映画と人とわたし by エノキダケイコ

映画は時代の空気や、世代の感覚を伝え続ける、面白くて大切な文化だと思います。KINENOTEとこのブログに、見た映画の感想を記録しています。

ルキノ・ヴィスコンティ監督「郵便配達は二度ベルを鳴らす」2935本目

リメイクを2本ともだいぶ前に見たあとなので、楽しめるか不安だったけど、イタリアの野性味あふれるジーノと彫りの深いジョヴァンナ、小太りの夫、というキャラクターがわかりやすくチャーミングで、すぐに物語に入り込んでいけます。

家庭でくすぶってる主婦がはじける作品って、欧米には第二次大戦前~戦後にたくさんあったけど、日本では戦後に少しあっただけでその前もその後もあまり見ない気がします。いまは世界中の女性たちがガラスの天井の存在に気づかずに、はじけられないのは自分のせいだと思ってくすぶってるのかな。スマホのゲームや手軽な浮気でもしてつまらない憂さ晴らしをしてんだろうか。

というのも、この映画を見てると野村芳太郎監督の「張込み」とか思い出しちゃうわけですよ。あの映画で高峰秀子が演じた地味な妻の倦怠感は忘れられません。男についていく以外に生きていく方法がなかった時代と今は違うので、はじけるにしろ地味に生きるにしろ、一人でいるという選択肢ができたんだな。

映画に戻ると、この作品ではジョヴァンナは駆け落ち未遂ですぐに家に戻ってしまい、ジーノは無賃乗車した列車に乗り合わせて料金を立て替えてくれえた旅芸人と同行するとか、ジーノが他の女性に目移りするとか、これ以外の映画化作品にないエピソードが追加されています。起訴されて弁護士が保険会社と手を打って無罪、というくだりは原作にあるらしいので、このバージョンはその辺をごっそり削除してかなりアレンジを加えてるんですね。ジョヴァンナとジーノの情熱的な愛の物語になっています。(郵便配達も、郵便配達について話す場面も出てきません)だから「張込み」思い出しちゃうんだな。自分が女性だからか、危険な男に惹かれる生活に倦んだ女の熱情というのが怖いし、だからこそ目が離せません。

これがデビュー作というヴィスコンティ、さすがの説得力、このあとの活躍の片鱗がうかがえますね。特に倦んだ人間の感情の高ぶりっていう複雑で難しいテーマを描くのはかなりのもので、この間見た「家族の肖像」といった作品にもずっと連なっていくものだなぁと思いました。