ…。 

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  • 発売日: 2006/02/24
  • メディア: DVD